第20話 赤紙
ジルとのデートから約一ヶ月。
俺は王立騎士学校の生徒として、必死に主席を目指し行動していた。
この学校は日本でいう所の大学のようなイメージで、生徒がそれぞれ授業を選択し、その成績で学生としての全体の成績を決定する。
評価方法は記述式のテストやレポート、実技など様々である。
おれはそんな様々なテストの方式で、穴を見つけた。
テストの種類に、選択式の問題があったのだ。
これを見た瞬間、俺の頭に電撃が走った。
選択式の問題であれば、いくらでも点数が取れる。
なぜかって?
分からない問題は“運”任せで解けるからだ!
そう、“運“。
ならばもちろん、俺の加護は効く。
これぞ俺が生み出した「楽単マーク戦法」だ!
入学する直前からリサーチを重ね、マーク式のテストの授業だけを選定し授業を選択した。
しかし、この学校は実技試験がある授業もいくつか選択しなければならなかった。
大学で言う必修科目ってやつだな。
残念ながらその中のどれが楽なのか自分でリサーチするほど余力は無かった。
そこで、カズハにリサーチを頼み授業を取ったのだが……。
「ほら、王都10週までまだ後5週残ってるぞ! お前らみたいな貧弱な人間は、まず体力をつけろ!」
目の前で筋骨隆々の鬼のような形相の男――この授業の教官――が、無茶苦茶な要求をしている。
その後ろを、俺含む数人の生徒が死にそうな顔で走っている。
なんでこんな滅茶苦茶な指示を出す教官の指導を受けてるかって?
俺の隣で楽しそうに体を動かすカズハが、あろうことかわざとキツイ授業を選択しやがったからだ!
「おい、うらむぞカズハ……」
「もう、そんなこと言ってー! 楽な授業ばっか受けてたらダメ人間になっちゃうよ?」
「だからって、こんなキツイ授業は違うだろ……!」
息も絶え絶えに王都の周りを走りながらカズハに抗議するが、全く聞き届けてもらえない。
俺がギャンブルと楽単マーク戦法で堕落していくのを見かねたカズハは、敢えてキツイ授業を選択したらしい。
そのせいで俺はこの地獄の授業を受け続けるはめになっている。
「じゃあ、諦めちゃう?」
「それが出来たら……はぁ……苦労しねぇ……」
そう、俺は主席を目指している。
だから一つたりとも授業を落とすわけにはいかないのだ!
ちなみに、クオンも一緒にこの授業を選択していたが二回目で脱落していた。
一回目の授業終わりの、殆ど死にかけていたクオンの姿はしばらく忘れられそうにない。
「ほらほら~、早く早く!」
「これ以上スピード上げたら俺は死ぬと思う……」
元気良すぎだろ……。
この細い体のどこから体力が湧いてるんだ……?
「もー……しょうがないなぁ」
そう言って、俺の手を握り引っ張っていく。
やや汗で湿った手がカズハの体温をモロに伝えてきてなんかこう、来るものがある。
「引っ張ってあげるから、これで少しは楽でしょ?」
「まぁ確かに……」
引っ張られて走ると多少は楽……な気がする。
それよりも周囲の生徒の、「こいつ……浮気か?」みたいな視線が痛すぎてやばい。
クオンと俺の関係はだいぶ有名だから、他の女とこんな風にしているのは色々と憶測を生んでしまいそうだ。
「恥ずかしいからいいよっ」
「今さら何言ってるのさ! 裸を見せ合った仲でしょ?」
カズハの一言に周りの生徒が一斉にこちらを見る。
こいつ絶対わざと言ってやがる……。
この噂がクオンに伝わった後の空気、想像したくないなぁ……。
―
――
―――
――――
「ルイス、大丈夫?」
「色々と大丈夫じゃない……」
授業が終わり、体力が完全に尽きた俺たちは帰宅の途についている。
この間ジルと歩いた市場を通るが、夕方ということもあって賑わいは落ち着きつつある。
学校からの帰り際、「クオンさんに報告しなきゃっ」って言ってる女子が走っていくのを見たが、とても追いかける気力は無かった。
お土産でも買っていこうかな、ケーキとか……。
それでなんかこう、機嫌よくなってくれないかな?
