第21話 指輪

 あれから3日。

 まだカズハは男爵領にはついていないだろう。


 大丈夫、カズハはまだ生きてる。

 まだ、危険な目にはあっていない。

 その安心感からか、今のところはメンタルは安定している。


「ちょっと、今日は一人で出かけて来る」


 今日は学校は休み。

 朝食を終えた俺は娼館へ行くことにしていた。

 ……いや遊ぶためじゃないぞ?

 スオウからの報告を聞く日なんだ。


「なんで?」

「ちょっと予定が」


 クオンがすさまじく冷たい声と目線で理由を聞いてくる。

 最近はジルとデートしたりカズハと二人で授業を受けたりで割とクオンを放置していた気もする……。


「釣った魚に餌を上げない主義なのね」

「そんなことないだろ?」

「あるわよ、私は今日も一人寂しく夕飯を食べるのね……ヨヨヨ」


 クオンがわざとらしく泣きまねをする。

 割と愉快な性格してるよなこの子……。


「私もいますが?」

「興味が無いわ」


 ジルが自分の存在を主張するも、あしらわれている。

 ひでえ……。


「まあとにかく、そんなに遅くなるつもりはないから待っててくれ」


 そう言って、俺は家の外に出る。

 帰りに何かお土産を買って帰るとしよう……。


 それから10分ほど歩き、裏路地にある娼館の近くまでやってきた。

 まだ朝だからか人通りも少なく、まばらにいる人達も人相の悪い奴らが多い。


 ジロジロと俺を見つめるそいつらを睨み返し威嚇する。

 舐められたら強盗にでも会いそうだし……。


 まあこいつら程度なら返り討ちにできるだろう。

 だけどもしこいつらがもっと強力な敵だったら?

 冒険者崩れで、かつて名うての冒険者だったなら……もしかしたら俺は殺されるかもしれない。


 俺は全然強くない。

 加護はあれど、それだけだ。

 カズハが捕まったら助けに行くなんて言ったが、俺の実力では実際には無理だろう。

 

 もっと、俺に力があれば……。

 強くなりたい、そう“望んだ”。


「おーい!」


 明るい少女の声が聴こえる。

 みると、スオウが手を振って立っていた。


「もしかして迎えに来てくれたのか?」

「え? いや違うよ! ぼくも向かってる途中だったんだ」

「あー、そういうことな」


 そりゃあそうだろう。

 周りに自分への好感度が高めの女ばかりいるから自意識過剰になっているのかもしれん。

 気を付けないとな。


「ほらほら、早く行こ?」

「おう、そうだな」


 俺たちは目的の娼館に入っていく。

 傍から見たらロリコンの客と嬢にしか見えないかもしれない。


 もし知り合いに見られてたら終わるな……。

 まあ大丈夫だろう、ここは裏路地で貴族がいるような場所じゃないし。


 ―


 ――


 ―――


 ――――


「ありがとうスオウ、今日もよかったよ」

「本当にこんな事であんなに貰っていいの……?」

「ああ、十分助かってる。それにスオウからも大事なものを貰っただろ?」

「まあ、そうだけど……」


 街の雰囲気や戦争の気配。

 そう言った情報は、いち早く察知できれば原作知識と照らし合わせて先のイベントがわかる可能性がある。

 とても重要な情報源だ。


 それに今日は、スオウが昔街で拾ったという魔力が籠った石をくれた。

 価値があるかもしれないと取っておいたが、日頃の恩返しとしてくれたらしい。

 何かに使えるかもしれないし。とりあえず受け取っておいた。


「そっか、ありがとね」

「こちらこそ」


 そう言って娼館の外に出ると、辺りが暗くなっている。

 人の気配が殆どない。

 何事かと周りを見ると、黒い魔力を身体中に纏い鬼の形相でこちらを見つめるクオンが立っていた。

 傍らにはジルがニヤニヤと笑いながら立っている。


 その瞬間、スオウとの情報のやりとりを娼館で行うと決めた時にジルが同じように笑っていた理由がわかった。

 あいつ初めから……!


「な、なに!? だ、誰あれ……?」

「あれはえっと、俺の知り合いというか……」

「もしかして恋人!? なら速く誤解を解かないとまずいよっ」


 スオウが心底焦っている。

 いやスオウだけじゃなく、もちろん俺も焦ってる。


「選びなさい」

「な、なにを?」

「ここで私と一緒に死ぬか、そこの女をあなたが殺すか。そのどちらかよ」


 クオンがとんでもない二択を迫って来る。

 怒りの沸点は当の昔に限界を超えていたらしい。


「これはちがうんだよ! ジル! 説明してくれ!」

「……はて?」


 ジルがすっとぼける。

 こいつ、この状況を楽しんでやがる!!


「娼館から女と出てきて何が“違う“の?」

「女って言ったって、この子はまだ11、2歳だぞ!?」


 どうみてもスオウはまだ子供だ。

 俺はロリコンじゃないから、こんな子供に欲情はしない!


