第4話 王都にて
あれから一か月。
王立騎士学校へ通うため、王都へ出立する日がやってきた。
一応身体を鍛えたりなんだりしたが、正直準備不足は否めない……。
既に屋敷の外には馬車が俺の出発を待っている。
「ルイス様、クオン様とカズハ様が既に馬車でお待ちです」
「ああ、今行くよ」
目的を考えれば学校に通うのは俺だけでいいはずだが、クオンと、ついでにカズハも通うことになった。
俺の従者として付き添ってくれるらしい。
カズハは一代騎士、つまりは平民から武功を上げて騎士になった男の子供で、カズハ自身は今のところ平民の女の子だ。
ただ、実はゲーム内にも登場する人物で、かなり腕の立つ剣士でもある。
東洋にルーツを持ち、一刀流という剣術を操る父からの英才教育のたまものだ。
まあ、名前から察するにモデルは日本だろう。
俺も村で一刀流を教わっていて、そこそこいい剣士になれたと思ってる。
原作よりもずっと強くなれた、と思う。
カズハとは、俺が前世の記憶を取り戻して、この村に引っ越してからの付き合いだから人生の半分以上を過ごしている事になるのか……。
「ルイス、遅いよ」
馬車に着くと、ポニーテールがよく似合う、快活そうな女の子が立っていた。
カズハだ。
顔つきは完全に東洋人で、前世でよく見慣れた感じだ。
まあ、めちゃくちゃ美人だから“よく居る顔“ではないが。
「ああ、ごめんよ」
「いいのよ、夫を待つのは妻の務めでしょう? そこの“従者“は待てなかったようだけれど、ね?」
馬車からクオンが顔を出し、冷たい笑みで嫌味を言っている。
どうやらクオンはカズハが嫌いらしい。
「妻……? ルイスに妻なんていました? ストーカーなら、いるかもしれないですね」
「自分の事? 呼ばれてもいないのに騎士学校に着いてくるその浅ましさを自覚していたのね」
「あたしは騎士になるために行くんです。クオン様こそ、そのお立場で騎士になられるのですか?」
「私はなんだってなれるわ? 私にはそれだけの実力があるもの」
俺、この馬車に入るの……?
どうしよう、別の馬車とか、最悪徒歩の方がましでは……?
「ルイス様、あなたが納めないと刃傷沙汰になりますよ」
「わかってるよ……」
ジルが小声で諫めて来る。
カズハとクオンは犬と猿より仲が悪い、俺が止めないとどうしようもないのは事実だ。
「まあまあ、これからは学友になるんだ。いがみ合ってても仕方ないだろ?」
「そうよね、わかった……ごめんね、ルイス」
カズハが矛を収めてくれた。
俺に謝りながら近づいてきて、すぐに俺の手を取り馬車に招き入れてくれる。
それがまた戦いの火蓋を落としたのは、言うまでもないだろう。
―
――
―――
――――
馬車の中。
俺の隣にはクオンが陣取り、目の前にはカズハが座っている。
御者台にはジルが座り、静かに馬車を導いている。
静かな田舎道、とりたてて警戒すべき物もない。
だだっ広い草原と、時折野生動物が歩いているだけだ。
王立騎士学校がある王都へは、馬車で1週間ほどかかる。
「意外とモンスターとかは出てこないのね」
クオンがつまらなさそうに窓を見ている。
戦闘に飢えているんだろうか、裏ボスの血が騒ぐのかもしれない。
「お昼ですから、夜ならそれなりに出るかもしれません」
「その時はルイス、私を守ってね?」
クオンがそう言って甘えるようにしな垂れかかってくる。
何度かクオンが魔術を使う処を見ているが、とても俺の護衛なんて必要とは思えない程圧倒的な力だった……。
「ルイス様が危険を冒す必要ありません、あたしとジルさんがお守りします。従者ですから」
「そう……つまらないけど、あなたはともかく、ジルなら信頼できるわね」
ジルは重力魔術の使い手で、この中ではクオンの次に強い。
というか、クオンは性質上戦闘力は感情に左右されるから、コンディション次第ではクオンより強いかもしれない。
間違いなくこの中で一番弱いのは俺だろう。
真面目に鍛えたからゲームよりは強くなってるはずだけど、それでも上澄みと比べれば全然強くはない、ていうかむしろ弱い。
「一刀流って言ったかしら、あなたのその田舎剣法」
「東洋に伝わる由緒ある剣術です。断じて田舎剣法ではありません」
「……まあいいわ、その一刀流とやら、ルイスはどれくらいの腕なの? ずっと習っているんでしょう?」
子供のころからそれなりにやってはいるが、どうなんだろう。
実際自分がどれくらいの腕なのかいまいちわからん。
「うーん、そうですね……。別の町で道場を開けるくらいには?」
「へー、なかなかすごいのね」
つまり、免許皆伝って事か?
