第8話 夜襲

 もうだいぶ夜も更けてきた。

 まさに丑三つ時って感じだ。


 あの後俺たちはすぐに部屋分けを行い、軽く食事をとってすぐに寝ることになった。

 みんな疲れていたんだろう、特に波乱もなくみんな各々の部屋で休んでいる。


 俺も疲れ果てているから眠りたいところだが、今日の本番はこれからだ。


 俺の原作知識が正しければ、ここに魔物が襲撃してくる。

 それに対応する事こそが本当の試験だ。


 魔物は確か、オーガが二体だったはずだ。

 体長3メートルほどある巨大な人型の魔物で、個体によっては武器を持っていたりもする厄介な敵だ。

 それでも、2体ならまあ倒せない事はないだろう。

 なんたってこっちには主人公様と裏ボス様がいるからな!

 

 昔の試験はもっと大変だった、みたいな話が設定資料集に乗っていたが、ゲームではオーガ2体を倒すだけの試験だったし、まあ関係ないだろ。


 それにしても、本当にどうしよう。

 もう主席を目指すとか言ってる状況じゃないような気がする。

 取り敢えず、いかにアルド達に目を付けられないようにするかが一番気にすべき課題だ……。

 

 でもなぁ、クオンのことは諦めたくはないんだよな……。

 男爵になれば、あるいは……?

 でもそれはつまり、兄たちを殺すことになる。

 自分のために家族を殺すのは、たとえ転生後でもまずい。

 一線を越えて、本当に悪役貴族になってしまう。

 とにかく、なんらかの手段を考えないといけないな……。


 なんか、トイレ行きたいな……。

 いつ魔物が来るかわからないし、行っておくか。


 ベッドから立ち上がり、ドアを開ける。

 木造の廊下に窓から差す月明かりだけが照らされ、その先にはなにもな……い?

 あれ、誰かいるぞ……?


 目を凝らしてよく観察する。

 なんだ、小さいな。

 遠くて暗いからわからないが、身長は俺の肩よりも低く見える。

 クリスタが夜這いでもしようとしてるのか……?


「ギギッ!」


 不快な叫び声をあげながら、小さな黒い影が猛スピードで近づいてくる。

 な、なんだ!?


「ギッ!!」


 黒い影が何か武器のようなものを振り上げ、俺の頭めがけて振り下ろす。

 まちがいない、魔物だ!


「くそ!」


 すんでのところで避けて、距離を開ける。

 くそ、よく見えないな……。


「ギギィ……」


 黒い影が身を低くして次の攻撃に備えている。

 手元に武器は無い。

 魔術か、素手か、どちらかしかない。

 俺は対人魔術なら使えるし、どうにかなるか……?


「ギッ!」


 黒い影が狙いを定めてとびかかって来る。

 暗い部屋、この距離なら……!


「ライトニング!」


 中級対人魔術、ライトニング。

 高密度の魔力を光に変換し、一気に放つ魔術だ。

 言ってしまえば、太陽拳みたいなもんだ。


「グッ!?」


 黒い影が目を抑え怯んでいる。

 俺が放ったライトニングの光は、瞬間的に強い光を放った後蛍光灯位の明かりでとどまっている。

 そういう魔術ってよりは、俺がそう調整して放った感じだ。

 この世界の魔術はこうやって状況に応じてカスタマイズしたりできる。


「ゴブリンか……?」


 目の前で怯んでいる小型の人型魔物は、黒い装束を身に纏い小さなナイフを持ち、まるでアサシンのようだが、その見た目は俺が把握しているゴブリンそのものだった。

 アサシンゴブリン?みたいなものだろう。

 こういう亜種みたいなやつは、まれに知能の高い魔物が従えているらしい。


「ギギギ……」


 あ、やばい。

 ちゃんと殺さないと、このままだとすぐに復活するな。

  

 俺はゴブリンに近づいて蹴りつける。

 「グェッ」と、汚い鳴き声を放ちながら倒れるゴブリンに馬乗りになって、しばらく首を絞める。

 最初は抵抗が激しかったが、すぐに動かなくなった。

 念のために首の骨を折り、その場から立ち上がる。


「ふぅ……」


 どうにか倒せたな。

 まあ、所詮はゴブリンだしな。

 

 でも、なんでゴブリンがこんなところに……?

 敵はオーガのはずだが……。


 アルド達がここにいたり、明らかに俺の知っている話とずれている。

 オーガ来るってのも、もう信用できないかもしれない。


「おい! 何があった!?」


 グスタフが焦ったように隣の部屋から出て来る。

 鎖帷子のような軽い防具と、片手には剣を持っている。

うーん、準完全武装って感じだ。


「遅くないか?」

「え? いや、すまん。気づくのが遅れた」

「そうか……」


 グスタフが申し訳なさそうに頭を下げる。

 遅れた、ねえ……?

 その割には武装してるのは気になる、まるで……。

いや、まあいい。

今はそういうことにしておいてやろう。


「アルド殿下は?」

「知るわけないだろ、今出てきたんだから」

「それもそうだ」

 

 まさか男同士で一緒に寝てるわけもなく、当然知らないか。

 知ってたら怖いな、色んな意味で。


「それより、何があったんだ?」


 グスタフが剣をしまいながらこちらに近寄って来る。

 視線の先にはゴブリンの死体がある。

 そりゃまあ、気になるわな。


「トイレに行こうと部屋の外に出たら、このありさまだよ」

「なんでゴブリンなんかがここにいるんだ?」

「さぁ……?」


 入学試験だと思う、なんてことは言えずすっとぼける。

 意味わからんよな、ゴブリンが部屋にいるのなんて。

 鍵は閉めたはずだし、ゴブリンは群れる生き物だ。

 一匹だけここにいるのなんて通常はあり得ない。


「とりあえず、殿下を起こそう。そのあとは、おいおい考える」

「わかった」


 そうと決まればアルドの部屋に行くとしよう。

 大丈夫だよな?

 いきなりクリスタと一緒に出て来るとか、ないよな?


「……止まれ」

「うわっ……」


 王子ということもあり、俺たちが寝る部屋とは少し離れているアルドの部屋に向かって暫く歩いている途中、いきなりグスタフが俺の肩を掴んで引き留めてきた。

 力、強っ……!


「なんだよ」

「あれを見ろ」


 グスタフが暗く続く廊下の奥に指をさす。

 暗くてほとんど見えないが、かすかに何か大きな人影のようなものが動いている。


「あれって……」

「多分、オーガだ」


 グスタフが目を凝らし、静かに呟く。

 すごいなこいつ、よくわかるな……。


「どうする?」

「ここを通らないと殿下の部屋にはつかない、奴を倒すか、最悪引き付ける以外にはないだろう」


 オーガは強力な魔物だ。

 でかいし、力は強いし、見た所手に何か武器も持っているからそれも使ってくる。

 勝てる気しねぇ……。

 

「諦めて殿下が起きるのを祈って逃げる、ってのはどうよ」

「殺されたいのか?」


 本気の声色ですごまれる。

 冗談ですやん……。


「しょうがない、やるか」

「よしっ」


 覚悟を決めよう。

 どちらにせよ、アルドに死なれては誰がラスボスを倒して世界を救うんだ。

 ここを切り抜けて、主人公様の好感度を稼ぐとしよう。


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