第19話 ジルとデート②

 目の前で半裸の少女が泣いている、

 完全にやばい光景だ。

 ロリコン性犯罪者で、ギャンブル狂い。

 

 終わりだ、この場を誰かに見られたら終わる。

 

「と、とりあえず服を戻せ!」

「かしこまりました」


 ジルが脱がせた服を着せていく。

 少女は涙が止まらないといった様子だ。

 

 そりゃあそうだろう。

 もしあのまま裸で放り出せば、穴という穴を浮浪者たちに犯されていたに違いない。


 とんでもないことをしてしまう処だった……。

 窃盗の罰が集団での尊厳破壊では、流石に割に合わない。


「お前、名前は?」

「スオウ……です」


 よく見ると、少女は顔立ちが整ったかわいい女の子だ。

 服装が少年っぽいのは、恐らく自衛のためなんだろう。


「スオウ、よく聞け? 罪には罰を与えないといけない」

「はい……」

「だから、裸で放り出す事はしなくても、だ……。なんらかの罰は受けてもらう」


 とはいえ、どうしようか……。

 罰なんて、なにも思いつかない……。


「手籠めにしますか? ルイス様の有り余る欲望をぶつければ、少しは罰になるでしょう」

「しないよ! まだ子供だぞ!?」


 ジルがとんでもないことを言い出す。

 いつものニヤけた顔だ、完全にふざけてる。

 まったく、悪乗りがすぎる……。


「あー、あれだ! 取り敢えず、手持ちの物を奪おう。金とか、戦利品とか……」


 今日の稼ぎが消えても死にはしないだろ。

 多分……。


「な!? そ、それはやめて!」

「選べる立場じゃないのはわかるだろ? 殺されたって文句は言えない」

「うぅ、でも……」


 酷くつらそうな顔をするスオウを無視し、服をまさぐる。

 すると、ポケットに小さな袋が入っていた。


「お、やっぱり初犯じゃなかったな」

「だめ……!」


 抵抗するスオウを軽く押さえ、中を見る。

 いやだろうが、これ位の罰は受けないと絶対に碌なことにならん。


「うぉ、これは……」


 なかには、劇団序破急のチケットが二枚入っていた。

 しかも、今日公演の……。


 おいおい、まじかよ……。

 流石幸運の加護。

 ご都合主義にも程があるな。


「おねがいします! 何でもするから、それは……!」


 スオウが泣いて懇願してくる。

 なんか、心が痛くなってきた。


「ルイス様……」


 ジルも同じなんだろう、俺に声をかけて来る。

 うーん……。


「これ、そんなに見たいの?」

「そういうわけじゃない、けど! それを売れば、暫く楽して暮らせるんだよっ」


 あー、そういう事ね。

 要はチケットの転売をしたいのか……。

 盗んだ物を転売するとは、罪深い奴め。


「いくらで売るつもりだったんだ?」

「銀貨2枚くらい……」


 40万円くらいか。

 そりゃあ確かに大金だ。


「で、お前はそれを失う訳か。欲をかいた報いだな」

「うぅぅ……」


 スオウが号泣している。

 ……さて、どうしたものか。

 ストリートチルドレンにとって、銀貨2枚は凄まじい大金だろう。

 それこそ、人生が変わるような金だ。

 それを奪うのは、余りにも……。


 はぁ、仕方ない……。


「ジル、金は持ってきてるか?」

「……ある程度は」

「銀貨2枚、出してくれ」

「……え?」


 俺の言葉に、ジルが手荷物から財布を取り出す。

 スオウは、何がなんだかわからないといった様子だ。

 こんな事をすればこの子のためには絶対にならない。

だから、これは取引だ。


「いいか? このチケットはもう俺の物だ。だから対価は払わない」

「は、はい……」

「俺はこの街に来てまだ日が浅い。だけど、この街にこれからしばらく住むんだ」

「はぁ……」


 劇団序破急が人気すぎて当日券が売っていない。

 そんな些細なことすら、俺は知らなかった。

 俺は余りにもこの街の知識に疎い。


「お前、俺に雇われないか?」

「……へ?」


 情報面でのディスアドバンテージは、もしかしたら取り返しのつかないミスを産むかもしれない。

 この間の試験で、トーデスブリンガーが出てきて死にかけたみたいに、問題に行き当ってからでは遅い。

 

 ストリートチルドレンは弱い、そして群れる。

 だから、人一倍街の空気に詳しく、情報を仕入れるなら最適だろう。


「数日に一回、この街の空気について教えてくれるだけでいい。治安とか、戦争の気配とか、景気とか、なんでもいいから教えてくれ」

「そんなことで、いいんですか……?」

「ああ、それで月に銀貨1枚を渡す。プラス、いい情報はある程度追加でお金出してやる」


 スオウの顔が、興奮を帯びて紅潮していく。

 さっきまで絶望で青ざめていたが、今は生気が戻った感じだ。

 

