第7話 保養所珍道中
「さ、もうすぐ着くよ」
王都の城門を出て歩くこと3時間、中々長い旅路だったがどうにか保養所が見えてきた。
周りの人の気配は絶無と言っていい。
月明かりに照らされた草原と、やや離れた先に砦に向かう道が見えなくもないが、その道からもだいぶ離れている。
保養所はネイロ砦やその周辺に向かう貴族が野宿を強いられないように作られた施設らしく、大きな道からやや外れた小道にいくつも存在しているらしい。
人目に付く大通りでは休めないという配慮だそうだ。
それにしたって、随分とひと気が無いが……。
一応、これでもまだ王都という区分には入るらしい。
明日の目的地であるネイロ砦が隣の侯爵領との国境の役割も担っているらしい。
「ルイス大丈夫? 疲れてない?」
左隣で歩くカズハが心配そうに話しかけて来る。
「大丈夫、これでも道場で鍛えられてるからな」
「ふふっ、そっか」
道場の事を話題に出したからか、嬉しそうに笑っている。
実際、かなり鍛えられているのを実感する。
少なくとも前世の、一般的な日本人だった俺では疲れてへばっていただろう。
「道場なんて通ってるのか」
「え? あ、ああ。カズハがそこの師範の一人娘なんだよ」
「それに、お前も?」
「そうだけど、何かあるのか?」
俺たちの話に興味深そうに入ってきたグスタフが、不思議そうな顔をする。
なんかおかしいこと言ったか?
「貴族が平民の剣術を習うなんて珍しいと思っただけだ」
「そうか? あんまり気にしたことなかったな」
確かによくよく考えたら仮にも貴族が平民に剣を教わるのは変ではあるか。
通い始めた時ジルにだいぶ訝しげな顔されたのはそれもあるのか。
「いいんです! そういう所がルイスの魅力なんです!」
「そ、そうか……」
カズハの勢いにグスタフがやや引いている。
ちなみに、クオンが何故会話に入ってこないかと言えば……。
「クオン、大丈夫か?」
「な、なんとか……いや、無理かも……」
このように、すでに疲れてヘロヘロだからだ。
すさまじい魔力を持つとはいえ伯爵家のご令嬢。
運動は得意分野ではないようだ。
「さあ、到着だ」
数分後、ようやくアルドが立ち止まる。
木造の簡易的な屋敷だが、それでもそれなりの大きさだ。
ちょうど、日本の小学校位はあるな、一階建てだけど
砦に向かう貴族を泊めるって事は、要はそれに付き従う従者やら馬引きやらで数十人は寝泊りできるようにしないといけないこともある。
そう考えれば妥当な大きさだ。
「お、大きいね」
「大は小を兼ねるんだ、いいことじゃないか」
驚くクリスタをアルドがたしなめる。
何事も大きいことに越したことはない、なんて貧乳派が聞いたら怒るかもしれないな。
「ルイス、早く入りましょう……」
「そうしようか」
死にそうなクオンを引き連れて保養所に入っていく。
玄関?というか、エントランスのようなスペースが広がっていて、座り心地のよさそうなソファがいくつもある。
クオンはその中の一つにすがりつくように駆け付け、寝転がっている。
カズハが「だらしないなぁ」と小言を言っているが、聞こえないふりで逃げているようだ。
「君の奥さん、随分お疲れのようだね」
アルドが小声で話しかけて来る。
奥さんじゃない、ってのは突っ込む必要はないな。
「あんまり運動とかしないですから」
「けど、その割には引き締まった綺麗な身体をしてるよな」
「おいっ……」
こいつ、まさかクオンを狙ってるのか?
辞めてくれ、主人公様に狙われたら勝ち目が……。
「冗談だよっ、うん、いいね。そういう対応の方が楽しいよ」
「うっ……」
アルドが愉快そうに笑っている。
他のやつがやったらムカつきそうだが、なんというか、嫌味が無いんだよな。
流石主人公様と言ったところか。
「おい、男たちは東側でいいか?」
「え、何が?」
話しかけてきたグスタフがはぁ、とため息をつく。
見ると、カズハやクリスタもややあきれ顔だ。
え、俺なんかやっちゃいました?
「部屋割りだよ、聞いてなかったか?」
「悪いな、二人で秘密の談義をしてたんだよ」
アルドが冗談めかして答える。
グスタフは目を細めるが、諦めたように息をはく。
「この保養所はちょうど東と西で別れてるだろ? だから寝る場所を分けようって話してたんだよ」
「ああ、そうだったのか。僕はどっちでもいいけど、ルイスは?」
「俺もどっちでもいいよ」
「ま、待ちなさい……」
ダウン中のクオンが話に入って来る。
嫌な予感しかしない、聞きたくない。
「クオンさん何か希望があるの? 東側じゃなきゃ寝れない、とか……?」
クリスタが律儀に聞いている。
やさしくて良い反応だなぁ、そんな人間いるわけないだろって点を除けば。
「そんな人間居るわけないでしょう……」
「あぅ、ごめん……」
クオンが容赦なく突っ込む。
あーあ、クリスタが落ち込んでるよ。
かわいそうに。
「私はルイスと夫婦なんだから、当然同じ部屋であるべきよ」
「た、たしかに……!」
落ち込んでいたクリスタが大きくうなづく。
クオンはその
反応に満足したのか、ソファに寝転がりながら満足そうに笑みを浮かべている。
「却下です」
カズハがきっぱりという。
「なんでよ!」
「あなた達はまだ夫婦じゃないからです。なんのためにここに来たんですか?」
「そ、それは……」
ぐぅの音もでないとはこの事、というような反応でクオンが黙り込む。
その後は当然こうなるといった形で、男女で部屋が別れることとなった。
俺としてはやぶさかではなかったけど、しょうがないね。
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