第12話 運命の相手

「さっきからなんで黙ってるの? 言い返すことも出来ないんですかぁ? 効いちゃった? 効いちゃったの??」


 う、うざすぎる……!

 うざすぎる、が、喋ることすらできないこの状況じゃ何もできない。


「んー? あ、そっか! ごめんごめん、喋れないんだったわね」


 そう言いながら女が指を鳴らすと、口だけが自由に動くようになる。

 

「お前、なんなんだよ!」

「女神に向かってお前なんて、とんでもなく不敬な男ね!!」


 目の前の女がむすーっと頬を膨らませる。

 ていうか、女神……?

 今、女神って言ったか……?


 最悪だ、最悪の相手だ。

 この世界の“女神“を名乗る奴らは全員須らく性格が終わっている。

 全員だ、全員ごみだ。


 原作にも何体か出ているが、本当に害しか産まないし、設定資料集にも大抵ひどい事しか書いてない。

 

 自己中で、傲慢で、倫理観が狂っている。

 そんな連中の総称が“女神”だ。


「女神様が俺なんかに何の用だよ」

「あんたねぇ! 人の玩具壊しといてその態度は何よ!?」

「玩具……?」


 女神の玩具……って、まさか!

 こいつ、クオンの!?


「……お前がクオンに呪いをかけたのか?」

「ええ、そうよっ! 折角面白そうな玩具だったのに、最悪よっ! 責任取ってよね!!」


 まるで自分が被害者であると言わんばかりにキレ散らかしてくる。

 ふざけやがって。


「被害者はクオンだろうが!」


 声だけで、精一杯の抗議をぶつける。

 クオンはずっと一人で、俺がたまたま転生者じゃなければ、あのままずっと孤独にさいなまれ続けていた。

 ずっと、心がズタズタに引き裂かれて壊れきるまで……。


 それが、玩具だと?

 許せない。

 許してなる物か。


「なにが被害者よ、幸せそうにしてるじゃない! それもぜーんぶ! 私の……幸運の女神ゼニス様のおかげでしょう!?」

「あのまま俺が助けなければ、あいつの心は壊れてただろうが!」

「うるさいわねぇ……」


 心底うんざりといった感じで、ゼニスがため息をつく。

 なんだこいつ、本当に一挙手一投足すべてムカつく女だ。


「だいたい、なんのためにあんな事したんだよ」

「えー、気になる? そうよね、私のふかーい見識、気になるわよねっ」


 自慢げにふふんと鼻を鳴らし、俺に顔を近づける。


「いい? あの子はね、世界で二番目に美しいの。顔も、性格も、あのままいけば完璧だったはずよ? 世界で一番美しいこの私が言うんだから間違いないわ」


 自信たっぷりに言い放つゼニス。

 確かに、クオンの美しさは本物だろう。

 性格が俺以外に対してちょっと……いや、かなりキツイせいであんまり男が寄ってこないが、性格が普通なら間違いなくモテるだろう。


「それで?」

「そんなあの子は、きっとあのままいけば“真実の愛“を知る事なんて出来ないわ」

「真実の愛?」


 ……何言ってんだこいつ?


「そうよ! 顔がいいからなんて理由で求める愛が果たして真実の愛なのかしら?」

「知らないよ、そんなの」

「私は真実の愛だとは思わない。真実の愛ってのは、もっと本質を好きになるべきなの」

「それとあの呪いになんの関係が?」


 やはり、女神の考えはわからない。

 今のところ一ミリも理解できていない。


「近づいただけで吐き気を催し、声を聴けば失神するような恐怖に震える。そんな呪いのかかった相手にキスが出来る。それこそ本物の愛なのよ」

「だから、キスで呪いが解けるなんて設定にしたのか?」

「そうよ! おかげであの子にはあなたっていう運命の相手が見つかったじゃない?」


 心の底から正しい事を言っていると確信しているような。

 そんな自信に満ちた表情で、女神が胸を張る。

 最低すぎる、あまりにも。


「俺がたまたま呪いについて知ってなかったら、あいつはあのまま孤独だったんだぞ!」

「それは仕方ないわ、運命の相手がいなかったって事だもの」


 こいつは、このゼニスとかいう女神はやはり倫理観が狂っている。

 女神は悪だ、関わってはいけない。

 話が通じるわけがない。


「そうそう、1個気になってたのよ! あなた、なんで呪いの事知っていたの?」


 これは、俺が転生している事を教えてもいいんだろうか。

 教えたら、何か危害を加えられたり……?

