第29話 百万遍2
いきなり出てきたワードに戸惑ってしまう。お地蔵様なんて庶民的な神様だなくらいの認識しかなかったが。
「元々賽の河原の物語は『賽の河原地蔵和讃』と呼ばれる地蔵信仰のお話ですから。地蔵菩薩は成仏できないでいる子供を鬼から守りながら功徳を積ませ、成仏に導いてくれるのです」
「なるほど。まずは地蔵菩薩様を信仰すればよいのですね?」
まるで、博士に従う助手のように母親は真剣にルマンド氏の話を聞き入っている。
「そうです。その為にまずは百万遍(ひゃくまんべん)を行ってもらいましょう」
ん? これって‥‥‥。
「ひゃくまんぺのこと?」
私の故郷にもそのような風習があった。子供の頃の記憶なので『なぜやるのか』や『どのようになるのか』といった具体的な部分は抜け落ちてはいるのだが、なんとなく何をすれば良いのかは知っている。もしかしたら私の故郷でワールドが再現されている事にも関係があるのかもしれない。
「一部地方ではそのような方言でよぶこともあるようですね。知っているようですし、これはあなたにやってもらいましょう」
「えっ」
その役目に不服はないのだけれど。供養なのにそれはありなのか?
「今回の救出作戦は基本的に人手が足りません。私に肉体は有りませんし、母親だけでは全てを時間内に回り切れませんからね。彼女にはお寺にいって地蔵の奉納儀式をしていただきます。あと、奉納時の食事会に参加していただかなければいけません。お寺と地蔵作成のための石屋にはすでに連絡は取っておりますので、こちらは私とお母さんで進めてまいりましょう」
有能な社長秘書はこんな感じなのだろうか。てきぱきと今後進むべき予定を先手先手で押さえてくれる。さすがAIさん、パネェっす。
「ルマンド氏。地蔵奉納って今回の作戦のどの役割になるのさ」
「お子さんの強化ですね。詳細はすべて終わってから説明します。あなたには早速着替えて百万遍に出かけていただきましょう」
「えっ えっ」
世界が切り替わる時の白い光が起こったと思ったが、場面の転換は無かった。変わったものは私の洋服だけである。白装束だ。手にはご丁寧に錫杖まである。百万遍ってこんなガチ装備で臨むもんだったっけ? ペタペタと服を触ってみると、私の服の上に画像を張り付けているだけのようだ。もしかしたら映写機のようにどこからか投影しているのかもしれない。錫杖はきっとブロックデバイスの組み合わせで構築したのだろう。見た目以上に軽い。とにかくやることが決まればあとは行動だ。
ルマンド氏から聞いた方法はシンプルだった。村の各所に百万遍と彫られた石碑が数多く点在しているのだが、そこにお供え物をして祈るだけ。実際の私の故郷で行われていたのも同じものだったのだろう。供養参りの行脚は普通に村で生活をしている多くの人には関係ないだろうし、もちろん誰かから強制された行為でもない。それでも文化として根付き、受け継がれるにはやはり意味はあるのかもしれないと思った。
「よっしゃ! いっちょやってやりますか」
気合十分に家を出ようとしたところ、ルマンド氏と母親に引き留められた。参拝はどうやら私一人だけで行うわけではないらしい。基本的に一緒に参拝して回ることを許されているのは、同じく子供を失った親か、近所のこどもだけなのだが、近所の子供には参拝に参加してくれたお礼にお菓子を渡さなければならないそうなのだ。とはいえ、私の記憶ではここから一番近い個人商店までかなりの距離があったはずだ。
「お供え用のお菓子の予備がまだあったはずだから——」
そういうと母親はパタパタとあわただしく奥へ行き、間もなく袋一杯のお菓子を持ってきた。いや、一体どんだけお菓子配るつもりなんだよ……。
「え、こんなにいらないよ。もっと少なくして――」
「それはいけません。ご近所付き合いも大切ですし、こういうイベントには準備が大切なのです」
「そうですよ。遠慮せず全部持っていってください」
「ここに、石碑の場所が記されている地図があります。さあ、これも一緒に袋に入れましょう」
まるで保護者のように矢継ぎ早に畳みかけられると、もういう事を聞くしかなかった。「はい‥‥‥」と小さく返事をすると逃げるようにそそくさと家をでる。
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