第16話 救い出した責任

「お願いだから、もう私を一人にしないで……」


 クオンが俺の胸で泣いている。

 多分、ここに来てから俺がどうなっているのか聞いたんだろう。

 死んだと思ったに違いない。


「ごめんな……」


 クオンの綺麗な黒髪を撫でながら、謝罪する。

 相当心配をかけてしまったようだ。


「ルイス、よく無事で……」

「カズハも、怪我してるぞ? 大丈夫か?」

「私たちの所にもオーガが出たので……。でも大丈夫です! なんの問題もありません」


 そういうが、カズハの身体からは血が出ていて、なんの問題も無いようには見えない。

 大変だったろうに、俺を気づかってか元気だとアピールしている姿はとても健気だ。


「驚いたよ、よく勝てたね」

「ええ、まぁ……」


 アルドが愕然とした様子で話しかけて来る。

 さっきまで身に纏っていた余裕のようなものは見えない。

 女神の加護の事は、まあ言わなくていいだろう。

 あれは俺の切り札だ、晒すべきじゃない。


「でも本当、どうやって? 悪いけど、オーガと戦っている時の君を見たら……」

「まあ……“運“がよかったんですかね」


 嘘はついてない。

 ただ、言わなくていい情報を伝えてないだけだ。


「そうか、運かっ」


 そう言ってアルドが手を叩いて笑う。

 何か琴線に触れたらしい。


「今度ぜひ手合わせしてくれよ」


 絶対に嫌だ。

 嫌だけど、断ると角が立つ。

 仕方ないので、日時を指定しない事で曖昧にする日本人の必殺技でしのぐことにした。


「いつか、ぜひ」


 アルドは目を輝かせてうなづいている。

 なんか、気に入られたのかもしれない。

 幸先がいい。

 主人公と敵対するのは絶対に避けたいからな。


「……」


 グスタフがじっとこちらを睨みつけている。

 まるで、異形の怪物を見るような、そんな顔だ。

 俺が生きている事が相当不思議らしい。


「俺が生きてたことがそんなに不思議か?」

「……いいや」


 そう言って、そっぽを向いてしまう。

 なんか俺嫌われるような事したか……?

 もしかして、アルドと仲良くしている事への嫉妬……?

 そういう性癖だったのか!?


「今日はもう、みんな休も? 怖いから、どこか一か所で寝た方がいいかもだけど……」

「クリスタの言う通りだな、流石に男女で一緒に寝るのはあれだけど……」


 アルドがクリスタの提案に同調する。

 夜中も過ぎている、もうこれ以上敵が襲ってくることはないと信じたい。


「いやよ、絶対に」

「私も、ルイスと離れて寝るのは受け入れられません」


 カズハとクオンが男女で分けて寝ることに断固拒否と言った姿勢を見せる。

 まあ、不安なんだろう。

 その気持ちはよくわかる。


「でもなぁ……。しかたない、全員で一緒に……」

「それも嫌、私とルイス……あとは、そこのカズハの3人で寝させてもらうわ」

「それは……いや、駄目だろ!」


 常識人のアルドが却下するが、うちの女性陣二人組は聞き入れる素振りを見せない。

 むしろ、第三王子を無視する構えだ、返事されしない。


「ま、まあ3人とも知り合いみたいだし、いいんじゃないかな……?」


 クリスタが仕方ない、といった様子で肯定してくれる。

 肯定というより、諦めたって感じの方が近い気もするが……。


「そういう問題じゃ……」

「いや、もういいだろ。こんな状況で同郷の人間と過ごしたいって気持ちは、俺もわかる」

「グスタフ……」


 グスタフも同意したことで、ようやくアルドも納得したようだ。

 流石主人公の親友枠といったところだろう。


「確か、東館に広めの部屋があったわよね? 私たちはそこを使うわ。」

「西館にも多分同じ間取りの部屋がある、俺たちはそこで寝るよ……」


 そう言って、俺たち6人は二手に分かれる。

 ……あれ?

