第26話 約束の時

 暗い部屋の中央に一つの魔法陣。

 それ以外は何もない。

 そんな不思議な地下室――クオンの屋敷――に連れてこられた。


「いい? 今から見ることは絶対に誰にも言っちゃ駄目よ」

「わ、わかった」


 なんだ?

 悪魔でも召喚するのか……?


「これは、転移魔方陣。伯爵以上の貴族だけが持てる、王都と自身の領地を繋ぐ切り札よ」

「転移魔方陣……」


 まーた知らない設定が出てきた。

 俺の原作知識、無意味すぎないか……?


「自身の領地って、それじゃあ意味ないだろ」

「ええ、だから書き換えるわ」

「そんな事……していいのか?」

「駄目に決まっているでしょう?」


 当たり前でしょう?とでも言いたげな顔をしている。

 だから他言無用なのか……。


「でも、行きたいんでしょう? すぐにでも」

「……ああ」


 そういうと、クオンは魔法陣に魔力を込めはじめる。

 みるみるうちに魔法陣の形が変わり、異様な輝きを放ち始める。


「はい、完成」

「おお! ありがとな、クオン」

「いつか倍にして返してもらうわ」

「お手柔らかに頼むよ」


 何を要求されるのか分かったものじゃないが、この状況を作ってくれるよりありがたい事はない。

 これで、すぐにでも助けに行ける……!


「じゃあ、行こう」

「“転移“」


 ―


 ――


 ―――


 ――――


「お久しぶりです、父上」

「随分と早かったな」


 転移魔方陣で男爵領に来た俺たちは、すぐに父の元へ向かった。

 

 目の前にやつれた様子の父上が座っている。

 周りにいる護衛の兵も以前よりも相当少ない。

 そして何より覇気がない。


「急ぎましたので」

「……ふむ」


 俺の横で笑顔を貼り付けているクオンをみて何かを察したのか、興味を失ったように息を吐く。


「状況をお伺いしても?」

「状況? 見てわかるだろう? 最悪、その一言に尽きる」

「兄上たちはどこに?」


 ムンドもタロンも、両方いない。

 兄上たちが二人ともいないのは妙だ。


「さあ、生きているのか死んでいるのか……」

「捕まったと?」

「死んでいないなら、そういうことだろうな」


 概ね話が掴めた。

 そして俺の推測は間違っていなかった。


 ルイス――つまり俺――が男爵を継いだのは、ルイスの策略でも何でもない。

 この事件、若しくはそれに準ずる何かが起きたんだ。

 そしてたまたまルイスは生き延びた。


「カズハは……?」

「同じだ」


 想定通りだ。

 だから大丈夫、落ち着いている。

 俺は心底落ち着いている。

 冷静に物事を判断できる。

 だから今すぐ敵を皆殺しにしてカズハを助ける。


 ほらな?しっかり判断できてる。


「ルイス、深呼吸しなさい」

「……え?」

「いいから」


 クオンの命令で深呼吸をする。

 それでようやく、自分が心底焦っていたことに気づく。

 身体中から汗が吹き出し、呼吸が浅かったことを理解する。


「ありがとう……」


 俺のお礼に、クオンが無言で手を握る。

 私がついている、と心で言ってくれているみたいだ。


「父上」

「なんだ?」

「私が賊を打ち倒したら、たとえ兄が生きていても男爵の座を私にお譲りください」


 これは願いじゃない。

 宣言だ。

 断るなら……。


「随分と……まあいい、好きにしなさい」

「ありがとうございます」


 実際に許してもらえるかはわからない。

 目的を果たしたら反故にすることだってあり得る。

 でもどうでもいい。

 

 その時は殺すだけだ。


「それで、賊はどこに?」

「近くの村を拠点にしている。3日前、ムンドが率いた突撃部隊300人が襲撃したが敗北した。私も1000人近い兵を率いていたが、追撃してきた賊から逃げ切れたのは……200人もいない」