そんな腕だったつもりはないんだけど……。
「ルイスは筋がいいし、しっかり努力が出来るいい子だから。村のみんなからの信頼も厚いんですよ?」
「なんか、そんなに褒められると恥ずかしいな……」
想像以上にカズハからの評価が高いらしい。
「だからルイス、私はあなたに村の領主様になって欲しいの。そうしたら、私があなたの騎士として……」
「だめよ、そんな程度の地位じゃ伯爵の娘とはつり合いが取れないわ」
「取る必要がありますか? ルイスは身分に合ったお方と結婚すればいいと思いますけどね? 例えばそう、一代騎士の娘とか……」
また言い争いが始まる予感がする。
関わりたくないし、目を閉じて時が過ぎるのを待とう。
ああ、早く着かないかな……。
―
――
―――
――――
「これが、王都……」
背後に巨大な門がある。
その周りには大量の人が列を作り、門兵の検問をいまかいまかと待っている。
俺たちの馬車も、そんな列に並ぶ一つだった。
そして、つい先ほど検問を終え、遂に王都に足を踏み入れていた。
すごい、すごいぞ!
周りにたちならぶ石造りの家、そして人であふれる市場、荘厳な教会、華麗な宮殿。
これだよこれ、これこそ異世界だ!
いいないいな、最高じゃないか!
この一週間、馬車の中で絶え間なく続き喧嘩を耐え忍びながらなんとか頑張った甲斐があるってもんだ。
「もし欲しいなら、私が奪い取ってあげるわ」
クオンがとんでもないことを言い出す。
洒落になってないんだが……。
「いらないよ、俺には田舎の村で十分だ」
「そう、無欲なのね」
「そんな立場で伯爵のご令嬢を娶ろうというのですから、十分に強欲であるかと」
御者台からジルが話に入って来る。
確かに、ジルの言う通り十分すぎるほどに強欲だろう。
でもいいじゃないか、それくらい。
折角転生したんだ、一つくらい無茶をしたっていいだろう。
死亡フラグの最たるもの、つまりは“主人公“たちは、まだ学校にも通わないで宮殿に軟禁されているはずだしな。
「さてルイス様、そろそろ騎士学校に到着いたします。お疲れでしょうが、まずは手続きをお済ませください」
「ああ、ジルはゆっくり休んでくれ」
「そういう訳にも参りません。お屋敷の手入れもいたしませんと……。クオン様とカズハ様もしばらくは我々の屋敷に滞在されることですし」
ジルはどうやらはりきっているようだ。
心なしかいつもより声のトーンが高い。
ちなみに、屋敷とはうちがもっている王都滞在用の別荘だ。
クオンの方の屋敷は、今クオンの姉が利用しているらしく使えないから暫く俺の所に泊まるらしい。
カズハは従者だから当然滞在するとして、なんというか、すごく女所帯だな
「ごめんな、大変だろう?」
「大変です。ですので、必ずや主席になってくださいませ」
「うっ……」
だいぶプレッシャーだ……。
でもやるしかない、最大の障害はいないんだ。
出来ないはずがない!
―
――
―――
――――
最大の障害はない。
そのはずだった。
間違いは無かったはずだった。
なのに……。
「みな、道を開けろ! 第三王子、アルド殿下の御前であるぞ!」
王立騎士学校の校内、第一試験場。
体育館のようなこの部屋に、100人を超す受験生がひしめき合っている。
その入り口で、大柄な男が威嚇するように声を上げる。
そしてその隣には、金髪で細身、背の高い青年が立っている。
間違いない、アルドだ。
アルド・ヴィッテルスバッハ。
この国の第三王子にして、”アルド戦記”の主人公。
つまりは、“最大の障害”だ……。
なんで、なんでだ……?
