第30話 百万遍3

シャラン——


シャラン——


 う、うるせー! 私の全身から鈴の音があふれ出す。腰についている大きめの鈴が歩くたびに揺れるのと、錫杖の先にもいくつかの鈴が付いており地面に着く衝撃でさらに鈴の音が鳴る。

 葬式の参列のような、厳かで静かなものを想像していたが、全くの真逆であることに気が付いた。これ、ちんどん屋だ。イベントに人を呼び込むための広告塔として、自分自身で音を奏でながら道化を演じる必要があるのだ。取り合えず袋の中にある百万遍の地図をガチャガチャと音を立てながら、広げてみる。


 ‥‥‥想像以上に多いな。


土地勘があるのがせめてもの救いなのだが、この石碑を全て回ろうとした場合、村を賽の目に歩き回る必要があり、すべてやり遂げようとするならば、間違いなく数日は必要となるだろう。もう適当に二~三か所お参りしたら切り上げようかな‥‥‥。

 文句を言っても始まらないので、とりあえず近くの石碑まで歩いてみた。ちなみにルートは実家から遠ざかるようにしている。仮想世界のなかとはいえ、家族まで再現されたら厄介だからだ。百万遍の石碑は村のいたるところに点在していた。街中の信号機は交差点ごとに設置されており、大体二百mほどの間隔を保っている。距離を測る時に便利だなと常々思っていたが、この百万遍の石碑も、ちょうど信号機二つ分くらいの間隔を維持している。少し速足で歩けば意外と早いペースで進めるな。そう思った矢先、私の袖を誰かが後ろからツイツイと引っ張ってきた。


「これって、ひゃくまんぺ?」


 丸刈りの男の子二人がそこにいた。早速近所の子をゲットしてしまったか。顔も格好もよく似ているしおそらく兄弟なのだろう。兄は小学生に見えるが弟は未就学児ほどであろうか。


「そうだよ。一緒にお参りする?」


 二人は一瞬顔を見合わせると、返事はせずにこくり、とうなずいた。そうしてパーティを組み勇者『私』を先頭に、次の石碑へ無言で歩きはじめる。同じリアクションしか返してこないNPC相手にならいくらでも会話できるのだが、実際知能を持った、人間と区別つかない相手と会話するのは苦手だ。スキル『人見知り』が発動しちまうぜ。

 そのまま、車も通らないアスファルトをただ黙々と歩き始めた。道路の両端は一メートルほどの雪を逃がすための広めの水路があり、その奥には田園が広がっている。のどかな田舎暮らしにあこがれを持つ人には、うらやましがられるような景観なのだろうな、と想像してしまう。日中はカエルも虫の鳴き声もさほど聞こえず、たまに横切るトラックの音が一キロ先からでも分かるほど静かだ。


「ここだ」


 危うく通り過ぎてしまうほどの、小さな石碑にたどり着いた。石は長い年月が経ったのだろう。ところどころ風化しておりかろうじて『百万遍』の文字が読み取れる。袋の中にあるお菓子を無造作につかみ取り3個ほど備える。あー。もし私一人で参拝してたらたぶんお菓子食べながら参拝してたんだろうな、とそんなことを考えてしまった。ちらりと後ろを見ると兄弟はいつ手に入れたのか、ススキと木の枝をそれぞれ身につけていた。戦士と僧侶と言ったところか。

 ‥‥‥ちょっと聞いてみよう。


「これさ‥‥‥食べる?」


 お菓子の入っている袋を差し出す。二人はまたも顔を見合わせる。


「‥‥‥良いの? お母さんが帰る時にもらいなさいって言ってた」

「うーん‥‥‥いいんじゃない? ハッピーは多い方が良いじゃん」


 君たちもハッピー。私もハッピー。何も悪いことなどない。さあ、みんなでハッピーハッピー教に入ろうではないか。悪い笑顔で子供と一緒に袋をがさがさあさり始めた。これ‥‥‥レトロお菓子たちが大集合してるじゃないですか!


