第22話 予感

 カズハが召集されて一週間が過ぎた。

 そろそろヴォイマン男爵領――つまりはうちの領地――についた頃だろうか?

 心配だ、やっぱり着いて行くべきだったか……?


「はぁ……」

「ため息」

「え?」

「今日だけで100回はしてる」


 隣に座り一緒に食事を食べるクオンが指摘してくる。


「そんなにしてた?」

「ええ、一日中」


 時刻はまだ真っ昼間。

 学校の昼休憩で食堂に来ている、そんな時間帯だ。

 それで100回は相当だな……。


「ごめんな」

「別にいいわ、あなたが考えている事くらい手に取るようにわかるもの」

「そんなにわかりやすいか?」

「どうせ、カズハが心配なんでしょう?」


 図星だ。

 まあけど、流石にわかりやすすぎるか。

 そりゃそうだよなぁ……。


「そうだけど、仕方ないだろ?」

「そんなに気になる? たかが賊でしょう?」

「だからこそ気になるんだよ。たかが賊相手になんでわざわざカズハを召集する必要がある?」


 賊を討伐するのに、騎士学校に通っている人間まで召集するのは明らかにおかしい。

 もしかしたら何かヤバい事態になってるんじゃ……?

 原作知識を活かそうにも、まだ原作が始まる時系列より前だ。

 となると使えるものは殆どない。


「そうねぇ……考えられるとしたら嫌がらせか、あとは……」

「あとは?」


 少しもったいぶるように間を溜める。


「……本当は賊なんかじゃない、とか?」

「賊じゃない……?」


 どういうことだ?

 傭兵崩れの山賊が暴れてるとか、そういう事じゃないのか?


「そうねぇ、例えば……元冒険者が誰かに依頼されて襲ってる、とか?」

「元冒険者……」


 この世界には冒険者と言われる、魔物討伐やダンジョン探索を生業にする奴らがいる。


 ブロンズ

 シルバー

 ゴールド

 プラチナ

 ダイヤモンド

 オブシディアン


 6つのランクに分かれ、ダイヤモンド以上の冒険者は化け物だ。

 オブシディアンは1つの国に数人程度いるかいないかって所。

 ダイヤモンド以上の冒険者なら、男爵家がもっている精々100人の常備軍程度では話にならないだろう。

 

 1000人単位の兵を用意する必要がある。

 そのための召集……ありえなくはない。

 だが、もし相手が元オブシディアンなら……男爵家では対処できない。

 国の助けが必要だろう。


「まぁ、あくまでも憶測だけれど」

「そうだよな……」


 俺は、自分を納得させるためにうなづく。


 ……いや、待てよ?

 ……ゲーム開始時点でルイスは男爵だ。

 俺は勝手に、ルイスが陰謀で家族を皆殺しにしたんだと思ってた。

 だから3男のルイスが後を継いでいるんだと。


 だけどもし……もし仮にこれが史実だとしたら……?

 ゲームに沿った流れなんだとしたら、どうだ?

 

 賊を名乗る強力な“誰か“が男爵領を襲い、壊滅させる。

 そしてなんらかの事情で生き残ったルイスが後を継ぐ。


 だとしたら……この憶測は一気に現実味を帯びて来る。

 ルイス以外の誰かの影響で男爵家の面々がほぼ壊滅する事件こそが史実なんだとしたら、今戦場にいるカズハは……。


「ルイス?」

「どうしよう……」

「なにが?」


 やばいやばいやばいやばい。

 この世界を甘く見てたかもしれない。


「カズハが、死ぬかも……」

「戦場に出ている以上覚悟の上でしょう?」

「そうだけど! でも、クオンが言ってることが正しかったら……」


 間違いなく、カズハではダイヤモンド級以上の冒険者には勝てない。

 もしこの予想が正しければ、俺は死地に行かせたことになる。

 自分の評判とか利益とかそんなことを気にして、確実に死ぬ化け物のいる戦場に……。


「落ち着きなさい」

「でもクオン! 俺は、止められたのに……」

「大丈夫、さっきのはあくまでも推測よ」


 取り乱す俺の手を握り、クオンが俺を宥める。

 確かに今まで考えてたことは憶測にすぎない。

 落ち着かなければ……。

 取り乱してもどうにもならない。


「ごめんな……」

「いいのよ、大丈夫」


 隣に座るクオンが俺を優しく抱きしめてくれる。

 それが心地よくてとても安心できる。

 周りの目は気にならない。

 どうでもいい。

 

「ありがとう、クオン」

「落ち着いた?」

「少しは……」


 俺にはもう、何が何だかわからない。

 何か判断材料が欲しいな……。

 戦況だけでもわかればいいのに。


 俺はせめてカズハの安否がわかればいいのにと、“望んだ”。

 瞬間、手のひらに熱が帯びる。

  

「ルイス様、そこにいらっしゃったのですか!」


 慌てたジルが走って来る。

 尋常ではない様子に嫌な予感がしてしまう。


「え? ああ、昼食を……それより、いったいどうしたんだ?」


 ジルが息を整え、一枚の紙を手渡してくる。


「魔術電報で本領より緊急の連絡が……“召集軍に壊滅的な被害あり、捕虜多数発生につき救援求む“との事です」


 手が震える。

 汗は止まらず、呼吸がどんどん浅くなる。

 ジルの言葉が信じられない。

 きっと嘘に違いない。

 これはジルの悪質な嘘だ、そうに決まってる……。

 

 確認しないと……。 


 ぼやけた視界でなんとか紙を確認する。

 そこには確かに、同じ内容が書かれている。


 ああ、俺は……。

 俺は取り返しのつかない過ちを……。




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