 大惨事、なんて次元じゃない。

 余りの酷さにくらくらしてくる。

 

「随分と無様ね」

「言い返す言葉もない……」

 

 普段の父なら、伯爵の娘とは言え若い女からの罵倒を受け入れるような事はない。

 それだけ疲弊しているんだろう。


「戦える兵は100人もいない。お前を呼んだのは、ドミニク卿に援助を頼みたかったからだ」

「それには及びません、私が討ち滅ぼします」


 強い決意をもって宣言する。

 父は深く大きなため息を吐く。


「そうだろうとは思っていたよ……。まあいい、好きにしなさい」

「ありがとうございます」


 本当に覇気がない。

 すべてをあきらめた男の顔だ。


「では、これで」

「兵はいらんのか?」

「必要ありません」


 そう言って、俺は城を出る。

 切り札はある。

 この日のためにため込んだ膨大な“幸運”が。


 ―


 ――


 ―――


 ――――


 あれから何日が過ぎたんだろう。

 片目、片足、片手。

 全部一個ずつ亡くしたあたしは、それでもなんとか辛うじて生きている。


 ごめんなさい。

 生きていてごめんなさい。

 このまま生きていたって、ルイスの役に立てない。

 あたしは、カズハ・レーニンゲンは、最早ルイスにとって不要な存在だ。


『もしカズハが捕まったら……その時は何を捨てても助けに行くよ』

 

 ルイスが最後にかけてくれた言葉が、あたしを“呪って“いる。

 

 ルイスは、クオン様と結婚するために、今頃主席を目指してがんばって学校に行ってるはず。

 それが一番、あの人幸せになる方法。


 だからこんな役に立たないゴミは見捨てていい。

 約束なんて破ってしまって構わない。

 

 そのはずなのに、なのに……。

 あたしは、死を選べない。

 

 あたしを呪う“約束”が、頭から離れてくれない。

 死ぬよりも辛い思いを、この数日間で何度も繰り返した。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 それでも、あたしは死を選べなかった。

 希望が絶望の邪魔をする。


 いつか助けに来てくれるかもって。

 そんな、あるはずの無い妄想が、あたしに必要のない勇気を渡してきた。


 ――こんな醜いあたしを助けになんて来るはずないのに。


 あたしを閉じ込める地獄の扉が開く。

 いや違う、ここはまだ天国だ。

 あの扉の先こそが地獄なんだ。


「へへ、今日も時間だぞっ」


 視線の先に、初日からずっとあたしを運んでいる気持ちの悪い男が立っている。

 足を失ってから、奴があたしを抱きかかえ運んでいく。

 気持ち悪い手つきに耐える、苦行だ。


 それでも、その後に始まる本当の地獄よりは幾分かマシだけど……。


「おいおい、服が乱れてるぞ? どれ、俺が直してやるよ」

「辞めて!」


 服を直す、なんてのはていの良い言い訳だ。

 そういって、いつも身体を撫でまわしてくる。

 今日もそうだろう。


 死ねばいいのに。


「逆らうんじゃねえよ!」


 あたしの叫びなんて無視するように、男が近づいてくる。

 ああ、今日も地獄が始まる……。


 ドン!


 ドアの先から、鈍い音が聞こえる。

 なんだろう、賊同士が喧嘩でもしてる?


 男の注意もドアの方に向いている。

 よかった、ほんの少しだけ地獄の時間が先延ばしになるかもしれない。


 再度大きく音が鳴り、今度はドアが破かれる。

 そして、室内に“誰か”が入って来る。


「“ライトニング“!」

「な“!?」


 ドアの方を見つめていた男はもろに食らったみたい。

 あたしは男が陰になって殆ど視界に入らなかった。


 胸がどんどん高鳴る。

 もしかして……。


「音切り!」


 瞬間、男は真っ二つになった。

 血しぶきの先に、人が見える。

 ずっと待ち望んだ人。

 ルイスが……目の前に立っていた。

 

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