第21話 フォックス姉妹の交霊術3

「真相解明はできましたでしょうか」

「んー、まぁね‥‥‥。一個だけ気になったのは手記に出てきた『お姉ちゃん』の記述なんだよね。だってさ、姉がマーガレット、妹がケイトでしょ。そしてあれは『マーガレットの手記』だから、姉なんていないんじゃない?」

「フォックス姉妹とは、年の離れた長女のレア、次女のマーガレット、三女のケイトの三人姉妹なのです。両親とマーガレット、ケイトの4人でハイズビルの村へ引っ越してきた時に、長女のレアはすでに結婚してニューヨークにいました。この事件の黒幕がいるとしたら、それは間違いなくレアでしょう」


 これがミステリーだったら、真犯人の登場は読者を喜ばせる要素かもしれないが、現実でこれが喜ばれることはない。被害者の数が増えるだけだからだ。


「交霊術のトリックも全て明るみになったっていうことは、このオカルトも消滅したってことか」


 結局あの例のモノサシを使用すると、全てのオカルトは消滅してしまう。チュパカブラはコヨーテになり、スカイフィッシュは昆虫。ツチノコはよく似たトカゲだった。この場合消え去るのは『霊媒師』と呼ばれる職業になるのだろうか。


「いえ。この場合そうはなりませんでした。何があったかは推測の域を出ませんが、マーガレットは手記発表後、内容を全て撤回しました。結果、彼女たちは生涯自分を霊媒師であると言い続けていたのだそうです」

「意外だね。でもさ、トリックを実演までしていたのなら、交霊術なんて信じる人なんていなかったんじゃないの?」

「確かにフォックス姉妹に関しては、手記発表後霊媒師としての仕事は全くなくなったそうです。しかし、その後も様々な霊媒師は数多く生まれ、結果として彼女たちはスピリチュアリズムの始祖として逆に神格化されており、現代でも信奉者は多く存在します」


 おやぁ? なんか今までとの流れからはだいぶ毛色が違うぞ。この違いはどこから来るのだろう。


「それってさ、UMAと違って人間が対象だから否定されなかったのかな」

「そうとはかぎりません。たとえば今回取り上げてはおりませんが、『エクトプラズム』と呼ばれる人間の霊媒師が行っている交霊と同様のオカルトが存在します。しかしこれは科学の進歩により完全に否定されました」

「‥‥‥エクトプラズムってなんだっけ」

「説明しましょう。エクトプラズムとは霊媒師の口から鼻からでる霊が物質化したものと言われており、通常は煙のように希薄で見えない場合がほとんどなのだそうです。フォックス姉妹が起こしたラップ現象もこのエクトプラズムと呼ばれる霊の力が素で引き起こされていると主張しています」

「随分いいとこ取りだねぇ。こういうのを創作する人って作家とかになればいいのに」

「そもそもエクトプラズムの素となっている考え方は、西洋に古くからあるものなのです。その意味で創作的とは呼べませんし、だからこそ、一時的にでも大衆に受け入れられたとも言えます」

「そうなの?」

「このエクトプラズムは現実の物質と霊的存在の中間である『半物質』とよばれるものなのです。これは人類の病との歴史に深く関わってきます」

「待って!」


 いやな予感がして話を遮る。


「その話って長い?」

「それなりには」

「じゃあ、3分以内にまとめて」

「了解しました。問題ありません」


 ルマンド氏に表情はないが、にやりと笑った気がした。


「人類の歴史を辿ると、病を治療する際には肉体と同様か、それ以上に精神世界の治癒が必要であるというシャーマニズムが社会的合意を持っている時代を必ず通過します。風邪をひいたらそれは妖精(エルフ)が原因であり、死に至る病は悪魔か悪霊が引き起こしていると考えてられていたのです。西ローマ帝国崩壊後、標準的な病気の対処法は教会に行って祈ることが一般的だったのです」

「なるほど?」

「祈り以外の治療法は聖歌、霊薬、星占いや魔除けがありました。ここで使用されていた霊薬が先ほどエクトプラズムで取り上げた「半物質」なのです。肉体の治癒というよりは、霊的に優れている現実にある物質を服用することで病を退けるための薬なのです。これらに含まれていたのは様々な植物や鉱物だけでなく、人体の一部も使用されていたと言われています」

