第3話 ギフテッド1

 私は今大学の研究室にいる。いささか窮屈なここは、『大学病院の診察室』ではなく『大学の研究室』だ。診察室とはかけ離れた事務所のようなこの研究室で、今は医者と患者さながら向かいあって会話をしている。ただ目の前の先生は、お医者様ではなく、正真正銘のティーチャーってわけだ。

 

「検査の結果、これはギフテッドの症状で間違いないでしょう」


 そう断じた目の前の物腰の柔らかい男性は、大木戸と名乗る大学教授で、日本でギフテッドを研究する有名人らしい。三十代でも十分通用しそうな見た目だが、白髪交じりの髪の毛が年齢不詳にしている。ただ単に年齢が顔に出づらいタイプなのか、髪の毛だけ白髪が多い若い男性なのか判断できないため、途端に年齢不詳になる。しかし、そんなことを考えながらふと気が付いたことがある。この人なんか惜しい。確か博士号を持ってないと教授になれなかったはず。つまり大木戸博士ってわけだ。あっちの方もなんか研究者だったしね。これで語尾が「○○じゃ」とかだと百点だよね。よし心の中ではオーキドと呼ぼう。


「知ってますよ、ギフテッド。‥‥‥なんか、すごい能力を持っている天才? の総称みたいなやつですよね」

「んー‥‥‥少し違いますね」


わずかな逡巡を経てオーキドは目線を外し、眉上をポリポリと掻いた。


「ギフテッドとは才能や結果と無関係に『特定の症状』を抱えた人の事を指します。このような症状を抱える潜在的なギフテッドは十人に一人は居てですね、これは左利きが存在する割合と同じくらいなんですよ。僕が今まで会ったギフテッドの方はどなたも大なり小なりこの症状に悩まされていましたね」


 デスクに置かれている紙の束にそっと手をのせる。


「あなたに行ったこの質問紙による検査では、通常七〇%以上あればギフテッドの素質があるとされるのに対し、符合率が九五%を超えています。これは『ギフテッドと呼ぶにふさわしい能力』を高いスコアで有していると言えますが、一般の人から見れば偏り尖った感覚を持っているという捉え方も出来るんです。あ、でも安心してください。症状とは言ってもこれは病気ではなくてですね。センスや個性の問題なのですよ。臨床医は精神疾患であるかどうかを決める際、「DMS」と呼ばれる米国精神医学会が発表している「精神疾患の診断・統計マニュアル」に沿って決めているのですが、その中にギフテッドは含まれていないんです」

「‥‥‥つまり?」


 なんかいまいち理解できなかった。私の場合はすでに生活に支障が出てきてしまっているというのだ。求めているのはあくまで『治療』であり、日常生活への復帰だ。

 

「つまりギフテッドとは本来病名にならないものではあるのですが、ギフテッドを持っている人間は大なり小なりこの症状のせいで生きづらさを抱えているという事を言いたかったんです。あなたの場合は疾患と呼んで良いほどに、特にその症状が強く出てしまっていますね。もし良ければですが‥‥‥まずはギフテッドの特徴について少し学びませんか?」


 うへぇー。なんか適当な薬もらって帰れるのかと思ったけれど、そんなことにはならないようだ。家に帰ったところで何もすることがないとお思いですか? 私の帰りを待ちわびるお菓子たちがいるのですよ?

 つい顔に出てしまっていたのだろう。オーキドは肩をすくめると少し苦笑いし「短めに説明しますね」と言葉を続けた。

 

「ギフテッドの代表的な症状の一つに『過興奮』とよばれるものがあります。過興奮は『知的、想像、感情、精神、感覚』の5つに分類されており、その符合率によってギフテッドかどうか把握が出来ます。あなたはほぼその全てが高いスコアを示しているのですが、中でも『知的、想像』は突出した数値になっています。そうですね例えば‥‥‥」


 オーキドはデスクの上にある本を手に取り、パラパラとめくりはじめる。目的のページが見つかったのか、スッと指を挟み、目を細め読み上げる。


「具体的な症状では『自身の思想や考えを潜ってわくわくする気持ちを、人と共有したい欲求が強い』であるとか『豊富なイマジネーションで空想遊びが得意』ですね。また『非常に思考が活発で、知識と理解を求め真実を探し続ける』などは今回の症状に最も関連が強そうです」


 あー‥‥‥。

 まあ‥‥‥当てはまってはいる。自分の過去を振り返えると、心当たりはある。‥‥‥あるが、この時点では半信半疑だ。なぜなら、多かれ少なかれ人間であればこれに当てはまるからである。世の占い師の常套手段だ。要するに好奇心が強いってことなんだろうけど、裏を返せば好奇心が全くない人間を探す方が難しいのではないだろうか。そんな私の考えを知ってかオーキドは続ける。


「もう一つの特徴的な症状は『樹列思考』と呼ばれるものです。通常僕たちは1つの事柄に対して「垂直思考」か「水平思考」を行ってしまう。それを連想ゲームのようにスイッチングしながら連結させているんです。図があるので見てみましょう」


 さすが博士。恐らく講義でも使用しているのだろう。デスクトップのモニターに、スライドが映しだされる。


〇垂直思考

イヌがいる→私は犬が好きだ→特にゴールデンレトリバーは最高だ→なぜならあの毛並みはとても柔らかそうで良い→是非とも顔をうずめたい。


これは下に図が展開されており、地面を掘り進めるような形をしている。


〇水平思考

イヌがいる。コアラの方がかわいい。動物園に犬はなぜいないのか。人間のパートナーにふさわしい動物NO1は犬で決まりだ。顔をなめられるのは不愉快です。


 犬というカテゴリーに絞られていた垂直思考とは異なり、犬を中心とした自由なトピックスが左右に羅列されていく。


〇樹列思考

イヌがいる→私は犬が好きだ→特にゴールデンレトリバーは最高だ→なぜならあの毛並み(略

        ↓

派生1→幼少期に飼っていたペットの犬が好きだった。→お腹を撫でられるのが好きだったな。→暖かくてモフモフしてて最高だった。

   ↓

派生2→モフモフするには、やはり大型の動物が最適だ。→ライオンはすごくモフれるのでは?


 樹列思考とは読んで字のごとくだ。枝葉のように思考が膨らんでいき、それが末節ではどのことに関して思考していたのかわからなくなるほど、複雑に絡み合い多様化してく。それは一本の大樹を想像させるほどだった。


「垂直思考は理解しやすいですね。これはいわゆる論理的思考と呼ばれるものと同じものです。水平思考は、関連する項目を自由に羅列していくような思考ですね。ギフテッド特有の樹列思考は、そのどちらとも違います。なんとなく垂直思考と水平思考を足したものだと考えがちですが、木の幹のようにあくまでワントピックであり、それが枝分かれして広がりをもつものなのです」


 スライドに合わせて丁寧に説明してくれる。なんとなくだけど、この丁寧さがやさしい人なんだなと感じさせてくれた。


「ギフテッドと呼ばれる人たちは、図のように思考の派生先が常に発生し続け、まるで木の根のようにほぼ際限なく思考が膨らんでいくのです。あなたの症状もここからきていると思ってよいでしょう。ただし‥‥‥それは一般的なギフテッドの場合にかぎります。ギフテッドとはマイノリティのセンスですが、あなたはその中でさらにマイノリティであると言わざるを得ません」

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