「13歳だし……」


 隣に立つスオウが抗議の声を上げる。

 が、正直13歳も俺の中では子供だ。


「あなたがロリコンでも小児性愛者でも私は許すわ、けれど……私をこんなにも放っておいて娼館!? 許せない、絶対に……!」


 更に魔力の出力があがる。

 やばい、本当に死ぬかも……。


「誤解なんだ! これは本当に、ただ情報のやり取りをしてただけで……」

「さっきの会話は何?」


 娼館から出てきた時の会話を思い出す。

 ……だめかもしれない。


「あれはあくまでも情報をもらったことのお礼と、スオウからプレゼントをもらったからそのお礼だよ!」


 そう言ってさっき貰った魔力の籠った石を見せる。

 怪訝な顔で石を見つめるクオン。

 徐々に、魔力が収まっていってるように見える。


 ……というか、この石に吸い込まれてる?

 いや、気のせいか……。


「本当に、関係はもっていないの?」

「何もしてない! な、スオウ?」

 

 スオウが大きく何度もうなづく。

 するとクオンが俺に近づき抱きしめて来る。


「クオン……?」

「ジッとしてなさい」


 そういわれ、俺は身動きをとれずにいる。

 娼館の目の前で女と抱き合うってだいぶやばいな……。


 クオンはそのまま俺の匂いを嗅ぎまわる。

 なんかこう、犬みたいだ。


「変なにおいはしない……。でも、汗の匂いはするし水浴びをした形跡もないわね……」


 どうやら行為の有無を匂いで判断しようとしているようだ。

 しばらくすると、匂いを嗅ぐのをやめてくれた。


「疑ってごめんなさい」

「いや、いいんだよ。怪しいことをした俺が悪い」


 どうやらようやくクオンの誤解が解かれたらしい。

 身体から魔力が放出されることもなくなった。

 落ち着いている証拠だ。


「ぼく帰るね……」

「ああ、ごめんな」

「ううん、大丈夫」


 そうは言うものの、スオウは相当ビビっているみたいだ。

 もしかしたらもう会ってくれないかもしれない……。


「さぁ、帰りましょう?」

「う、うん……」


 クオンが俺の手を握る。

 ジルは既にいなくなっていた。

 あいつ……。


 俺たちは二人で家に向かって帰ることにした。

 帰り際、市場を通ると露店の中に雑貨屋があるのが目に映る。

 よし、少しご機嫌取りするか……。


「クオン、あそこ寄っていこうか」

「え?」

「最近クオンには我慢させてばかりだから、何か買ってあげるよ」

「本当に!?」


 クオンが嬉しそうに声を上げる。

 これくらいはしてもバチは当たらないだろう。


「いらっしゃい」


 店主が声をかけて来る。

 店にはネックレスやピアスなどアクセサリーが並んでいる。

 どれも中々綺麗だ。


「どれがいい?」

「うーん、迷うわね……!」


 クオンのテンションがいつもの5倍くらい高い。

 目を輝かせて商品を見つめている。


「お兄さんたちは恋仲なのかい?」

「いや、まだ……」

「ええ、そうよ!」


 俺の答えを遮って、クオンが答える。

 まあいいか……。


「だったらこれなんてどうだ?」


 店主が同じ形をした指輪を見せて来る。


「なんですかそれ?」

「永遠の愛を誓う指輪だ」

「それにするわ」


 クオンが即断する。

 せめて説明を聞け……。


「いやいや、ちょっと待って……。どういう指輪なんですか?」

「その指輪は絶対に外せない。そしてその恋人たちが別れると魔術が発動し指を切り落とす。だから、“永遠の愛を誓う“ってわけさ」


 物騒にも程がある。

 絶対に買いたくない。


「これしかないわ、これに決めた」

「えぇ……」

「いや、なの?」


 ここで嫌と言えば絶対に話がこじれる。

 しかたない、これにするか……。


「いやじゃないよ、それにしよう」

「やったっ」


 クオンは心底嬉しそうに笑う。

 これだけ喜んでくれるならいいか……。


「まいどあり! 銀貨1枚ね」


 たっけえ……。

 なんで露店で20万円も払わないといけないんだ……?

 でも今さら断れないしなぁ。


「はい、どうぞ」

「お幸せにね!」


 店主が人の好さそうな笑顔で商品を渡してくる。

 ぼったくり、ではないか?

 魔術の籠った指輪って事は魔道具みたいなものだしな。

 それなら、これくらいの値段はするだろう。


「ねえルイス、つけて?」

「ああ、いいよ」


 クオンが両手を差し出してくる。

 うーん、どこに着けようか。


 左手の薬指は、流石に違うか……。

 結婚するときにとっておきたい。

 となると……。


 俺は、右手の薬指に指輪を付けた。

 そして自分の指にもつける。

 確か最近の恋人はペアリングを右手の薬指につけるのが主流、とか前世で聞いたことがある。

 本当かどうかは知らん。

 恋人なんていなかったし。


「さっき言ってた事、本当みたいね」


 一瞬、ほんの少しだけ魔力が抜けていくのを感じた。

 恐らく、指輪に魔力が供給されたんだろう。

 ということは指が切り落とされるのは本当って事になる。

 ……怖すぎる。


「ま、別れなければいいだろ」

「ふふ、そうね!」


 クオンがそう言って、幸せそうに右手の薬指を見ている。

 これならまあ、買ってよかったかな……? 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る