俺とアルドは同い年で、奴は17歳まで入学しないはずじゃないのか!?
おかしい、絶対におかしい……。
どうする?
今からでも入学試験から逃げ出すか?
若しくは、試験を適当にやり過ごして落ちるとか……。
いや、いやいやいやいや。
それはだめだろう。
そんな事になれば、面子を潰された父上は怒り心頭で俺を追い出すだろうし、クオンともここでおさらばだ。
今までの俺の全てが無に帰してしまう、それだけは駄目だ。
とにかく、極力関わらないこと。
これが全てだ、それしかない。
「ルイス、大丈夫? 顔色悪いけど……」
「ん? いやほら、緊張してるだけだよ」
「今日は魔力量とか体力を測るだけらしいから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
身体測定みたいなものか。
確かゲームにもそんな描写あったな……。
あれ、確かゲームだとこのまま班に分かれてどこかに泊まるんじゃなかったか?
そしてそこでモンスターに襲われる、みたいな流れだったような……。
「アルド殿下、こちらへ」
試験官がアルドを呼ぶ。
試験管の手にはなにやら水晶のようなものがある。
俺の記憶が正しければ、あれが魔力量を調べる道具だったはずだ。
「手をかざしてください」
「ああ、わかったよ」
感じのよさそうな声で返事をして、水晶玉に手をかざす。
水晶からは眩い光が放たれ、辺り一面を照らす。
明らかに、普通じゃない光量なのが見て取れる。
流石主人公様、能力は飛びぬけてるなぁ。
でも、こんな描写あったかな?
もっと普通だった気がするんだが……。
「凄まじい魔力量です、間違いなく、あなたがこの学年で一番の魔力量でしょう」
「本当に? 頑張った甲斐があったよ」
アルドが嬉しそうに笑いながら、水晶のそばを離れていく。
なんか、イメージと違う。
いやまあ、ゲームでは一人称視点だったからか?
「次は、グスタフ・ベックマン。君だ」
「はい」
アルドの横にいた大柄な男が呼ばれる。
あいつは確か、アルドの親友枠だったか?
かなりの強キャラだったはずだ。
「さあ、手をかざして」
グスタフが促されるまま水晶に手をかざすと、先ほどよりもやや弱く水晶がひかる。
流石に主人公よりは性能は控えめなんだろう。
「ふむ、君もかなり優秀だね」
「ありがとうございます」
静かにそういうと、すぐにアルドの元に戻っていく。
ずいぶん寡黙な男だなぁ……。
「不快ね」
「何が?」
「あの大男、私の事をじっと見てきてたわ。気持ち悪い」
クオンが心底不快そうにため息をついている。
まあクオンは美人だから、他人の目も引くんだろう。
「流石、クオンはモテるな」
「そういう感じじゃなかったけれど……」
じゃあどういう感じなんだろうか。
まさか裏ボスだって気づいてるわけもなかろうし、謎だ。
「次、クオン・フォン・バーデン君、来なさい」
お、クオンが呼ばれた。
これはあれか?
なんとなく、身分順になってるんだろうか?
「じゃ、行ってくるわ」
「がんばれー」
クオンが体育館の中央に近づいていく。
さて、どうなるだろう。
試験官はアルドが一番だって言ってたが、果たして……。
「クオン様、あまり目立たないといいけど」
「え?」
カズハが心配そうにつぶやく。
「だって、あの王子であれだけの光が出たのよ? だとしたら……」
突如、耳をつんざくような爆音が響く。
余りの音に目を閉じ、身を低くしてしまう。
な、なんだ!?
テ、テロか!?
目を開けて、試験官たちの方を見る。
「あら、壊れたのね」
「な、なっ……」
視界には、つまらなさそうな顔のクオンと、腰を抜かした試験官が映っている。
ああ、つまりそういうことか。
「ほら、言わんこっちゃない……」
カズハが呆れたようにため息をつく。
どうやらカズハには予想の範囲内の出来事だったようだ。
「どうするの? まだ試験するなら、次はもう少し耐久性のある……」
「いや、結構だ……。君の力は十分理解したよ」
周りの受験生はおろか、試験官も、そしてアルド達でさえ……この場にいるほぼ全員が、唖然とした表情でクオンを見ていた。
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