第15話 賢馬ハンス2

「この物語の結末をお話しましょう。この実験の3年後、また別の科学者によってハンスの能力が解明されました。ハンスは、言語も計算も何も理解はできていませんでした。ただ、他の馬より『周囲の雰囲気を敏感に察知する』能力に長けた馬だったのです。答えに近づくにつれて人の表情や姿勢は強張り、緊張していきます。そして、答えの数になった時に解放されるのです。ハンスはそれを読み取っていたのでしょう。結果として計算能力は否定されましたが、それを差し引いても充分に賢い馬であることは証明できたのです」


 人が聞くと「なんだ、そんなトリックだったのか」と落胆するのかもしれない。しかし、一連の話を聞いて私の中では『オカルトの真理』に少し触れたような気がしたのだ。私たちは、オカルトを信じている人も、そうでない人も根本的には、自分中心的な誤った推測をしているのだ。科学的とか、オカルト的などという隔たりではない。なぜなら今回のハンスのように過去の科学はオカルトを支持し、未来の科学がオカルトを否定することが起こりうるため、それらを都合よく使い分けているに過ぎない。では、それはなんのためなのだろう。

 疑問が解決するというよりは、頑張ってザコモンスターをたおし続けたら中ボスが出てきたような、徒労感に襲われ、その場にへたり込んだ。


『規定値以上の疲労を確認しました。ギフテッドプログラム終了します』


 この音声はルマンド氏ではなく、最初に聞こえてきたアナウンスサーのようなきれいな声だ。おそらくマシン本体の安全装置が発動したのだろう。先程のホログラムとは違う、本物の明かりが光量を増やし私を照らす。映画の上映が終わった時のような解放感を感じることができた私は、幾分か肩が軽くなったような感覚とともにベルトをとる。


「お疲れさまでした。本日は終了です」


 オーキドが厚い扉を開けてドームの中に入ってくる。小さく「お疲れ様です」とだけ返事をして彼の横を抜け、そのまま部屋の外へとぼとぼと歩を進め、待合用のソファーへ腰かける。

この疲労感半端じゃないな。まるでマラソンを終えた直後のように、呼吸を整えることに集中しなければならない。


「随分おつかれのようですね。大丈夫ですか?」


 そう声をかけてきたオーキドの手には缶コーヒーが握られており、私に差し出された。疲れていたとはいえちょっと態度わるかったかな。謝罪の意味も込めて精一杯の笑顔を作りそれを受け取る。


「本日はこちらでおしまいにしましょう。そのままお帰り頂いて結構です」

「ありがとうございました‥‥‥。今、何時ですか?」


 オーキドは自分の腕時計に視線を落とす。


「現在は午後4時少し前ですね」


 私がここを訪れた時は12時ごろだったので、すでに4時間が経過していた。1時間ほどだと思っていたが、時間感覚は現実と乖離しているようだ。スマホやゲームをしている時と同じ現象か。切りのいい時間になったら起きようと、10分間だけ見ているといつの間にか2時間経過しているあの現象だ。いつもデジタルは私たちから大切な何かを奪いやがるぜ。


「オーキドさん‥‥‥。あの——」


 私は言いかけてやめた。ずっと気になっていたことがあったのだが、やはり聞くべきではないと言葉を飲み込んだ。


「‥‥‥なんでもありません。大丈夫です」

「それは気になりますね。どうぞなんでもおっしゃってください」


 まるで子供に語り掛けるような優しい口調で横に腰掛ける。

(言っても良いのだろうか)

私は何も言わず下を向く。オーキドはそれ以上何も言わず笑顔でこちらを見ている。このやさしさに甘えてもいいのかもしれない。意を決し、疑問をぶつけてみた。


「あの‥‥‥」

「はい」

「オムライスの具にメロン使っているとこって、本当にあるんですか?」


 その時のオーキドの顔は目も口もなくクエスチョンマークがついていたような表情であった。重要でしょうが! まだご飯食べてないのにもう4時なんだから!

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