 いやだけど、嘘をついている事がバレたらそれこそコトだ。

 これ以上女神と関わらないために、本当の事を言おう。


「俺は転生者なんだよ。この世界とは違う、別の世界から転生してきた」

「はぁ?」


 女神が何馬鹿な事言ってるんだ?みたいな目でこちらを見て来る。

 いちいち反応が癪に障るやつだ。


「日本って国でサラリーマンをやってたんだよ! この世界は、その国ではゲームになっていて、それで歴史やら、この後の未来やら、世界設定がわかるんだ」

「何を言って……いや……ふーん、そういうことね」


 目の前の女神が初めて真剣な表情になる。

 やはり、言ってはいけないことだったか?


「まあ、いいわ。それであなたは見えなかったってわけね」

「見えなかった?」


 どういう意味だろう。


「私の玩具を壊した不届き物を成敗してやろうと思ってずっと探してたのに、いまのいままでずっとみつけられなかったのよ……、でもわかったわ」

「俺が転生者だから見えないって事か?」


 じゃあ、なぜ今は見えるんだ?

 わからん、何も。


「ちょっと違うわ! あなたも女神の玩具だから見えなかったのよ」

「俺が?」

「そう、その転生? ってのは間違いなく女神がやったことね! 相当用心深い子なのね、あなたを私たち女神から見えなくする加護までつけてる」


 なんとなく、そうなんじゃないかとは思ってた。

 異世界転生なんて突飛な事は、きっと女神のような超常の存在じゃないと出来ないだろう。


「じゃあ、なんで今俺が見えてるんだ?」

「それは簡単よ、この世界が死後の世界だから」


 は!?

 え、俺……死んでるの!?

 な、なんだそれ……。


「俺はもう死んでるって事、なのか……?」

「ちょっと違うわね、そこの騎士……不死騎士トーデスブリンガーの能力よ。一時的に死の国に相手を呼び込んで決闘するの」

「なんじゃそりゃ……」


 死の国ってなんだよ……。


「ちなみに勝たないとそのまま死ぬわよっ」

「理不尽すぎるだろ!」


 勝たないと死ぬ。

 戦いにおいて、ある意味当然ではあるが……。

 それでも、自覚すると心に来るものがあるな。


「人生なんてそんな物よ! でも、このままだと確実に死ぬわね」

「軽いなぁ」


 女神はケラケラと笑っている。

 こんな人間の生き死になんてどうでもいいんだろう。


「助けてほしい?」

「碌なことにならなそうだな……」


 女神に、ましてやこんな倫理観が狂っている奴に助けてもらうなんてごめんだ。

 ごめんだが、このままだと死ぬのもまた事実だろう。


「失礼ね、私はまだマシな方なのに」

「少しは自覚があるんだな」

「人間の矮小な価値観を理解してあげようとする女神なんて、本当に貴重なのよ?」


 そういうモノなのか?

 よくわからない。

 俺を転生者にした女神は狂っているんだろうか。


「助けてくれるって言うなら、ここから出してくれ」

「それはつまらないじゃない、もっと面白くなくちゃいやよ」


 人を楽しむ為の道具として見ている時点で、こいつが“マシ“だとしても、駄目なのは変わらないだろう。

 だけど……。


「なら、どう助けてくれるんだ?」


 女神がニヤリと笑う。

 だけど、仕方ないのだ。

 俺はどうやらクオンの運命の相手らしい。


 ならば……。


「私の新しい玩具になりなさい? あなたに最高の〝加護呪い〟をかけてあげるわ」

「……わかった、頼む」


 ならば、生きてここから帰らなければならない。

 クオンをもう一度孤独にするわけには行かないんだ。


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