第34話 魂にかけて

 何も、気力が起きない。

 ジルが死んだという現実を受け入れることができない。

 あれから俺はずっとベッドの中で目を閉じて現実から逃げている。


 ジルの遺体を見つけた俺は、泣き叫びながら遺体に縋り付いていた。

 暫くして、クオンが部屋にいたスオウを見つけ、事情を聴き色々な事が分かった。


 ……間違いなく、ジルが死んだのは女神の代償だ。

 俺が身の丈に合わない幸運を望んだから、その対価としてジルの命を奪ったんだ。


 ふざけてる。

 あいつは、あのくそ女神は的確に俺が一番不幸になることをしてきやがった。

 今頃、あの癪に障る笑い方で大笑いしているだろう。

 許せない。

 許してなる物か……!


「ジル……」


 もういないメイドの名前を呼ぶ。

 いつもなら、冷淡に、だけどどこか温かみもあるような、そんな優しい声で返事が返って来る。 

 でも、今はもう何も帰ってこない。

 

 思えば、ジルは俺にとって最初の味方だった。

 俺が“俺“としてこの世界に目覚めた時から、ずっと側に居続けてくれたジル。

 そんな子が、俺の分不相応な望みのせいで死んでしまった。


 ……ジルは幸せだっただろうか?

 俺みたいな屑に仕え続けて、あいつに個人の幸せなんて存在したのか?

 俺をみてニヤニヤと笑う時以外、楽しそうにしている姿なんて見たことがない。

 幸せに、してやりたかった……。


 会いたいよジル。

 もう一度、お前の言葉が聞きたいよ。

 

「ジル、愛してたよ……」


 恋愛感情とは違う。

 けれども、間違いなく俺は彼女を愛していた。


『私も愛していますよ、ルイス様』


 ジルの声が聞こえた気がする。

 俺はとうとうおかしくなったんだろう。

 もう彼女がこの世にいない事は、俺が一番よく知っているはずなのに。

 それでも、幻聴が聞こえて来る。


『無視ですか? 死んでもあなたに仕え続ける健気なメイドになんてことを……』


 ……え?

 なんか、幻聴にしてはリアルすぎないか?

 

 目を開けて、あたりを見渡す。

 え、ジル……?

 ジルが、目の前にいる……。


「な……!?」

『ふふ、随分と驚かれていますね。溜めた甲斐がありました』

 

 溜めた……?

 何を言って……。


「ジル、お前生きて……?」

『いいえ、死んでいますよ? あなたの守護霊としてこの世にとどまっているだけです』


 守護霊……?

 まさか、女神の呪いか!?


「お前、女神に……?」

『女神? いえ、私は恐らくルイス様がお持ちの石に宿っています』


 石……?

 なんだ? 石って……。


『覚えていないですか? 娼館でクオン様がお怒りになった時に、スオウからもらったと言っていたあの石です』

「あれって……」


 思い出した。

 あの日、お礼と言ってスオウがくれた魔力が籠った石。

 ずっと鞄に入れたままだ。

あれが、なんで……?


『あの石は恐らく霊石と呼ばれるものです。石に大量の魔力を籠めることで、望んだ霊を守護霊にすることができます』

「霊石……」


 ああ、そんなアイテムあったな。

 ゲームにも出てきたはずだ。

 確か、死んだ仲間の能力だけを行使できるようになるアイテムだったはずだ……。

 でも俺がいつ望んだ……?


『そうです、ルイス様が戻ってきてくれと言ってくださったお陰で私がその石に宿ることが出来たんです』

「じゃあ、本当にジルなのか……?」

『ええ、間違いなくあなたのジルです』


 目の前がぼんやりと濁る。

 殆ど何も見えない。

 涙が、俺の視界を奪っていく。


「ジル!!!」


 嬉しくて、ジルに抱き着く。

 幽霊のはずなのに、ちゃんと触ることができた。


『ご心配をおかけしました。私は、これからもずっとあなたのメイドです』

「ジル……! ごめんな、ごめんなぁ……」


 泣きながら抱きつく俺を、ジルが優しく抱き留め撫でてくれる。

 死んでも尚、ジルは俺のメイドのままだった。


 でも、なんで……?

 こんな幸運、どうして……。

 

 まさか!?


『……どうしました?』

「いや……」


 手のひらを見る。

 数字は減っていない。

 寧ろ、ほんの少しだけ増えている。

 加護を使った形跡も無かった。


『ちなみにルイス様、あなたは今重力魔術を使えるはずです』

「え?」

『感覚でわかります。私の魔術を全て行使できるはずです』


 それはまた、随分な……。

 でもこれで俺は強くなれた。

 次は理不尽な加護を使わなくても、もしかしたら強敵に勝てるかもしれない。


 ……強くなれた?

 ……そういうことか!!!


 俺はあの日……スオウに石を貰った日。

 確かに臨んだ。

 “強くなりたい”、と。


 あの日、あの時も加護が発動していたんだ。

 だから、あの石が俺の手元に!


『それとルイス様、出来ればクオン様たちの前では私とはお話ししない方がよいでしょう』

「なんで?」

『この世界で私を認識できるのは契約者であるルイス様ただ一人です。さきほどクオン様に話しかけてみましたが、特に反応はありませんでした』

「まじか……」


 つまり、俺がジルに話しかけたり反応したりするのは全部独り言に見えるわけか。

 ……この状況でジルの事が見えるようになったなんて言ったら、間違いなく病気を疑われるな。


 自重しよう……。


『私とお話ししたいときはお一人の時にお願いします』

「ああ、わかったよ」


 それ以外はいないものとして扱うのか。 

 なんというか、ジルはそれで幸せなんだろうか……?


「いやじゃないか?」

『いやというのは?』

「こうやって、死んでも俺に仕える事を強制されて、嫌じゃないか……?」


 ジルが目を細め、少しだけ怒ったような顔つきになる。

 

『私はルイス様に仕えるメイドです。あなたを守り、あなたの為だけに存在できることに不満などありません』


 いつもの冗談ではないのが伝わる。

 噓偽りなく、本心からそう思ってくれているみたいだ。


「ジル、お前……」

『お守りします、この魂にかけて』











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