第36話 病院?

「それで、これからどこに行くの?」


 車いすに乗るカズハがこちらに振り返りながらたずねてくる。

 

「カズハの治療だよ」

「治療って、もうあたしの身体は……」

「まあまあ、とりあえず行くだけ行ってみよう」

「わ、わかった……」


 カズハが車いすに乗りながら不安そうに身を小さくしている。

 しばらくして裏通りに近づいてくると、周りをきょろきょろと見渡し、より一層警戒感を強めている。

 途中、「あたし、売られる……?」と、小声で言っているのが耳に入って来きたから全力で否定しておいた。

 俺が家族を売るわけがない。

 

「さ、着いたよ」

「こ、ここなの……?」


 目の前にはボロ屋が立っている。

 流石裏通り、家からしてまともじゃない。

 

「ああ、そうだよ」


 今にも逃げ出したいといった様子のカズハを連れて、ボロ屋の中に入る。

 中には初老の男性が気だるげに座っている。


「いらっしゃい」

「よろしく、エルドさん」


 エルドは車いすに座るカズハの様子を一瞥すると、すぐに奥の部屋に向かう。

 俺たちにもついてこいと、手で合図をしていた。


「ね、ねぇ……」

「んー?」

「大丈夫、なの?」

「大丈夫大丈夫」


 少なくとも見た目はゲームで見たまんまだ。

 別人って事はないだろう。


「そこ座りな」


 奥の部屋に入り、診察室のような部屋に通される。

 それっぽく白衣を着てこちらを見据えるエルドは、すでに先ほどの気だるさは消えて真剣な眼差しになっている。


「で、その子をどうしたいんだ?」

「欠損部位を元通りに治してほしい」

「元通り、ねぇ……」


 エルドがジロジロとカズハの身体を見つめる。

 実に不快そうな表情のカズハを尻目に、エルドの顔は仕事人のものだ。

 信頼していいだろう。


「元通りってのは、厳しいな」

「やっぱり……」


 カズハが暗い声を漏らす。


「だが、失った部位を新しく付け直す事はできる」

「……えっ」


 その言葉を聞いて、カズハの表情が一気に驚愕といったものへと変わる。

 明らかに動揺している。

 そりゃそうだ、一生このままだと思っていたはずなんだから。

 俺が同じ立場なら、もっと動揺していただろう。


「それは、身体を自由に動かせるようになる、ってことでいいのか?」

「ああ、それは保証しよう」

「なら、ぜひ頼む……!」


 よし!

 やはり、俺の原作知識は間違ってなかった!!


「ただし、相応の対価は払ってもらう」

「いくらだ?」


 エルドは、手のひらを開く。


「金貨500枚」

「500!?」


 カズハが大声を出す。

 そりゃそうだ、法外過ぎる値段だ。

 金貨1枚200万円と考えると、日本円にして10億円だ。

 そりゃあ、大きな声も出る。


「わかった、証書でいいか?」


 だが、俺は即決する。

 想定していた事態だ。

 だからこそ、男爵就任を急いだというものだ。

 個人では動かせなくても、爵位がある貴族なら動かせる金額だ。


 ……もちろん、相応以上の対価は必要だが。


「随分と……」

「ちょ、ちょっとまってルイス! そんな額払えるわけない!」


 エルドの言葉を遮って、カズハが抗議の声を上げる。

 まあ、そりゃそう思うよなぁ……。


「いや、払える」


 この額なら、領内の鉄鉱山の権利を全て売る必要があるだろう。

 我が領地の重要な財源だが、仕方のない事だ。


「どうやって!」

「鉱山の採掘権を売る」

「は!?」


 カズハが絶句する。

 エルドは、面白そうに笑っている。


「その子がそんなに大事か」

「ああ、代え難い俺の宝だ」

「そうかい……」


 俺たちのやり取りを信じられないという様子で聞きながら、カズハが涙を流している。

 身体を動かせるようになることが嬉しいんだろう。


「じゃあ、あんたは一日家で待っててくれ。明日には終わってるよ」

「わかった。カズハ、がんばってな」

「ルイス……! ありがとう、ね……」


 これで、少しは罪滅ぼしになるだろうか。

 わからない、けど……。

 少なくとも、俺の心は少しだけ晴れた。



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悪役貴族の俺が原作知識で呪われ系裏ボス女子を救ったら、激重感情のメインヒロインが誕生した 春いろは @rushia0127

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