「うわー、黒飴にジェリービーンズだー。懐かしいな。あ、ミニどら焼きもある。これは完全に当たりだぞ」

「え。これハズレばっかりだよ」


 男の子ダブルは不思議そうな顔をする。確かにお菓子界のエースであるチョコも、さわやかなフルーツ系のお菓子も入っていない。彼らがそういうのも無理はないだろう。


「お子様にはそう感じるかもね。しかし! 私くらいのお菓子ストになると、モノの価値がわかるのだよ。ほら、これなんかはすごいよ。ポテトスナックがあるでしょ。これなんかはね今でも生産されている代表的な駄菓子スナックなんだけどさ、このステーキ味って実はもう生産していんだよね。原材料の高騰で生産していた会社が作るのやめちゃったんだ。別の会社がお菓子だけ引き継いで再販売してるんだけど、なぜかこのステーキ味だけは復活しなかったんだよね。ほんと悔やまれるな。正直味はチップスターやプリングルスよりも絶対上なんだよね。おそらくだけど、たぶんこれっておいしすぎて量が多く食べられないんだよ。だから、この袋に入っている少ない枚数も計算していると私は推測するね。すごくおいしい! もっと食べたい! でもちょっと足りない! そんなデザインだと思わない? 人類の知恵を感じるよね。あ! この黒飴だってそうだよ。黒飴が苦手な子供は多いけど、蜜のような香りと濃厚な甘みがあって、私は昔からだいすきだったなー。なんか優しい味だよね。和風のお菓子の甘さの基準ってどこから来るか知ってる? 実はね、熟した果実の柿が基準になっているんだ。甘味のバランス感覚って民族によって決まっていると思うんだよね。そういう意味でこの黒飴の濃厚ともいえる甘味もある種日本民族にとって一つのアイデンティティ——」


 彼らは話す私をぽかんと見ている。おっと、つい熱がはいってしまったようだ。


「っと。ごめんごめん、じゃあうまい棒とかどう? これなら好みかな?」

「‥‥‥ポテトスナックがいい」

「ぼくは黒飴!」


 それぞれが私の一押しお菓子をチョイスし、そのままほおばる。「なんか蜜のあじする」と言いあいながらご満足いただけたようだ。

 どれどれ。私も兄弟に背を向けてこっそり一つ口に放り込んだ。


 が、がごがっ


 これ、ドロップやない。ブロックや。


 そうですよね。わかっていました。仮想の映像とブロックデバイスによる一部物理の構築がカプセル内で行われているだけなんですよね。あまりによく出来ているため、たまにどこまで仮想空間なのかわからなくなる。

 口に入れてしまったブロックはこっそりリリースすると地面に同化するように消えてしまった。ニコニコの男子二人としょんぼり肩を落とした参拝者のパーティーは旅を再開することとなる。いくつかの石碑を回っていると、いつの間にか子供たちの数は増えていった。二つ石碑を回る間にはごそっと三~四人増える。これは友達同士なのだろう。この子ら以降は基本私に話しかけず、男の子兄弟とやり取りしてパーティに加わる。もはや専属マネジャーである。その子達と会話すると、兄の方が「お菓子は六つだそうです」と伝えてくるので、これがどれだけ素晴らしく価値のあるものなのかを軽くプレゼンをしてから渡してあげる。みんな喜んでくれているみたいだ。

 こうして、私の引き連れる百万遍は異常なまでに膨れ上がっていった。チンドン屋のようにシャランシャランと音を出す白装束の私を先頭に、ニコニコしながらお菓子をほおばる子供の行列だ。私の知っている『ひゃくまんぺ』は入ったり抜けたりで多くても六人程度であった。しかし今その数は二十人を超えている。まるで村中の子供が集まっているかのような錯覚すら持ってしまう。最初にお菓子を与えてしまったために、子供たちも抜けるタイミングがつかめないでいるのか不安に思い聞いてみたが、楽しいからついてきたいそうだ。自分で言うのもなんだけど……これそんな楽しいか?

 頭に疑問符を浮かべながらの行脚は、二十六人目の子供を受け入れたタイミングで、ついに手持ちのお菓子が尽きてしまった。


「みんな! お菓子はもうなくなったから、次のお参りで最後にするよー!」


 一番奥の子まで声が聞こえるように錫杖を掲げてアピールする。「はーい」やら「おー」などと思い思いの掛け声を頂いた。最後のお参りした石碑にはお菓子を添えることが出来なかったため、謝罪も込めてやや長めにお祈りすることにした。私に続き子供たちも次々にお参りをしていく。もはやアイドルの握手会場である。それを最後まで見届けると、子供たちも心得たもので、軽く会釈だけするとそれぞれ友達や兄弟同士でまとまり家路に向かう。最初からついてきてくれた男の子兄弟は距離も随分歩いただろうから、送ろうかと聞いたが「だいじょうぶ」とあっさりかえされ彼らも背を向ける。その背中を見ているとふと弟が振り返り「ばいばーい」と手を振ってくれた。それを見てなぜか今回の労働の報酬を受け取ったような、不思議な感覚がこみあげてきた。

返事はせず、胸元で小さく手だけ振る。ふと空を見上げると、辺りもう夕暮れだった。

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