第28話 女神の玩具

「悪いけどまだ片付けは……ん?」


 目の前にたつ黒装束の人間――声からして、女だろう――がこちらを振り向く。

 手にはモップを持ち、掃除をしていたようだ。


「……お前が、カズハの腕を斬ったのか?」

「カズハ……? ああ、あの女か! ああ、斬ったよ」


 悪びれた様子もなく実にあっけらかんとした表情で俺の質問に答える。

 俺が今まで見た来た強者とは全然違う。

 圧力のようなものも感じない。

 まさに、普通の女って感じだ。


冷静になれ……。

 大丈夫、落ち着け……。


「それよりもお前誰だよ? お前みたいな小奇麗な奴、うちにはいないはずだけど?」

「どうでもいいだろ、お前はここで死ぬんだ」

「……へぇ?」


 俺の挑発に、女が獣じみた笑みを浮かべる。


「わたしが誰か分かって言ってんの?」

「知らん、でもお前が元ダイヤモンド級の冒険者か、それに準ずる実力者であろう事はわかる」

「ダイヤモンド級?」


 すっとぼけた表情で首を傾げた後、女が大笑いする。

 なんだ、別人か……?


「ふふふっ、あんた面白い男だねぇ」

「悪いけど、口説かれても殺すことに変わりはないぞ」


 黒い装束から見える顔はとても美人だ。

 だけど、カズハを苦しめたやつだと思えば、怒りと憎しみ以外何もわいてこない。


「そうかい……。じゃあ、殺すしかないか」

「死ぬのはお前だ」


 剣を構える。

 目の前にいる女も黒い装束を脱ぎ、手に持ったモップをすて剣を持つ。

 赤い髪に苛烈な瞳。

 一目で危険だとわかる。


「ちっ、折角片付け終わったのにまた汚すのは嫌だねぇ……。これが終わったらもう一回賭けるとするか……。乗ってくれるかねぇ」

「“ライトニング“!」


 なにやらわけのわからない独り言を言って気を抜いていた隙を見逃さず、ライトニングを放つ。

 もちろん、クリティカルだ。


「まぶしっ」


 よし、効いてる!

 一気に仕掛けるぞ……!


「音切り!!!」


 初手から最強の一撃を放つ。

 クオンの支援魔術で身体能力は格段に上昇している今なら、これで一気に……!


「ああそうだ、言い忘れてた」

「え?」


 ライトニングが効いていたはずの女が、突っ込んでいった俺を、目を閉じながら的確に蹴り飛ばす。

 な、なんで!?


「わたしはダイヤモンド級じゃあないんだ」

「まさか……?」


 態勢を立て直しながら、目の前の敵を見据える。

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、俺を見下しているのがわかる。


「元オブシディアン級冒険者、カヤ・レーナルトさ」


 この名前は知っている。

 ゲームでは傭兵的なポジションで、主人公が雇えるお助けキャラの一人だ。

 超高精度の身体能力向上魔術と敵探知魔術で圧倒的なタイマン性能を発揮する屈指の強キャラ。


 くそ、見た目で気づくべきだった……!!!

 元とは言えオブシディアン級冒険者相手に勝てるわけが……。


「おいおい、怖気づいたか? 目が死んでるぞ」


 どうする、いったん引くか……?

 だけどいくらクオンとはいえオブシディアン級冒険者相手に無傷では……。

 それに、戻ればカズハもいる。

 ここで倒すしか……。


「何とか言えよ? な?」

 

 いや待て、こいつは身体能力強化系の魔術に特化しいる。

 だとしたら、それをファンブルさせれば……!


「“ブラインド“!」


 ブラインドで視覚を奪う。

 俺の知識が正しければ、あいつはさっき敵探知魔術で俺の動きを察知したはずだ。

 なら、それをファンブルさせる!


「馬鹿だねぇ……」

「お前がな!!!」


 全力で首を狙い刀を振りぬく。


「な!?」


 加護が発動した感覚がある。

 間違いなく、今奴は視界を完全に奪われている。


「死ねええぇぇぇ!!!」


 首に掠ろうかという一撃。

 だが、すんでのところで避けられてしまう。


「くそ……!」


 流石はオブシディアン級冒険者。

 例え見えていなくても、感覚で避けられるんだろう。

 若しくは、身体能力強化の魔術がまだ発動していたか?

 

どちらにせよ、十分倒せる!


「お前……」

「悪いけど、問答をするつもりはないぞ」


 ここで一気に決める。

 剣を構え、力を籠める。

 音切りなら……。


「“ブラインド“!」


 三度、やつの視界を奪う。

 奴も流石に落ち着いた様子で構えている。

 だけど、これで終わりだ……!


「音切り!!!」


 一気に加速する。

 一撃で仕留めるには首を狙うしかない。


「っ! やっぱり……」


 何かに気づいた様子だ。 

 だけど、その気づきは何の意味も持たない。

 俺の剣は、既に奴の首を斬り落としていた。


「やったか……」


 確実に斬り落とした感覚。

 間違いなく、俺は奴を殺した。

 血があふれ出る音を背に受け、振り返る。


 そこには、確かに切り離された首と胴があった。


 なのに……。


「そういうことね」

「なんで……!?」


 俺の視界の先、さらに奥に女が無傷で立っている。

 なぜ?

 意味が分からない。


「切り札を使わされたけど、その価値はあったね」

「なんで生きてるんだよ!?」


 確かに手ごたえはあった。

 確実に斬り殺したはずだ。

 なのに、なぜ……?


「内緒。それより、お前……哀れだね」

「はぁ?」


 なんなんだこいつ。

 いきなり人の事を哀れって、何様のつもりだ?


「哀れで愚かな女神の玩具は、わたしがここで終わらせてあげる」


 カヤ・レーナルトが不敵な笑みで宣言した。



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