第32話 奇跡の代償

 目の前に、愕然とした表情の父上が座っている。

 ここはヴォイマン男爵領の城内。

 俺たちは、捕虜を救出し帰ってきた。

 手元には、首謀者であるカヤの首がある。


「本当に、お前が……」

「はい。私が倒しました」


 信じられないだろう。

 落ちこぼれの三男が、まさかこの領地を救って帰ってくるなんて思ってもみなかったはずだ。


 父は、俺に対して殆ど興味関心を持っていなかった。

 だからこそ、恐ろしいんだろう。

 身体が震えているのが伝わる。


「よ、よくやった……」


 傍らに立つ返り血まみれのクオンを見つめ、壮絶な戦いだったことを理解しているようだ。

 俺は、これからこの人から男爵の地位を奪わなければいけない。

 果たして上手くいくだろうか。

 “穏便“に済んで欲しいものだ。


「約束通り、男爵の座を私にくださいますか?」

「……ムンドはどうした?」

「既に死んでいました」


 父上は俺を完全に疑っているようで、俺が殺したと決めつけるような視線を向けて来る。

 でもこれは事実なんだよなぁ……。


「そうか……」


 だが、受け入れるしかないと思ったのだろう。

 特に追及するようなことはないみたいだ。

 よかったよかった。


「だが……まだ私が生きている。私が死に、退位してからなら譲っても……」

「駄目です。すぐに身を引いてください」


 王室関係者が俺の命を狙っている以上、もう悠長なことは言っていられない。

 すぐに準備を始めないと……。


「だが……」

「お義父様、ルイスが殺した首謀者はオブシディアン級の冒険者でした。その意味がお分かりですね?」


 クオンが笑顔でそう告げる。

 最大級の脅しだ。


「オブシディアン級……!?」


 父の顔が更に恐怖の色で染まっていく。

 そりゃあそうだ。

 オブシディアン級冒険者を殺した男が、地位を寄越せと目の前で脅しているのだ。

 例え実の息子でも恐怖しかないだろう。

 

 ……まあ、実際は加護のおかげなんだけどね。

 でもいい。

 これはいい道具になる。

 

「お前、どうやって……」

「実力で殺しました」


 真っ赤な嘘。

 だけど、目の前の無力な貴族を恐怖させるには十分だ。

 

「わ、わかった……。出来るだけ早く退位の準備を済ませよう」

「ありがとうございます。賢明な判断です」


 苦渋の決断、といった表情だが父が退位を認めてくれた。

 よかった、これで殺さなくて済む。

 父を殺すとなれば、この城の兵も全員口封じしなければいけないところだった。

 よかった、本当に良かった。


「私は一度王都に戻ります。すぐに準備を完遂し、連絡をください。一月以内に動きが無い場合は、再度そちらに向かいます」

「わ、わかった……」


 退位となればそれなりに準備はいるだろう。

 これ位は待つべきだ。


「ああ、それと……」

「な、なんだ?」


 父上が震えながら返事をする。

 脅し過ぎたか……?

 

「トールというダイヤモンド級の冒険者の捕虜だけは、私が手ずから処理しますので、手を出さないようにお願いします」

「伝えておこう……」


 あいつだけは考え得る最悪の方法で殺さなければいけない。

 だから、今はまだ放置だ。

 しかるべき方法を見つけ、必ず苦しめてやる。


「では、失礼いたします」

「さようなら、お義父様」


 俺とクオンがうやうやしく頭を下げ部屋を出る。

 万事うまくいったな。


「さて、帰りましょうか」

「ああ、カズハも連れて三人で」


 この世界にも車椅子はあるようで、けが人のカズハでも道中は楽に行けそうだ。

 少なくともクオンが抱える必要はない。


「あの子の事だけど……」

「ん? ああ、考えてるよ」

「そう……」

 

 四肢の欠損。

 基本的には確かに修復できない。

 だけど、何かあるはずだ。

 帰ったら方法を調べてみよう。

 

 もしかしたら、原作知識を辿れば何かあるかもしれない。

 それに……最悪加護を使えばどうにかなるだろう。


 ―


――


―――


――――


「すごい、本当にこんな事出来るんだ」

「転移魔方陣っていうんだ、すごいだろ!」


 カズハを車椅子に乗せ、転移魔方陣を通って王都に戻ってきた。

 カズハははじめて使う転移の魔法に驚いているみたいだ。


「さ、早く帰りましょう」

「そうだな」


 ジル、ご飯準備してくれてるかな?

 まさか本当に当日中に帰って来るなんて思ってないだろうから、準備してなくてもおかしくない。

 というか、それが普通だ。


「ルイス、顔がにやけてるよ」

「嬉しいんだよ、ここにまたみんなで戻ってこれて」


 確かに、カズハは大きなけがを負った。

 領地は大きな打撃を受け、俺や俺の家は王族に狙われている事が分かった。

 特に、この出来事はゲーム内よりも過去の出来事だからイレギュラーなのか、それとも史実なのかすら判別つかない。

 俺の身にはこれからずっと危険が迫り続けるかもしれない。


 でも。

 それでも、全員生きて帰ってこれた。

 ジルが待つ家で、また今までのように過ごせる日々が戻ってきた。


 今日の出来事を話せばジルはなんていうだろうか?

 呆れたように笑うか、それとも真剣な眼差しで心構えを説いてくるだろうか。

 どちらにせよ、彼女は……そして俺たち四人はずっと一緒にいられる。


 俺は決めたんだ。

 俺の周りにいる四人を抱えて生きていく。

 それ以外は、何もかも失っても構わない。


 だから……。


「さ、着いたわね」

「ジルが準備してなかったらレストランでも行くか」

「いいけど、あたしが行ったら……」

「大丈夫、俺が食べさせてやるよ」


 そういうと、カズハは笑顔を向けて来る。

 これ位、カズハを甘やかしてもいいだろう。


「そういうのはメイドにやらせればいいでしょう?」

「冷たいなぁ」


 そんな風に雑談しながら、屋敷のドアをノックする。

 ……返事が無い。

 

「あれ? いないのかな?」

「……いえ、中に誰かいるわ」

「じゃあなんでだ?」


 突然、心臓の鼓動が速くなる。

 まるで誰かが後ろで俺を嘲笑っているような感覚に襲われる。

 なんだ?

 なにが……。


「鍵はないの?」

「ある……」


 恐る恐る、鍵を開け部屋に入る。


「嘘だ……」


 そこには、血だまりが広がっていた。

 饐えた血の匂いが漂い、部屋中が荒れている。


 ――そして、その中央にジルが血まみれで倒れていた。


『だから言ったでしょ? 代償はしっかりと取り立てたわよっ』


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