悪役貴族の俺が原作知識で呪われ系裏ボス女子を救ったら、激重感情のメインヒロインが誕生した
春いろは
序章 邂逅編
第1話 隣の裏ボス様
“アルド戦記“
元はエロゲだが、漫画やラノベに引けを取らないほどの人気を獲得し遂にはアニメ化もして大成功を収めたオタクなら誰でも知ってる名作中の名作。
主人公アルドの王権闘争を中心にした戦記物。
魔法やら女神やらが出て来る王道ファンタジーで、人がバンバン死んでいくエグめのダークファンタジー作品でもある。
そんなゲームの世界に、どうやら俺は転生してきたらしいことに気づいたのは、かれこれ1年近く前の事だ。
ルイス・ルーデンドルフ。
それが俺の今の名前らしい。
男爵家の三男という、なんとも地味なうまれだ。
ちなみに、ゲーム内にも登場している。
主人公アルドに嫉妬し嫌がらせを繰り返した挙句、物語中盤に入る直前で主人公に殺されることになる典型的な悪役貴族。
噛ませ犬にして主人公の引き立て役。
それが俺らしい。
俺は絶対にそんな目に逢いたくはない。
そこでこの1年考えに考え抜いた俺は、ある結論にたどり着いた。
モブキャラになろう!
物語の表舞台に立たず、主人公と絡むなんてもってのほか。
田舎でひっそりと暮らせばいい。
そもそも、ゲーム内の俺は三男の癖に兄弟全員“謎の死”で消えていたり、奴隷を売りさばいて大金を得たり、とにかくあくどいことをしすぎていた。
たしかに?
そりゃあ悪役貴族っぽいことを全くしたくないかと言われれば嘘になる。
美人を侍らせて、酒池肉林の日々を送ってみたい気持ちはあるが、それはあくまでも安全が保障されているから楽しめるんだ。
ゲームでのアルドは兎に角潔癖で、奴が政権を取った後は悪役貴族っぽいやつらはみんな粛清されることになった。
俺は嫌だね、絶対に死にたくない。
前世では若くして死んだんだ、最低でも80歳までは生きてやる。
と、言うことで俺は父上に頼んで男爵領の最果てにある田舎の農村で静かに暮らしている。
今の俺は12歳。
12歳にして、既に老後のような優雅な生活を送っている。
付き人としてジルというメイドが付いてきてくれているから、まあ別に不自由はない。
小さいけど屋敷もあるし、飯も美味いしね。
いずれはこの村を領地にしてもらうつもりだ。
田舎にひっそり暮らすモブ、それが今の、そしてこれからの俺だ。
たまに道場で剣術の訓練もしたりしている。
そこにいるカズハという女の子と良い感じになったりもしてる、ごく普通の一般貴族。
「ルイス様、失礼いたします」
屋敷の自室で椅子に座りながら平和な日常を噛みしめていると、メイドのジルが入って来る。
俺の4つ上の16歳で、綺麗な銀髪をしたクールな美人だ、それに胸もでかい。
あれは推定Fカップはあるね。
そんなジルと、屋敷では二人暮らしをしている。
控えめに言って最高の生活だ。
「どうかした?」
気づかれないように少しだけ胸を見た後、すぐに真面目な顔でジルに問いかける。
「この村に来客が到着いたしましたので、ご注意をさせていただきたく」
「注意?」
ジルが神妙な顔つきでこちらを見つめて来る。
「はい、こちらの来客は大変身分の高いお嬢様でいらっしゃいます。ですので、絶対にお屋敷には近づかないようにお願いします」
「身分が高いって言うと、もしかしてバーデン家の?」
「さようでございます」
バーデン家とは、我がルーデンドルフ家の寄り親に当たる家で、云わば上司だ。
この村にも別荘として大きな屋敷を立てていて、偶に避暑目的で来てるらしい。
でも、近づくなってのは、なんでだ?