 あいつら、クリスタさんと一緒に寝る気なのか?

 男1女2より、男2女1の方が危険な感じが……。


 まあ、いいか。

 主人公様が変な事するわけがないだろう。


 ―


 ――


 ―――


 ――――


「ねえ、怪我とかしていない……?」


 3人で同じ部屋に入りベッドで寝ようとすると、寝ている俺にクオンが近づき俺の身体をまさぐって来る。

 いやいや、夜中にこれはまずい……!


「大怪我はしてないよ、だから離れて……」

「駄目、脱いで」


 カズハまで俺の近くで服を脱がせようと拘束してくる。

 え?ナニコレ、俺今から犯される!?

 普通男女逆じゃないか……?


「ちょ、辞めっ」

「観念しなさい、心配させたあなたが悪いのよ?」


 二人に取り押さえられた俺は、なすすべなく服を脱がされる。

 かろうじて下着は残ったが、それでも夜中に半裸で異性と一緒の部屋にいるというのは、かなりまずかろう。


「ほらここ、血が出てる……」


 クオンが俺の胸板を触り、傷口を指で撫でる。

 なんだこれ、触り方めちゃくちゃエロいんだけど……。

 

 だが、よく見ると傷口に白い何かがついている。

 どうやら塗り薬を塗ってくれているようだ。


「よく、この程度で済んだわね……」

「あたし、オーガでも苦戦したのに……それより強いんでしょ?」


 カズハも傷薬を塗る作業に参加し、女性陣2人に身体をまさぐられる謎の状況が完成してしまった。

 いや、医療行為なんだけどな!?


「た、たまたま魔術がクリティカルになったんだよ」

「だから、運がよかったって?」

「ああ、そうだよ」


 文字通り、あの時の俺は完全に“運“がよかった。

 加護を手に入れられなかったら、間違いなくこの世にいないだろう。


「ふふ、それにしてもあいつらの顔見た?」

「最高でしたよねっ」


 クオンとカズハが笑いあっている。

 今まで絶対にこんなことなかったのに、何があったんだ……?


「あのバカ王子、“僕より弱いルイスに勝てるとは思えない”なんて、言い出したのよ?」

「それで、帰ってきた瞬間唖然としてたのか」

「そういうことよっ」


 クオンが心底愉快そうに笑っている。

 こんな楽しそうなクオン、俺でもあんまり見たことない……。


「あのグスタフとかいう男も最高でしたね」

「機嫌悪そうにして、自分がどれだけ弱いか自覚していなかったのよ」


 あいつら、俺がいない間にこの2人になにをしたんだ……?


「ねえ、ルイス……」

 

 盛大に笑いあった後、クオンが神妙な顔でこちらを見つめる。


「ん?」

「絶対に、死んでは駄目よ?」

「……ああ」


 クオンも、そしてカズハも。

 俺を心配してくれたんだろう。

 二人とも、目に涙を浮かべていた。


 死なない。

 いや、死ぬわけにはいかない。

 いかなくなってしまった。


 転生したとわかってから、どこか雑だった自分の人生に、もう一度熱が入る。

 この世界は残酷で、狂っている。


 この試験も、恐らく大量の死者が出ているだろう。

 そう、この世界では人の命は簡単に無くなるのだ。

 

 戦争、飢餓、暗殺、怨恨。

 原因は様々だが、俺が死ぬ原因もすぐ目の前に転がっている。

 今日だって、加護が無ければ……いや、合っても適切に使えなければ。

 使えても、トーデスブリンガーが油断して防御態勢を取っていれば。


 俺は、簡単に死んでいた。

 この世界で生きていくための気持ちが、雑過ぎたように思う。


 でも、駄目だ。

 これからは、俺が死ねばクオンが不幸になる。

 それは駄目だ、許せない。


 救い出した責任は、取らないといけないんだ。


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