 うん、子供ってのはこういう顔をしている方がいい。


「やります! やらせてください!!」

「よし、契約成立だ! その代わり、二度と盗みはするな? 俺の評判にも関わる」

「わかった!」


 スオウが元気よく返事をする。

 これで、この子がネズミの餌になることはまずないだろう。

 俺もこの街の情報源を手に入れられて、win-winだ、多分。


「これでいいかな」

「よろしいのではないでしょうか」

 

 ジルも、心なしか嬉しそうに顔をほころばせている、気がする。

 多分、きっと。


「じゃあ、取り敢えずうちの住所を書いて渡すから。スオウはどこに住んでるんだ?」

「えっと、裏通りの貧民キャンプだよ。貴族が入るのは辞めた方がいいと思うけど……」


 まあ、そりゃそうだろう。

 余りにも目立ちすぎる。


「じゃあ、情報のやりとりはうちでいいか?」

「それはそれで目立つような……ぼくの働いてる娼館とか?」

「しょ、娼館!? その歳で娼婦なのか……?」


 余りにも倫理観が狂っている世界だ……。

 そりゃ子供好きは居るかもしれんが、それにしたって……。


「違うよっ! 雑用とか、色々手伝ってるんだ」

「そ、そうか……。じゃあ店に顔出してみるよ」

「うんっ」


 そう言って、色々と必要な情報を交換してその場を後にした。

 もちろん、お金は渡して。


「なあ、ジル」

「なんでしょう」

「どうしてそんなニヤニヤしてるんだ?」


 スオウと別れてから、ジルは目に見えてわかるほどニヤついている。

 こういう時のジルは大抵良からぬことを企んでる。

 

「いいえ、なんでもないです。さ、それよりも早く劇場に参りましょう?」

「……わかった」


 うーん、ただ劇が楽しみなだけなんだろうか……?


 ―


 ――


 ―――


 ――――


「最高だったな」

「ですねぇ」

 

 この国の建国神話に絡めた英雄譚。

 傍から聞けば退屈そうな内容だが、笑いあり、涙あり、ロマンスありと、とても素晴らしい内容の演劇だった。

 ともすれば、日本の物よりもずっと優れているかもしれない。


 そんな観劇が終わった後は、俺たちは夕食を食べにそこそこ洒落たレストランにやってきた。

 それなりに高いが、めちゃくちゃお洒落で上品ないい雰囲気の店だ。

 うんうん、実にいい店選びだ。

 自分をほめたいね。


「ジルも演劇とか楽しめるんだな」

「それは、どういう意味でしょう?」

「いやほら、割といつも達観してるだろ?」


 ジルは普段殆ど無表情で俺の世話をし続けている。

 趣味とか、そういうのに打ち込んでいる姿は見たことが無い。

 そんなジルが観劇を楽しめるとは、正直意外だ。


「私はいつも上質な見世物を見て目が肥えていますが……それでも、今日の劇は楽しめましたよ」

「上質な見世物?」


 普段暮らしているあの村にそんな上等なものはないはずだが……。


「私はルイス様や、クオン様が楽しそうに過ごしているのを見るのが趣味ですので」


 テーブルに並ぶ肉を頬張りながら、実に楽しそうにそうつぶやく。

 ジルめ、俺が見世物だって言いたいのか……。


「随分高尚な趣味だな」

「ええ、ええ、それはもう」


 無表情ながら、それでも心底愉快そうにしている。

 本当に、いい趣味をしている。


「ルイス様は、本当にクオン様と結婚されたいのですか?」

「え? そりゃあまあ……」

「愛していらっしゃるんですね」


 ジルの言葉に、俺は迷わずうなづく。

 ずっとクオンの愛を一身に受けて過ごしているうちに、俺も同じくらい彼女の事が好きになっていた。

 いや、同じってほど重くはないが……。


「私もルイス様の事を愛していますよ」

「え……? い、いやっ、騙されんぞ! ペットみたいな愛着って意味だろ?」


 俺の言葉に、ジルは「さぁ?」と、濁して答える。

 いつものニヤつきはなく、ジルの本心が全く読めない。


「ほらルイス様、急いで食べて帰らないと“奥様”の怒りが取り返しのつかないものになりますよ?」


 そういって、ジルが俺を急かす。

 クオンには今日の事は伝えてある。

 一応許してはくれたが、怒っているのは間違いないだろう。

 

 俺は急いで食べることにした。

 怒らせたらどうなるかわからんし……。


「なぁ、ジル」

「なんでしょう」

「俺も、まぁ、あれだ……。あ、愛してるよ」


 お返しとばかりに俺も言ってみたが、ジルみたいにしれっと言えなくてガチ感が出てしまった……。

 やばい、なんか恥ずかしい……。

 この後、動揺したジルに家族としてな!って付け足すつもりだったんだが……。


「クオン様に伝えておきますね」

「んな?!」


 そんなこと言われたら、間違いなくクオンは爆発するだろう。

 どんなことされるか分かったもんじゃない……。


 昔本気で怒らせたとき、とんでもない目に逢ったんだ……。


「冗談です。しかし、これに懲りたら女性をからかうのは辞めるように」

「はい……」


 多分、俺は一生にジルには勝てない。

 立場は俺の方が上のはずなのに、なんでなんだろうなぁ……。


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