第18話 ジルとデート①

 大勢の人間が道を歩いている。

 ざっと数百人、いや千人を超えるかもしれない。

 それくらいたくさんの人がこの往来にいる。

 

 ここは王都の市場、しかもその中心。

 この国の、実に様々な人があつまっている。


「本日は、なぜ私と二人で? クオン様やカズハを連れてもよかったのでは?」

「たまにはいいだろ? メイドとデートってのも」


 そう、俺は今この市場でメイドのジルとデートをしている。

 なぜかって?

 あまりにもクズなところを見せすぎて、いよいよ嫌われるんじゃないかと怖くなったんだよ!


 ここで一発好感度を上げておこうって腹積もりだ。

 なんせジルは俺が前世の記憶を取り戻す前の、“悪役貴族“だったころから俺の事を知っているからな。

 見捨てられたっておかしくはない。


「はぁ……」

「いやだったか?」


 と思ったんだが、なんかあんまり楽しそうにしていない。

 むしろ呆れているような……。

 よく考えたら、休日に上司と二人で出かけるなんていやだよな……。

 

 パワハラ、いや、セクハラになるのか……!?


「いいえ、ただ……」

「ただ?」

「どうせ私がルイス様を見捨てるとか、思ったのではないですか?」

「い、いやー、そんなことは……」


 どうやら見透かされていたようだ。

 ジルはため息をつき、俺の手を握る。


「実に短慮です。ルイス様が例えギャンブルにのめり込み身分を追われようと、私は一生あなたのメイドで居続けますよ?」

「え……?」


 え、もしかしてジルって俺の事……?


「今さら捨てるには愛着がわき過ぎました」

「ジ、ジル……!」


 なんていいメイドなんだ。

 今までエロい目で見てきてごめんな、俺、あらためるよ……!


「ルイス様だって、ペットがどれだけ駄目でも捨てようとは思わないでしょう?」

「……俺は犬猫と同等ってことか?」

「お答えは差し控えさせていただきます」


 そう言って、きりっとした顔で口を噤む。

 だが、口元が普段よりもやや緩く、笑いをこらえているのがわかる。

 残念ながら、モテ期が来たわけではなさそうだ。


「まあいい……。とにかく、今日は目いっぱい楽しもう」

「それはいいですが……どこか行きたいところでもあるんですか?」


 ジルが首をかしげる。

 ふふふ、問題ない。

 完璧なデートプランを構築済みだ。


「まずは、観劇に行こう!」

「観劇ですか。それは、また……」

「いやだったか?」


 あまり反応が芳しくない。

 下調べによると、結構人気あるって聞いたんだが。


「劇団名は?」

「劇団序破急って名前だったはず」

「それは、本当にすごいですね……!」


 ジルが感嘆の声を上げる。

 ジルがこれだけ嬉しそうにしているのは珍しい。

 劇団序破急と言えば、この国、いや世界でも有数の人気劇団だ。

 きっと楽しめるだろう。


「いいセンスしてるだろ?」

「ええ、よくチケットが取れましたね」

「……え?」


 ん?

 あれ、もしかして。

 そのまま気軽に入るとか、無理な感じなのか……?


「……ルイス様?」

「いや、その……」


 まずい。

 もちろん、チケットなんか取ってない。

 だって知らんし、前もって取らんといけんの!?

 映画みたいに、適当にとれるものじゃないの??


「まさか、取ってないんですか……?」

「……はぃ」

「はぁぁ……」


 ジルが今日一大きなため息を吐く。

 少なくとも、主人に対する態度ではないが、責めることはとてもできない。


「期待した私がバカでした……」

「ご、ごめん」


 ジルのテンションがいつになく下がっている。

 嬉しそうだったもんな……。

 ……そうだ!

 俺には、女神の加護があるじゃないか!


 手のひらを見る。

 数字は1050のままだ。


 よし、ここで使おう。

 今こそ男を見せるとき!


「取り敢えず、いくだけ行ってみないか?」

「どうせ無駄ですよ? 当日券なんてあるわけがありません」

「いいからいいから!」


 俺はチケットが手に入る事を強く望む。

 手のひらを見ると、数字が950になっていた。

 つまり、望みは叶うって事だ!


 ―


 ――


 ―――


 ――――


「おっと、ごめんよ」


 劇場まで向かう道中、小さな少年が俺にぶつかり走っていく。

 人も多いし、そういうこともあるだろう。

 なんて、のんきにしていたらジルが俺の手を掴み振り返る。


「あの少年、スリです。捕まえますよ」

「え、スリ!?」


 いやいや、幸運の加護はどうしたんだっ。

 幸運どころか、不幸になってないか!?


 雑踏の中、急いでスリの犯人を追う。

 犯人は人込みを通り抜け、裏路地に向かっていった。


「グラビティ」


 ジルが初級重力魔術を放つ。

 すると路地から「ぐぇっ」という、苦しそうな声が聞こえてきた。

 うん、どうやら捕まったみたいだ。


 財布を取り返しに路地へ歩くと、苦しそうにうずくまる少年が横たわっていた。


「その財布を返しなさい。それは我が男爵家の物です」

「だ、男爵……!?」


 ジルの脅しに少年が震える。

 まぁ、男爵と言っても三男坊でなんの権力もないんだが、この少年にはそんなことわかるはずもない。

 わかるのは、貴族の物に手を出し、自分が捕まったという事実だけだ。

 その事実だけで、少年の首が身体と離れるには十分な理由だ。

 

「ゆ、許して……」

「ルイス様、ご指示を」


 ジルが頭を下げ、俺に差配を任せる。

 別に、見逃すのは自由だろう。

 ここでこの子を見逃して、なんならいくばくかの金を分け与えたって、俺は別にたいして痛くない。


 財布に入っているお金は、全部合わせても銀貨1枚程度だろう。

 だが、ここでこの子をなんのお咎めもなく許せば、次もまた貴族の胸元に手を出すだろう。

 そして数ヶ月後にはその腕は切り落とされ、1年もしないうちに下水道のネズミたちの餌になるだろう。


「ジル、その子を脱がせて路地裏に放り投げて置け」

「かしこまりました」

「は!?」


 少年が大声を上げる。


 ストリートチルドレンは弱い。

 だから、群れで暮らす。

 裸で自分たちの巣に帰れば、失敗は仲間たちに伝わり大きな恥をかくだろう。

 それはきっと十分な教訓になってくれるはずだ。


 それで学ばないなら……。

 その時は、死ぬしかない。


「ちょっと待って! そんなことされたら……!」

「恥をかいて反省しろ、そして手を出すべき人間をわきまえろ」

「うっ……」


 強い口調で少年を叱ると、目に涙を浮かべる。

 心が痛いけど、この子のためだ。


「うっ……うぅ……」


 泣きながらジルに服を脱がされる。

 ジルの手がタンクトップの様な上の下着にかかった時、ジルの手が止まる。


「ルイス様、よろしいのですか?」

「お前まで、これ位はしょうがないだろ」

「ですが、この子は女性ですよ?」

「……は?」


 少年だと思って服を脱がせていた子供は、いたいけな少女だった……。

 あれ、俺もしかしてとんでもないことしようとしてる……?



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