第23話 奇襲

「カズハ・レーニンゲンただいま参上いたしました」


 ヴォイマン男爵領を守る最後の砦、ヴォイド城にある大広間でルイスの父、マール・ルーデンドルフ男爵に首を垂れる。

 

 周りには臨戦態勢の兵士が立ち並び、お父さんの姿もある。


「すまないな、騎士学校に入学したばかりだというのに」

「いえ、召集があれば応じるのが兵というものです」

「そうか、父に似て立派なものだ」


 あたしをほめたたえる男爵の声は覇気がなく、現状が芳しくない状態であることが容易にわかるほどやつれている。


「ムンド、現状説明しろ」

「はいよ」


 男爵家の長男、ムンド・ルーデンドルフ様があたしの前に来る。

 大柄で、普段から清潔感がかけらもない。

 今日は特にひどい、髪もボサボサでひげもそれていない。

 ああ、ルイスに会いたいな……。


「状況は最悪に近い。山賊を名乗る数十人の集団は、この城の近くにあるルキナ村を占領。そこを拠点に周囲の村や集落を焼き払ってる」

「対抗できないんですか?」

「そのために、お前や他の領民を召集したんだ。……もっとも、勝てるかは未知数だが」


 ムンド様が自信なさげにため息を吐く。

 精々数十人の賊なら常備軍で十分だと思うんだけど……。


「敵には元ダイヤモンド級と思われる冒険者崩れがいる。そいつがあまりにも厄介だ」

「ダイヤモンド……」


 冒険者が傭兵や山賊に落ちるのは稀によくある。

 が、ダイヤモンド級となればそうそうあり得ない。

 それが冒険者をやめているということは……それだけ、素行が悪いって事。


「今回召集できた兵士は1500人。どうにかギリギリ何とかなる数を集められた」

「1500人も……」


 かなりの数……。

 全力動員と言って差し支えないと思う。


「お前には300人からなる精鋭の突撃部隊に入ってもらう」

「承知しました……!」


 精鋭……。

 嬉しいけど、それだけ危険な任務って事だろう。


 あたしは生き残れるのかな……。


 いや、だめ!

 絶対生き残って、ルイスにもう一度会う。

 そのためなら、なんだって……。


「作戦は追って説明する。今は休んで準備を整えて置け」

「はい!」


 ムンド様がいなくなっていく。

 男爵もいつの間にか立ち去っていて、兵士たちの殺気もようやく少しだけ落ち着いてきた。

 

「カズハ!」

「お父さん!」


 広間にいたお父さんが話しかけて来る。

 そんなに離れていたわけじゃないけど、それでも久しぶりに会えるのは嬉しい。


「本当はこのまま家で母さんと三人で食事でも……って所なんだが、それは無理そうだな」

「もしかして、今日すぐに作戦なの?」

「ああ、事態は急を要する。賊が気づく前に奇襲するしかない」


 すっごい急だなぁ……。

 連携もなにも全然わからないけど、大丈夫なのかな?

 でも、1500人もいるしどうになるよね……?


「そっか……。でも、どうしてダイヤモンド級の冒険者がいるってわかるの?」

「常備軍が壊滅したんだ。次男のタロン様はその時戦死した」

「戦死……?」

「ああ、ムンド様だけはなんとか生きて帰ってこれたが……」


 タロン様は、なんどか会ったことがある。

 ルイスの事を気にかけていて、何度か村に来て一緒に遊んでくれたのを覚えてる。

 ムンド様は……退屈そうにあたしたちを見て保護者代わりみたいなことをしてくれた。


 知っている人の死をこんなにもあっさり言われると、戦場に来ているんだって実感する。

 怖い……。


「ただの賊では絶対にそんな事出来ない。少なく見積もって、ダイヤモンド級冒険者がいることは間違いないと思ってる」

「勝てる、の……?」

「兵の召集の欺瞞工作は成功したとみてる。斥候の報告でも気づいた報告はないしな。だから、今日の夜襲でなら……」


 逆に言えば、今日失敗したら本当にまずいって事だよね……。

 心の準備をしないと……。


 その後父と城の食堂で食事をしながら待っていると、ムンド様が完全武装でやってきた。

 時刻は午後19時。

 これから村に向かえば、ちょうどいい位の時間かな?