無理だろうなぁ……。
「ねえルイス、デートしようよ」
「疲れてるんだよ、今度の休みじゃダメか?」
「今日じゃないとだめ」
ずいぶん強情だ。
どうしたんだろう?
普段はここまで押してくる子じゃないんだけど……。
「何かあるのか?」
「いやー。うーん……だめ、かな……?」
困ったような顔ではぐらかしながら再度懇願してくる。
まあいいか、疲れてるけど限界ってわけではない。
「じゃあなにか食べていくか」
「やったっ」
カズハが嬉しそうにガッツポーズしている。
クオンにばれたら……いや、考えるのはよそう。
「何が食べたい?」
「お洒落なレストラン! って言いたいところだけど、なんでもいいよ? 屋台で食べ歩きでもしようよ」
「お、いいな」
買い食いって、なんか学生っぽくて良いな。
俺が学生の頃は……いや、あんま覚えてないな。
いい記憶は皆無だ。
「あたしあれ食べたい!」
そう言って、カズハが焼き鳥屋に走り寄っていく。
流石鍛えてるだけあって、身体がタンパク質を求めているんだろうか?
でも旨そうだ。
村にいたころは焼き鳥屋なんて洒落た店は無かったからなー。
いや、焼き鳥屋は洒落てないな……。
いかん、田舎に毒されてる!
俺は今や王都にいる都会っ子なんだ。
「あとあと、そこのソーセージも買おうよ! あとはー……羊肉もいいなぁ」
「肉ばっかりだな」
「身体が資本だから! 体力つけないとねっ」
そう言いながら、美味しそうに肉を頬張っている。
「美味しぃ~」
幸せそうに食べるなぁ。
クオンやジルはどっちかって言うと静かに食べる方だから、こうやって美味しそうに食べる女の子を見れるのはカズハと一緒の時だけだ。
とはいっても、割と毎日見れる光景だけど。
今一緒に暮らしてるし。
「ほら、ルイスも食べて食べて!」
カズハが手に持った食べかけの焼き鳥を突き出してくる。
「カズハって、昔からこういうの気にしないよな?」
「こういうのって、間接キスのこと?」
「え、ああ、まあ……」
さらっと“間接キス“って言葉が出てきて、少しだけ動揺してしまう。
面と向かって言われると恥ずかしいな……。
「わざとだよ?」
「はいっ?」
え、どゆこと?
わざとってなに?
「ドキドキしてくれるかなーって、どう? ドキドキする?」
「そりゃまあするけど……」
そりゃあする。
思春期の男ってのはそういうもんだ。
え? 実年齢?
知るか、男は一生思春期なんだ。
「やった甲斐があったなぁ」
「なんでそんな……」
「んー? だって、ルイスの事大好きだから」
しれっと告白された?
そうなのかなー?
いや、多分そうなんだろうなー?
とは思ってたけど、今ここで!?
「なっ……」
「ルイスはあたしの事好き?」
軽い口調だが、真剣な眼差し。
本気の答えを求めてるって事がわかる。
「好きだよ、ずっと一緒にいるしな」
これは嘘じゃない。
俺はカズハが好きだ。
俺の事を慕って王都まで付いてきてくれる健気な女の子を嫌いになれる人はあんまりいないだろう。
「えへへ、ありがとっ。……じゃあ、愛してる?」
「それは……」
確信をついた質問。
家族として、仲間として。
そう言った意味なら、愛してるって言える。
だけどカズハが求めてるのはそうじゃない。
わかってるなら本気で答えてないといけない。
「ごめん……俺はクオンを愛してる」
「……」
夕方で人手が少ないとはいえそれなりに騒がしいはずの市場。
なのに、今は何も音が聞こえない。
そう錯覚してしまいそうなほど、緊張する。
カズハは黙っている。
きっと傷つけただろう。
でもここで嘘を吐くのは、多分許されない。
カズハにも、世界にも。
沈黙が支配する中大通りを歩く。
気づけば屋敷からほど近い細い路地にたどり着いていた。
「……そっか」
カズハが掠れるような声で無理矢理言葉を紡ぎだす。
予想だけど、多分そうだろう。
「ごめんな」
「ううん、いいんだよ?」
そう言ってカズハが俺の前に立つ。
夕日に照らされて顔は良く見えないけど、涙を流しているのはわかる。
「はいこれ、読んで」
「え?」
カズハが何か赤い紙を手渡してくる。
表紙には『招集令状』と書かれている。
……え?
