第25話 悪役貴族

「壊滅って……カズハは!?」

「生死不明です……」


 なんだそれ……。

 嘘だ、嘘だ……。


「すぐに救援に向かう!」

「かしこまりました」


 ジルを追い、食堂を出ようと席を立つ。

 絶対に助けないと。

 捕虜が多数いるなら、まだ生きてる可能性は十分にある、はずだ……。


「本当に行くの?」

「行かないとカズハが……」

「それで本当にいいの?」


 カズハは俺のために一人で戦場に駆けつけてくれた。

 カズハが戦場に出るのは全部俺のせいで、俺のためなんだ。


 それに……。


「約束したんだ」

「何を?」

「もしカズハが捕まったらその時は何を捨てても必ず助けに行く、そう約束した」


 しばしの沈黙。

 クオンが、俺を睨みつけるようにじっと見つめる。

 身体から魔力が迸り、彼女が怒っているのがよくわかる。


「私の事……捨てるの?」

「捨てない」


 即答する。

 あの時カズハに言われた言葉を思い出す。

 俺は確かに天才ではない。

 だから、拾えるものは選ばないといけない。


 でも……。

 俺は捨てたくない。

 クオンも、カズハも、ジルも。

 俺の周りにいる人はみんな抱えていきたい。

 

「だったらカズハを捨てるしかないんじゃない? わかってる? 今行けば、確実に主席は無理よ」

「だったら、学校なんてやめればいい」

「へぇ……。私との結婚は諦めると?」


 そうだ、学校なんて辞めてやる。

 行く必要はない。


「違う、俺が男爵になる」

「それは無理ね、あなたは三男でしょ?」


 ああそうだ。

 確かに俺は三男で、爵位を継げないモブ貴族だ。

 そんな人間ではクオンと……伯爵の令嬢とは結婚できるわけがない。


 だったら……俺が長男になればいい。

 そしてそれは、至極簡単な事だ。


「俺が兄貴を殺す。退位しないなら父上だって殺す」


 俺の“周りの人”は、クオンとカズハとジルだけでいい。

 それ以外は全部捨ててやる。

 

 そうだ、俺には覚悟が足りなかった。

 この世界で、”悪役貴族”になる覚悟が。

 

「……そう、わかったわ」


 クオンがため息を吐く。

 呆れているのか、怒っているのか、わからない。


「本気なのね?」

「ああ……」


 クオンが立ち上がる。

 見捨てられるだろうか?

 それとも、怒ってフラれる?


「あなたがそんなにカズハが大事だって事、よーくわかりました」

「大事だよ、すごく大事だ。絶対に捨てられない」


 本心でそう思う。

 俺はカズハを捨てることができない。

 あの子が俺を助けてくれるように、俺はあの子を助けないといけない。

 

「どっちが大事?」

「え?」


 俺の目をまっすぐ見つめ、真剣に言葉を紡いでいる。

 中途半端な答えは許さない。

 そういう目だ。

 どっちも、なんてのは許されないだろう。


「クオンの方が大事だよ」

「どうして?」

「決まってるだろ」


 そう、決まってる。

 この間宣言したとおりだ。

 俺はカズハが大事だし、大好きだ。

 けど……。


「クオンの事を愛してるからだ」


 俺が世界中で愛してるのはクオンただ一人だ。

 だから、比べるならばクオンをが大事だ。


「欲張り」

「そうだよ」

「傲慢」

「ああ、そうだ」

「色ボケ、女好き、女と見たら誰彼構わずちょっかいをだすハーレム脳」

「そう……いや、それは違う!」


 どさくさに紛れてとんでもない言い様だ。

 俺は別に女好きじゃない。

 たまたま大事な人が女に偏ってるだけだ!


「でも、そうやってあなたが女好きの色ぼけ野郎だったから、私は普通に生活が出来ているのよね」

「クオン……」


 俺がキスをしなければ、クオンはまだ部屋で一人過ごしているだろう。

 だから従え、なんて言うつもりはない。

 けれど……事実だ。


「いいわ、許してあげる」

「本当か!?」


 クオンの表情がふっと柔らかくなる。

 正直もっとこじれると思っていた。


「ついてきなさい」

「え?」

「いいから! そこのメイドは駄目よ? 家で主人の帰りを待ってなさい」

「……かしこまりました」


 俺たちの様子を黙ってみていたジルがうやうやしく頭を下げる。

 

「ルイス様……」

「ん?」

「私とカズハ様では、どちらが大切ですか?」


 こ、こいつ……!

 絶妙に答えづらい質問をしてきやがる!

 見ると、本少し口角が浮かびにやついているのがわかる。


「どっちも同じくらい大事だよ」

「逃げですね……」

「うるせぇ」


 実際、クオン以外は同率1位だ。

 うん、そうそう。

 そういうことにしておこう。


「4人分の食事を準備してお待ちしています。どうか、無駄になさいませんように……」

「ありがとう、楽しみにしてるよ」


 ジルが、再度頭を下げる。

 4人分……。

 俺とジル、クオンとカズハ。

 これで、4人分。

 みんなで美味しく食べよう。

 

 だからそのために……。

 必ず、“全員“で無事に帰る。

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