第24話 絶望

 暗い室内。

 ジメジメした澱んだ空気。

 周りには、あたしと同じように四肢のどれかを失った兵士たちが拘束されて並んでいる。


 あたしたちは、負けた。

 そして命だけはどうやら救われたみたい。


 腕の傷はトールが使った回復魔術でふさがっている。

 そうやって、命はなんとか取り留めた。

 けど、剣士としては死んでしまった。


 傷口が完全にふさがり、もう右腕が繋がることはない。

 剣は持てない。

 ルイスの力になれることは、もう何もない……。


 身体を拘束されて死ぬことすらできないまま、あたしはこの薄暗い地下で一生を過ごすのかもしれない。

 ごめんね、ルイス……。

 もうあたしは、あなたのために何もできない。

 

「おい、そこの女を連れてこい」

「あいよ」


 看守の一人がこちらに近づいてくる。

 あたしの身体を持ち、そのまま立ち上がらされる。

 昨日までのあたしなら、一瞬で切り伏せられたであろうただの賊相手にすら、されるがままに受け入れるしかない。


「へへ、役得だっ」


 気持ちの悪い賊が、あたしを持ち上げながらわざとらしく胸やおしりを触る。

 ルイス以外の人間に身体を触られるのなんて、本当に許したくない。

汚らわしくて吐き気がする。


「やめてっ」

「あ? 殺されてえのか?」


 ちょっとでも抵抗しようと身体を動かしたけど、ただ怒らせるだけだった。

 不快で、不愉快。

 だけど、耐えるしかない。


「おい早くしろ! トール様が呼んでるんだよ」

「へいへい」


 もう一人いる看守に急かされて、ようやく賊が動き始める。

 部屋を移り、扉を開けると血の匂いのする暗い部屋に通された。

 部屋の奥に、椅子に座る何かをいじっている男がいる。

 間違いない、トールだ。

 あいつが、あいつのせいで……!


「やっと来たか」

「へい、すいやせん……」

「ああ、まあいいんだ。それより、玩具が壊れたから捨てて置いてくれ」

「へい……」


 トールが玩具と言って指さすそれは、顔の原型を留めていない人間の死体だった。

 多分、女性だと思う。


 まさか、あたしもああなるの……?

 いやだ、いやだいやだいやだ!!!


「やだ! 助けて、助けて!!!」

「おいおい暴れるなよ、うるさい女は嫌いなんだ」


 痛いっ!

 トールがあたしを引っ張って無理矢理椅子に座らせる。


「やめて!! はなして!!!」

「ふひひ、いいねぇ……」


 トールが目を輝かせてあたしを椅子に拘束していく。 

 存在しない右腕以外の四肢が、バンドで椅子に拘束される。

 冷たくて、不潔で、気持ち悪い鉄の椅子。

 見ると、椅子は血で汚れている。


「な、なにをするの……?」

「想像している通りの事さ」


 トールが耳元で囁く。

 涙が止まらない。

 恐怖で身体が震え、全身から汗が流れていく。


「と言っても、だ。別に俺は目的もなく女性をいたぶるのが趣味ってわけじゃあない。俺は紳士なんだ。そう見えるだろ?」

「どこが……」


 ドン!

 痛い、痛い痛い痛い痛い!!!

 なに、なにをされたの!?


 痛みのする左手に、ナイフが深々と刺さっている。

 刺されたんだ。


「もう一度聞くぞ? 俺は紳士に見えるだろ?」

「はい……」


 こんなことする人間のどこが紳士なの……?

 酷すぎる……。


「“ヒール“」


 トールがナイフを抜き、あたしの傷を治していく。

 怪我はみるみるうちにふさがっていく。

 けど、あたしの心に刻まれた恐怖は深々と残ったままだ。


「俺はな、ただ質問に答えてもらいたいだけなんだ」

「質問……?」


 なんだろう……?

 あたしが知っている情報なんて、何も……。


「ルイス・ルーデンドルフ。知っているな?」

「……ルイス?」


 なんでここでルイスの名前が出て来るの……?

 あの人はただの男爵の三男で、普通の男の子なのに。

 変な女に目を付けられたかわいそうな、あたしが守ってあげないといけない男の子。

 それが、ルイス。

 それ以上でも以下でもない。


「そうだ。知っているな? お前はルイスの側近だという情報は既に得ている。カズハ・レーニンゲン、騎士学校に着いて行くほどご執心なんだろう?」

「ルイスが、なんなの……?」


 あたしとルイスの関係まで知っている。

 いったいどういう事……?


「奴が最近変な行動をしていたり、おかしなことを言ったり、そういった今までとの変化。そういったものは無いか?」


 おかしなこと……。

 ある、とっても大きいことが一つ。

 王都に着いてから、いや違う。

 試験が終わってから、ルイスは今まで全く興味がなかったギャンブルにハマってる。

 都会に来て浮かれてるだけかと思ったけど、それにしたって異様なハマりようだと思う。

 

それにギャンブル中毒特有の負けた時の反応がほぼない。

寧ろ負けた方がいいとまで思ってそう。

これは明確に……明らかに変わったところだ。


「知らない、わからない」


 でも、言ってやるもんか。

 ルイスが不利になる情報なんて一つだって言わない。

 あたしは、最後までルイスの役に立って見せる……!


「へぇ……」

 

 トールが狂気の籠った顔で睨みつける。

 そして手に持ったナイフを振り上げてあたしの顔。

 ちがう、“左目“に振り下ろした。


「いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ」


 絶叫。

 自分の口からこんな声が出るのかって程大きな声が出る。

 余りにも痛すぎる。

 

ぐりぐりとあたしの目を抉り、眼球を引き抜かれる。

 痛い、痛い、痛い、痛い。

 

「ぐぁっぁっぁぁぁああぁぁ」

 

 声にならない声。

 もう、何も考えられない。

 痛みで頭が真っ白になる。


「“ヒール“」

 

 あたしの目を引き抜いたまま、トールが回復魔術をかける。

 つまり、あたしの左目は完全に視力を失った。


「次は足だ。その次は、どこだろうな? いいか? もう一度聞くぞ……」

 

 わかってた。

 負けて捕まれば地獄を見ることになるのはわかってたけど、これはあまりにも……。

 きっとあたしはルイスに捨てられる。

 生き残っても、こんな役に立たない怪我人を側においてはくれないだろう。

 あぁ、ならせめて。


 ルイスの迷惑にはならないように死のう。


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