第29話 奇跡は起こせる、”望む”なら

「なんでお前、女神の事……」

「たくさん見てきたからね」


 女神の玩具……。

 俺もまた、その一人だ。


 奴らは俺を玩具として、もがき苦しむ様を楽しみながら見ているんだろう。

 許せない。

 だけどそうだとしても……。

 

 ここを乗り切るには、精一杯道化を演じるしかない。


「じゃあ、これで見るのは最後だな」

「自意識過剰……これもお前たちの特徴の一つだね」


 もう問答はいいだろう。

 さっき奴は切り札と言った。


 ならば、次こそ斬り殺せる。


「“ブラインド“」


 さあ、死ね!!

 距離を詰め、今度は腹を狙う。

 同じところを狙えば読まれてしまうだろう。


「悪いけど、もう慣れたよ」


 目が見えていない、感知も出来ないはず。

 それなのに、奴は的確に俺の剣に切っ先を合わせ受け止める。

 とんでもない力で押し返される。


「なんで!?」

「“見えない物“と思っていれば別に視覚以外でお前を見つけること位大したことじゃない」


 そのまま何度か切り結び、俺は距離をとる。

 あいつ……化け物だ。

 視覚のない状況に完全に適応している。


「おいおい、いいのかい?」

「くそ……!」


 ブラインドの効果が切れているのがわかる。

 クオンにかけてもらった身体能力強化も、恐らくもうすぐ切れる。

 このままだと……俺は死ぬ。


 なら、至近距離からまだ見せていない魔術で……!

 俺は再度距離を詰める

 視界が回復しているあの女が、完全に受けきる構えを見せている。

 だが、奴が警戒しているのは俺の剣だ。


 俺は、そのまま剣を投げつける。


「な!?」


 カヤが一瞬視線を外し剣を避けようと態勢を崩す。

 その隙はまさに千載一遇だ。

 

「“シーセン“!」


 ありったけの魔力を込め、クリティカル補正の入ったシーセンを叩きこむ。

 これで一気に……!


「甘いんだよねぇ……」


 だが女は完全に読んでいたのか、魔力を身体に込めて盾を作っていた。

 完全に想定外だったせいもあり、加護は発動させられなかった。


「くそ!」

「悪いけど、死にな」


 女が剣を突き刺そうと構える。

 絶対避けてやる……!

 全神経をあの剣に集中……な!?


「ぐぁ!?」


 脇腹に衝撃が走り、吹き飛ばされる。

 なんだ!?

 何が起きた!?


 まさか、蹴り飛ばされた?


「本当に哀れだよ」

「なにが……」


 剣を構え、女が近づいてくる。

 瞳には憐みが籠っている。


「お前がどういう能力なのかは知らない、でも……少なくともわたしに挑める能力はない」

「そんなもの……」

「それでもお前達はその“加護“やら”祝福”やらの力を信じ、勝てるはずの無い強敵に挑み……そして死ぬ」


 もはや、女は俺に話しかけているようで別の何かに話している。

 俺を通して見ている“誰か”に。

 そんな気さえしてくる。


「お前は精々プラチナ級の冒険者程度の実力だ。加護の力が無ければ“人間”の域を出てない」

「うる……さいっ」


 多分何本か骨が折れている。

 全身に走る激痛が、俺に逃げろと告げて来る。


「加護があってようやくダイヤモンド。それでも、奴にすら勝てない」

「誰だよ……」


 なんだ、“奴“って。

 

「知らんでいい事だ」

「そうかよ」


 剣は既に投げて手元にない。

 奴が話に夢中になっているうちに打開策を練らないと。


「可哀想に……」


 剣を構えどんどん距離を詰めて来る。

 具体的な策は何も思い浮かばない。

 切り札も、何一つない……。


「お前はなんでカズハを拷問したんだよ」

「拷問……? ああ、わたしはしてないよ」

「……は?」


 なんだって……?

 俺は確かに“カズハの腕を切り落としたやつに会いたい”とん望んだはずだ。

 加護が発動していない……?


「拷問したのはわたしの仲間だ。わたしは関与していない」

「なんでだよ! 俺は確かに望んだのに!」

「望んだ……? ああ、そういう“加護”か」


 すべてを見透かしたように、俺を見下ろす。

 猛々しい赤い色の髪が俺の恐怖を煽る。

 なんとか時間を稼いで策を……!


「これで依頼も完遂できた。お前の首を斬ればボーナスかな?」

「依頼……?」


 こいつらは依頼されてここに来たのか?

 誰が、なんのために?


「誰に依頼されたんだよ!」

「んー? それは言えないねぇ……。」


 くそ……!

 一体何なんだ……!


「さて、何か策は考え付いた?」

「お前……!」


 俺が時間稼ぎをしている事は気づいていたらしい。

 ずいぶんと余裕を……。


「残念ながら時間切れ」

「ライトニング!」


 不意を打てた。

 これで距離を……!


「だからさ、無意味だって」


 距離をとるために飛びのくが、奴は完全に俺の方を向いている。

 気配で位置がわかるんだろう。

 

 ああ……。

 このままだと、確実に死ぬな。


 俺が死ねば、クオンに呪いがまたかけられる。

 カズハを傷つけたやつへの復讐もかなわない。


 ……嫌だ。

 絶対に、いやだ。

 俺は家に帰る。

 全員生きて、ここから帰る。


 そのために。

 そのために俺は……。


 目の前の女、“カヤ・レーナルトに死んでもらわないと”いけない。

 そう、強く“望んだ”。


『最初からそう望めばいいのに、本当にバカっ! ぷーくすくすっ』


 耳元で女神の声が聞こえた。

 瞬間、手のひらが燃えるように熱くなる。


 なんだ!?

 “―1003040”

 マイナス100万!?

 なんだ、この数字!?


「さあ、死に……なっ!?」


 その出来事は傍から見れば喜劇だった。

 

 カヤが一歩踏み出した瞬間、何もないはずの床に足を取られ転びそうになる。

 瞬時に立て直そうと力を入れたのだろう。

 “たまたま”脆くなっていた床を踏み抜いて、今度こそ盛大に転ぼうと態勢を大きく崩す。

 身体を支えるために剣を床に突き立てようとしたその瞬間、剣が手元からこぼれ床に落ちる。

 剣が跳ね返り、ちょうど切っ先がカヤの顔に向く。

 支えのなくなった身体は、そのまま倒れこみ……。


 剣が頭を貫き、カヤは動かなくなった……。


『代償はすぐに取り立てるわね』


 呆然とする俺の耳に再度女神の声が聞こえ、手のひらの数字は0に戻った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る