「作戦概要を説明する! まず、俺が率いる精鋭突撃部隊が村に突入し突撃を敢行する! そこでダイヤモンド級冒険者を炙り出し、特定が完了次第主力部隊も突入し数で殺す、以上だ」


 ようは数で潰すってことね……。

 雑だけどまあ理にかなってる、かな?

 というかこんな急ごしらえの部隊じゃ作戦とか無意味だしこれでいいんだろう、多分


「私がみた推定ダイヤモンド級の冒険者は、大柄の男で水の魔術を使う。みんな、水には注意しろ! 本日に限り、水筒や補給用の樽水などは一切禁止とする」


 水を操り武器にすることを警戒してるのかな?

 相手の武器がわかってるのは強い。

 すごくアドバンテージになると思う。


「さあ、出撃だ!」


 ―


 ――


 ―――

 

 ――――


 小高い丘に登り、目的の村を見下ろす。

 時刻は深夜2時。

 村に人が起きている気配はない。


 油断して寝静まっているんだろう。


「よし、行くぞ……!」


 ムンド様が、あたしたち突撃部隊に指示を出す。

 主力部隊は男爵様が率いて、少し離れた先で様子を見ている。


「カズハ、準備はいいか?」

「大丈夫」


 お父さんが心配してあたしに声をかけてくれる。

 これがあたしの初陣。

 初陣がダイヤモンド級冒険者の討伐ってのは、ちょっと運が無いよねぇ……。


 村の周りは特に柵とかもなく、物見やぐらのような建物にも人が立っていない。

 ちょっと油断しすぎじゃない……?


「中心部の教会が恐らく敵の駐屯地だ。そこを叩くぞ」


 ムンド様が静かに話す。

 あたしたちは、極力物音を立てず村に侵入する。


 本当に、まったくの無警戒。

 300人もの兵が村に侵入しているのに、誰も気づいている様子が無い。


 というか、この村本当に人住んでる……?

 寝静まっているというにはあまりにも静かすぎる。

 戦いの跡が見える傷ついた家が立ち並んで、道は液体のような何かで濡れている。

 血だろうか……?

 暗くてよく見えない。


 その家たちが囲うように建つ中心部に広場があり、そこに教会が立っている。

 すでに、目視出来るほどの距離だ。


「ムンド様、あまりにも……」

「静かにっ」


 そう言って、ムンド様は兵士が喋るのを許さない。

 あたしたちは無言のまま教会の前にたどり着いた。


「よし、着いたな。みんなご苦労」

「さあ、行きましょうっ」


 副官らしき男がムンド様の隣に立つ。

 周りの兵たちも、早く攻撃したがってうずうずしている。

 みんな小声ではあるものの、声を上げる。

 そして、そんな声が集まれば必然大きな喧噪になっている。


 ……そのはずなのに、未だなんの反応もない。

 おかしい。

 余りにも異常。


「お父さんこれって」

「わかってる、何か変だ」


 お父さんも異常に気付いている。

 何か罠に……?


「目標は、もう逃げたのでは……?」


 副官さんも気づいてるみたい。

 もしかしたら、夜襲に気づいて逃げたのかもしれない。

 だとしたらありがたいような気もする……。


「いや、そんなことないぞ」

「ですが……」


 副官さんの言葉を遮るように、ムンド様が一歩前に出る。


「いるじゃないか、目標が300人も集まってる!」

「はい……?」


 ムンド様の雰囲気が変わる。

 やばい、明らかに様子が変!