「俺が変なことしないか心配かって事? でもほら、最近は随分と落ち着いただろ?」
自分が転生者だと気づいたのは1年前。
それより前は随分と酷い振る舞いをしていたのは、知識としても記憶としても残っている。
「落ち着いたと言われると肯定しかねますが……」
「なんでだよ!」
「先ほども部屋に入った時、ずいぶんといやらしい目で胸を……」
気づいてたのね……。
「そ、それは……」
「まあ、別にそれは良いのです。兎に角、絶対に近づくなとのお達しですので、くれぐれも気を付けてください」
「でも、挨拶位はしたいな」
「駄目です、お嬢様が屋敷をでることも一切ございませんので、いないと思ってくれとのことです」
「はいはい、わかったよ」
……近づくな、ねえ?
―
――
―――
――――
近づくな、なんて言われたら一目見て見たくなるのが男ってものだ。
というわけで、時刻は深夜2時。
俺はバーデン家のお屋敷までやってきていた。
うちの屋敷から大体徒歩で10分。
結構近い、田舎基準ならほぼお隣さんだ。
なんだろう、目の前の屋敷から強烈に嫌な予感がする。
でも折角ここまで来たんだ、一目位はそのお嬢様をみたいってもんだ。
さて、どうやって侵入したものか……。
取り敢えず、屋敷の窓が開くか試してみるか。
どれか一つくらい鍵が空いてるかもしれん。
と、思い屋敷の窓に手をかけると、まさかの一発目から鍵がかかっていなかった。
うーん、我ながら運がいいなぁ。
とにかく、中に入ってみよう。
―
――
―――
――――
ふむ。
なんだこれ、すっごく嫌な予感がする。
嫌な予感というか、なんだろう、嫌悪感?
ここからすぐにでも外に出たいような、そんな感覚に襲われる。
か、帰ろうかな?
……いやいや、せっかくここまで来たし一目位。
それにしても、バーデン家って名前、なんか聞いたことがあるんだよなぁ。
もちろん転生してからは知識として知っているんだが、そうじゃなく、前世に……。
なんて思いながら暗い屋敷の廊下を歩いていると、明らかにやばい雰囲気を放っている扉があった。
間違いない、絶対にこれだ。
扉を見るだけで体の震えが止まらない、今すぐここから離れたい。
なんか、ゲーム内でこんな描写があったような……。
田舎町……。恐怖で身体が震える……。そして、バーデン家……。
バーデン……?
ああ、そうだ、わかった。
間違いない。
この扉の奥にいるのは、バーデン家のご令嬢、そして、このゲームの裏ボス!
クオン・フォン・バーデンだ。
この世界の女神は、殆どが悪神だ。
そんな神が遊び感覚で“すべての人に嫌われる呪い”と、“感情が無限の魔力を生み出す祝福”をかけた少女。
それがクオンだ。
クオンは、やがて世界全てに絶望し、ゲーム内で条件を満たしたとき世界を滅ぼし、神を殺そうとする。
そんな危険で可哀想な少女が、この扉の目の前にいる。
あまりにも不憫だ。
そして、危険だ。
こんな特大の地雷がお隣さんとか、全然モブキャラにふさわしくない。
どうしよう、いやまじでどうしよう?
と、取り敢えず部屋に入ってみるか。
もしかしたら、気のせいかもしれないし……。
ということで、扉を開けてみた。
瞬間、強烈な吐き気と恐怖が脳を支配する。
やばいやばいやばいやばい。
絶対にやばい。
今すぐここから逃げないと……!
「だれ?」
透き通るような綺麗な声が聞こえる。
どうやら、部屋の主は起きていたらしい。
このまま逃げたら、本当に殺されるかもしれない……。
やばい、あまりにも軽率に行動しすぎた……。
暗闇の中に人影が見えて来る。
綺麗な黒髪に、日の光を浴びたことのないような白い肌が月明かりに照らされてうっすらと見える。
確か、俺と同い年だったはずだ。
「えと……ここの領主の三男、ルイスだ」
かすれるような声で答える。
「私の事、怖くないの? 気持ち悪くないの?」
目の前のベッドで月明かりに照らされる少女が、不安そうに尋ねて来る。
そして、遂に彼女と目が合った。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
目の前に広がる圧倒的な存在感。
死、そのもののような圧力が俺の正気度を一瞬で削り取っていく。
ああ、今すぐにでもこの場から逃げないと……!!!!!!