「これって……」
「召集令状。あたし、兵士として召集されたみたい」
「いやでも、なんで……?」
意味が分からない。
召集って、うちの領地は戦争をやる気なのか??
「なんか本領の近くにすっごい強い賊が出たんだってー」
「行くのか?」
「そりゃあ行くよ、お父さんも呼ばれてるし」
賊って……。
いやでも、王都にいるカズハまで呼ばれるって事は事態は相当やばいんじゃ……?
「でも召集なんて死ぬかもしれないだろ!?」
「だから今日こうしてルイスとデートして、告白もして……フラれて……これで悔いはないかなーって」
「いやいや……わかった、俺が父さんに掛け合って!」
賊とはいえ、召集がかかるほど戦況が悪いならそんな所に行かせるわけにはいかない。
絶対に留めて見せる……!
「気持ちは嬉しいけど、だめだよ」
「なんで!?」
俺の問いに、カズハは笑顔だ。
なんでこんな時に笑ってるんだよっ。
「私はこの男爵家に育てられてきたんだよ? 恩に報いなきゃ」
「だったら、俺のそばで俺のために働けばそれで……!」
「それで、私を無理矢理引き留めてルイスの評価はどうなるの?」
「……は?」
俺の評価……?
そんなの、どうでも……!
「私利私欲で部下の召集を阻止するなんて、そんな評判が広がった人が王立騎士学校で主席になれると思う?」
「……思わない」
騎士としての、貴族としての覚悟が不足しているとケチをつけられるのは目に見えている。
恐らく、どれだけすごい成績を残そうと主席にはなれないだろう。
「大丈夫、必ず生きて帰って来るよ」
「なんだよそれ……」
そんな台詞、死亡フラグじゃねえかよ……。
「ルイスはさ、天才じゃないよね」
「え?」
「クオン様みたいな魔力も、アルド王子みたいな力もない」
「そうだけど……」
確かに、俺には才能が無い。
主人公や裏ボスになれるような絶対的な力はもってないし、これからも得ることはないだろう。
所詮、俺は悪役貴族だ。
「だったら、拾えるものは選ばないと」
「じゃあ俺はカズハをっ」
「クオン様の事……愛してるんでしょ?」
そう言われて俺は黙るしかなかった。
ついさっき自分で吐いた言葉だ。
取り消すには早すぎる。
「だったらまずはクオン様だけ拾わないと……ね?」
カズハの覚悟は……きっとさっき決まったんだろう。
俺がクオンを愛してるって伝えた時にすべてが……。
「信じて待っててくれる?」
「あぁ……」
俺も一緒について行く。
その言葉は、カズハの覚悟を無にするだろう。
だってそうだろ?
そんなことをしたら主席にはなれない。
そして、俺がここに来た目的は叶わない。
「へへ、ありがとっ」
カズハが笑う。
今までで一番心がこもっていない、“嘘”の笑いだ。
「カズハ」
「んー?」
「ありがとう。もしカズハが捕まったら……その時は何を捨てても助けに行くよ」
「……うん、わかった……信じてるねっ?」
そうならない事を祈りながら、俺は誓いを立てた。
気休めの誓いを……。
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