「“フレイム”」


 ムンド様が魔術を唱える。

 その瞬間、教会の周りを取り囲むように立ち並ぶ全ての家が大きく燃えだす。

 さっきまで来た道も、今は炎で包まれている。

 逃げ道は全て燃え盛っている。


「うわぁっぁぁあぁ!?」

「なんだこれ!?」

「なんで炎が!??!」


 精鋭と呼ばれた兵士たちが泣き叫ぶ。

 その様子をムンド様が満足そうに見つめ、高らかに笑う。


「ふひひひひひひひひひひひひっ! 愉快だなぁ、おい!」

「お前、ムンド様じゃないな?」


 副官が指摘した瞬間、ムンド様が闇に包まれ、数瞬後に全く違う坊主頭の男が現れる。


「正解! 俺は奇術師トール! 元ダイヤモンド級冒険者さっ! お前たちが殺そうとしてた、お前らの仇だ」


 愉快そうにトールと名乗る冒険者があたしたちを嘲笑う。

 完全に騙された……。

 

 多分こいつは姿を代える魔術を使える。

 それでムンド様に成り代わっていたんだろう。


 最悪だ、余りにも最悪すぎる……。


「まんまと罠に嵌められたわけか……」


 お父さんが悔しそうにつぶやく。

 既に周りは火の海。

 とてもここは生き残れそうにない。

 

 覚悟、決めないとね。


「ほれ、武器を捨てな? そしたらお前たちを捕虜として扱ってやるよ」

「ふざけるな! だいたい、追い詰められてるのはお前だろうが!」


 副官さんが怒りを爆発させ斬りかかる。

 けれど逆に斬り殺され、真っ二つになった。


「ほれほれ、いいのかい? 炎か、俺か、どっちかに殺されちゃうぞ?」

「怯むな! 囲んで殺せ!!」


 そうだ、怯んじゃダメ。

 せめてこいつを殺そう。

 それがきっとルイスのために……。


「かかれー!!!」


 300人の兵士たちが一斉にトールの元に走る。

 もちろん、あたしもその一人。

 

 あいつは馬鹿だ。

 追い込まれた兵の底力を侮り過ぎた。

 絶対に殺してやる!!!


「あーあ、俺の負けか」


 トールがつまらなさそうに呟く。

 さっきまでの笑顔が嘘のようだ。


 やった、せめて一矢報いて……!


「だから言ったんだ」


 若い女の呆れたような声が聞こえる。

 瞬間、周りの景色が血しぶきで包まれる。


 ……え?


 300人の“精鋭”達の腕が切り落とされていく。

 悲鳴があたしの耳に入るよりも早く、女が目の前にやってくる。


 あ、斬られたっ。


「カズハ!!!」


 え?

 何が起きたかわからない。

 でも、あたしは床に倒れていて。

 そして……目の前にお父さんの首が転がっている。


「あっ、やっちゃった……」


 やっちゃったって、え?

 なに、なんで!?

 お父さん、あたしをかばって……!?!?


「死ねええええええ!!!!」

 

 頭が沸騰する。

 許さない、絶対に許さない!!

 こいつが誰だかは知らないけど、必ずっ!

 

 刀を右手で上段に構え、振りかぶる。

 音切りですらない、なりふり構わない一撃。

 それを目の前の女にぶつける。


「え?」


 私の視界から、刀が落ちていく。

 いや違う。

 刀だけじゃない、持っていた右手も身体から離れていく。


 熱い。

 熱い熱い熱い。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い。


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。



 傷口が燃えるように熱くて、そして身体がどんどん寒くなる。

 血が止まらない。

 ああ、いやだ。

 死にたくない、死にたくないよぉ。


 いやだ!いやだ!いやだ!

 ルイスに会いたい!!!!

 あたしを側に置いて!!!

 それだけで、他は何も望まないのに!!!


 いやだ、いやだよぉ……。

 死にたく……ない……。


「全部片づけたわ」

「流石だねぇ」

「罰としてお前は全員の止血と捕縛を。私は囲んでる残党を殺す」

「あいよ」


 薄れゆく意識の中、二人の会話が微かに耳に入る。

 ああ、でももうだめ……。

 目の前が暗いや……。


 ごめんねぇルイス……。

 さよな……ら……。

 愛……して……。


「ヒール」


 ……ぇ?



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