第二章 継承編

第17話 ゴブリン闘技場

 あれから二週間がたった。

 あの後一夜を明かした俺たちは、何事もなく入学式の会場であるネルド砦に到着した。


 聞くところによると、 トーデスブリンガーが出たのは俺たちだけらしい。

能力測定の結果である程度難易度が別れ、連携力を測る試験とのことだ。


 それでも、式場には試験会場にいた人の半分程度しかいない惨憺たるありさまだった。

 今にして思えば、恐らくこの年のこの試験の難易度の高さがきっかけで、本編では難易度が下がったのだろう。


 それから、家に帰った俺たちは一ヶ月後の入学に向け英気を養っていた。

 

そして俺は……。


「さあ! 生き残るのは3番か!? それとも、6番か!? 遂に残るは二匹です!!」

「3番いけぇ!!! ぶっ殺せ!!!」

「ふざけんな、6番刺せ!!!」


 怒号が飛び交う薄暗い室内。 

 大きな会場の中心には、円形のリングがあり、そこにはすでに6体のゴブリンが死んでいる。

 残りは2体、お互いに小さな剣を持ち、死闘を繰り広げている。

 

 そのリングを囲うように、大勢の観客が声を上げ、立ち上がり戦いの様子を見ている。

 中には既に意気消沈といった感じで頭を抱えている物もいる。


 ここは王都の中でも随一の賭場。

 その中で最も人気のあるギャンブル、ゴブリン闘技場の会場だ。

 なぜ俺がここにいるかと言えば……。


「3番頼む!!! 斬り殺せ!!! 一刀流を使え!!!」


 もちろん、金を賭けるためだ。

 入学試験が終わってからというもの、俺は日がな一日ギャンブルに勤しんでいた。

 暇だしね、ちょっとくらいいいだろう。

 それに、一応目的もあるのだ。


「おお!? 決まったー!!! 6番の剣が3番の首を斬り飛ばしました!!」


 実況の男が大声を出す。

 それに合わせて、大小さまざまな悲鳴と歓喜が闘技場を支配する。


「まじかよおおおおお!!!」


 俺も、その中の一人だった。

 もちろん、悲鳴側で……。


 ―


 ――


 ―――


 ――――

 

「ジル、緊急事態だ」

「……どうしました?」

「お小遣いをください!!!」


 俺は誠心誠意を込め、ジルに頭を下げる。

 この家で財布を握っているのはジルだ。

 我が家から送られてくる生活費を管理し、適切に差配するのはメイドの務めである。


 したがって、このように俺がここの主であるにも関わらず、頭を下げねば小遣いも貰えないのだ。

 

 いや、正確に言えば最初は別に普通にもらえてた。

 だが、度重なる浪費ですっかり信用を無くし、今や主としての面影は皆無であった。


「ルイス様、よいですか? あなたは騎士学校で主席になるためにここにいるのですよ?」

「はい……」

「断じて、博徒になるためにここに来たのではありません。違いますか?」

「……違いません」

「なら、答えはわかりますね?」

「そこをなんとか!!」

「は?」


 今まで聞いたことないよう低い声がジルから発せられる。

 そして、侮蔑の籠ったまなざしでこちらを見ている。

 ……完全に怒らせた。

 

 だけど、別に俺はただギャンブルが好きだからハマっているわけではないのだ。

 目的がある。

 手のひらを見ると、1050と書かれている。


 そう、この手のひらの数字こそ俺の生命線だ。

 そしてこれは、不幸によって溜まっていくのだ。


 すなわち、ギャンブルで適度に負けていけば増やせるってわけだ。

 俺はあくまでも運を溜めるためにギャンブルをしているのであって、中毒になったわけではないのだ。

 

 ……いやまあ、ほどよい所で勝ち負けを作ればいいんだがね。

 そうすれば、こんな恥をかく必要もないんだが。


 如何せん、加護を使い運を消費するのはもったいないし、熱くなってつい大金をかけてしまうしで……。

 気づいたら、結構どえらい額負けている。


「ルイス、こっちに来て?」

「ク、クオン……いたのか」

「ええ、ずっと見てたわ」


 気づいてなかった……。

 最悪すぎる。

 流石にこれだけ好きでいてくれた女でも、ギャンブルに負けてメイドに金をせびってるところを見れば情も冷めるかもしれない。

 言い訳を考えなくては……。


「いや、これはだな!?」

「ふふ、いいのよ」


 そう言って、クオンがじゃらじゃらと音が鳴る袋を俺に手渡してくる。

 え、これって……。


「開けてみて?」

「いや、おい……」


 中を見る。

 大量の銀貨が入っている。

 多分、20枚はある。


 だいたい銀貨20枚で1人扶持、日本円で300万円くらいだから……。


「こ、こんなの受け取れないよ!?」

「大丈夫、息抜きも大事よ? いいのよ、好きなだけ楽しんで。お金は私がいくらでも稼いであげる」


 クオンは俺を慈しむように手を撫でながら、慈母のような笑顔を向けて来る。

 他意は無い、多分本当に完全な善意だ。

 まずい、これじゃ完全に紐男だ。

 この金でギャンブルをするのだけは……。

 

 だが、この金をすれば、恐らくたくさんの“不幸”を稼げる。

 実験したところ、この数値は確率だけでなくどれだけ“不幸”になったかも関係してくるらしい。


 それに、もし勝てば……。

 倍になる固いゴブ券を買えば負けはしないのでは……!?

 倍でいい。

 倍になれば、それだけで今までの分を取り返せ……。


「ルイス様、そのお金でギャンブルに行くならその旨男爵様に報告させていただきます」


 実に冷たい声で、ジルが告げる。

 その声でなんとか俺の中の理性が戻ってきた。


 いかんいかん、目的を見失うな。


「わかってるよ! な、クオン? 気持ちは嬉しいけど、これはいらないよ」

「本当にいいのよ? あなたが幸せな顔をしていることが、私の幸せなのに……」


 なんていい子なんだろう。

 目の色が出会ったころより濁っている気がするのは気のせいだと思う。

 そうだ、そうに違いない。


「ああ、でも……」

「ん?」


 クオンの声色が低くなる。


「娼館だけは、絶対にダメよ?」

「も、もちろん……」


 底冷えするような声で、クオンが警告する。

 もし行けば、どうなるかは想像に難くないだろう。


 男の遊びと言えば、飲む、打つ、買うと相場が決まっているが。

 俺は取り敢えず、買うのは一生できそうにない。


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