走り去ろうとする瞬間、目の前の少女がうっすらと笑っているのが見える。
……ああ、きっと彼女は嬉しいんだ。
それはそうだろう、こんな呪いを受けている少女だ。
殆ど誰とも会話できていないのは、きっとこの世界でも同じだろう。
俺が逃げ出せば、期待に満ちた彼女の表情はきっとすぐに絶望に変わるだろう。
「正直に言うと、怖いし逃げたい」
「別に、なれてるから逃げても怒らないわ」
「それはよかったよ……」
言葉とは裏腹に、心底残念そうな声色だ。
恐怖と暗さで容姿を殆ど認識できないけど、きっと今は泣きそうな顔をしているだろう。
期待したんじゃなかろうか。
もしかしたら、自分を怖がらない人が来たんじゃないかと。
ゲームでのクオンを思い出す。
主人公と会話していた彼女は、とても幸せそうだった。
普通の、本当に普通の女の子だった。
少なくとも世界を滅ぼす裏ボスには見えなかった。
俺が恐怖に耐えれば、もしかしたら絶望せずに済むんじゃないか?
そうすれば……。
「3分」
「……え?」
「今まで誰かが私の部屋にいられた最高記録よ」
今の俺はどれくらいここにいる?
体中に汗が噴き出ている。
体感ではもう1時間以上いるような、いやそんなわけないんだけど……。
「だからね、私は気にしていないの。というより、期待していないわ」
あらためて、クオンの顔をしっかりと見る。
整った容姿に、黒い髪、俺と同い年くらいであろう幼さが残っている。
だけど、その表情はゲームでも見たことが無いほどに悲壮感で満ち溢れていた。
そんな、本来ならば守ってあげたくなるような少女のはずなのに、今すぐに部屋を出ていきたくなるほどの強烈な嫌悪感を覚えてしまう。
これが女神の呪い。
この世界の女神は決して善神ではない。
むしろ人間をひまつぶしの道具程度にしか思っていない最悪の存在だ。
だから、クオンもそんなおもちゃの一つに過ぎない。
まるでディズニープリンセスのような設定の彼女でも、王子さまは訪れないのだ。
……ディズニープリンセス?
……あっ!
思い出した、思い出したぞ。
確か、この呪いを解く方法が設定資料集に書かれていたはずだ。
そう、確か……。
「というより、あなたは何しに来たの? こんな夜中に、私じゃなければ人をよんでいる所よ?」
「キスをする……」
「き、キス!?」
物憂げな表情だったクオンの顔が唐突に乱れる。
どうやら声に出ていたらしい。
そう、嫌悪の呪いを解く唯一の方法は彼女の口にキスをすることだ。
“こんな顔をみるだけで吐き気を催す女にキスをするもの好きなんているわけないわよね、プークスクス”
とかいう、女神のクソみたいな煽りと共に書いてあったはずだ。
なら、俺がクオンにキスをすれば……。
「女神の呪いを解く唯一の方法なんだよ」
「女神の……。で、でもだからって! いきなりそんなっ。ていうか、呪いを解くって……?」
クオンを説得しながら一歩ずつ近づいていく。
怖い、気持ち悪い、こんな女どうでもいい、いますぐ逃げたい。
湧いてくる感情を飲み込んで、なるべく平静を装いながらなんとかクオンの目の前にたどり着く。
そもそもいいのか?
こんなの、絶対にモブじゃない……!
絶対、何か良からぬことに巻き込まれる……。
でも、目の前にいる推定同い年の少女は、きっと俺の実年齢よりはずっと年下で。
だったらそんな“子供”を見捨てる大人は、モブでもなければ悪役でもない。
そんなのは、“屑“だ。
「わ、わたしは伯爵の娘、なのよ……? そんなでたらめでっ」
「大丈夫、責任はとるよ」
「せ、せきにん!?」
もうほとんど何も考えられない。
取り敢えず適当に出まかせを口に出すだけで手いっぱいだ。
「ほら、目をつぶれ」
「ま、まって……! せきにんって……!」
「うるさい、行くぞっ」
そういって、黙らせるように口づけをする。
吐き気も恐怖も、何もかもが限界だった。
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