「うへぇー。結構気持ち悪いね。その時代に生まれなくて良かったわ」

「私たちの価値観に照らし合わせるとそうでしょう。非科学的で、非合理的であることは間違いありません。しかし、当時の人たちにはこれは科学であり、また合理的な選択であったのです」


 ‥‥‥そうかもしれない。ルマンド氏に言われた言葉を聞き、頬を打たれたような衝撃が走った。オカルトは得てしてうさん臭く、怪しげで、非科学的だ。しかし、それは過去の科学であり成長過程の一部であったのだと捉えなおすこともできる。オカルトだからと言って軽んじたりするのはしないでおこう。私たちが今信じている科学も近い未来オカルトと呼ばれるかもしれないからね。

 少ししょぼくれている私だが、ルマンド氏はそんなことをお構いなしにエクトプラズムの話を続ける。


「このような半物質に親しみがある文化的な土壌であった為、エクトプラズムは人々に受け入れられていったのです。しかし、このエクトプラズムもDNA検査が導入され始めてからこれらを扱う霊能者は激減し、残されている当時の写真や記録も全てフェイクであることが分かったのです」


 DNA検査はさすがに言い逃れ出来ないだろうな。「うーんこれはただの唾液ですね」的なこと言われたら霊媒師も顔真っ赤でしょ。いくら否定しても、周囲の人間は「なんだ、ただの唾かよ」と思われたらおしまいだろう。


「トリックの種が広まって存在そのものが消えてしまうのは、今までのオカルトと一緒だね。フォックス姉妹のようなカリスマが信奉者を集めるのには必要なのかな?」

「エクトプラズムを扱う霊媒師にもカリスマはいました。ヘレン・ダンカンという名の女性霊媒師です。最終的に彼女は交霊中に逮捕されたため、霊の怒りを買い亡くなってしまったと言われています」

「逮捕って‥‥‥。やっぱり詐欺罪とか?」

「いえ。交霊術を良しとしない警察も、ヘレン・ダンカンそれらの罪状で立件する事は出来ませんでした。彼女の罪状は『魔法行為禁止法』と呼ばれるもので1735年当時ですら使用されなくなっていた法律を適用せざるをえなかったそうです」

「‥‥‥もうそれ魔女じゃん」

「そのように言っても過言ではないでしょう。ヘレン・ダンカンはフォックス姉妹のように求心力のある人物でした。しかし、エクトプラズムは途絶えてしまったのです」


 カリスマがある人物がオカルトを行い、そして科学によって完全にトリックを解明された。ここまでフォックス姉妹とヘレン・ダンカンの差はあまり無いように思う。むしろフォックス姉妹は姉が自分で曝露した分、信奉者は減りそうなものだ。


「となると‥‥‥。残すは信奉者の違い?」

「確実ではありませんが、その可能性が最も高いと言えます。例えば、20世紀の熱烈な交霊術の支持者の一人にコナン・ドイル氏がいます」

「おお、シャーロック・ホームズの著者じゃない」

「はい。他にも科学者のウィリアム・クルックス氏やノーベル生理学医学賞を受賞したシャルル・リシェ氏も存在します。論理的な思考を持っていることや、最新の科学知識がある事と交霊術を信じる事は少なくとも関係は無いと考えられます。ここでは、なぜそのような人たちが交霊術にのめり込んでしまったかという点です。コナン・ドイル氏がそのことを表すのに最も代表的なものとなるでしょう」


 随分回りくどい言い方をするなと思った。しかし、それはすぐにわかった。


「コナン・ドイル氏は第一次世界大戦で最愛の一人息子を失っているのです」


 ああ、そういう事か。


「フォックス姉妹の交霊術が特別だったのではないのでしょう。彼女たち以降も霊媒師と呼ばれる人物は多く現れました。それと同時に時代の後押しはあったようです。科学的にも戦争などによる大量の突然死が起こった場合、スピリチュアルなものを信じる人の割合が多くなることはわかっています」


 交霊術はオカルトの枠をすでに飛び出ていたのだ。これは宗教の領域にはいりこんでいるであろう。逃れられない苦しみから解放されるため、交霊術にすがっているに過ぎない。もっと言い換えるのならば、これらを信奉する者たちは交霊術に固執しているわけですらない。固執しているのは『愛するものの死』という苦しみを否定することなのだ。ここから『お化けとはなにか』という問いの最終局面に入ってくのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る