第24話

 悪魔の女王リリンを討伐し、王都に一時の平穏が訪れる。

 破壊された街並みを元に戻すには時間がかかるものの、驚異が去っただけでも人々の中には希望が生まれた。

 そしてその希望を作った英雄と呼ばれている俺は……一人、ダンジョンの六層に足を踏み入れていた。




「さて……ここなら誰にも見られないな」


 一息吐いてからスキル『亡者の檻』を発動する。


 俺はイデア・オンライン最初の大型イベント『昏き欲望』をクリアし、悪魔の軍勢を率いていた女王リリンの魂をスキルで回収した。

 彼女の魂を魔力で作った肉体に埋め込み、この世界に呼び戻す。


「うん? なんでリリンだけ体が黒くないんだ?」


 腰まで伸びた美しい紫色の長髪をなびかせた悪魔リリンを見て、俺の中で純粋な疑問が生まれる。

 彼女の服装は黒いが、肌も白く髪も元のままだった。普通、亡者の檻で作った肉体はスキルの影響を受けて黒く染まるはずなのに。


「まあいいか。せっかく可愛い顔してるんだし」

「——誰が可愛い顔だ」

「えっ⁉」


 いきなり喋ったリリンに俺は言葉を詰まらせる。野太い声が漏れた。


「な……お前、どうして喋っ……?」

「知らん。気がついたらここにいて、目の前にお前がいた。殺していいか?」

「いいわけないだろ!」


 ジャキン、と鋭い爪を構えるリリンだったが、どうやらスキルによる制限で俺に危害は加えられないらしい。ぴたりと動きを止めて顔を歪めた。


「チッ……ダメか。お前には攻撃できないようだな」

「お前はもう俺の仲間だからな」

「仲間だと? 冗談はやめろ。私は悪魔で、お前は私を殺した人間だ。仲良くできるわけがない」


 キッと睨まれた。

 やれやれ、とんだじゃじゃ馬だな。


「まあそう言うなよ。まさかお前が普通に喋れるようになるとは思わなかったが……あの時言った言葉は本心だぞ」

「あの時の言葉?」

「お前の復讐に手を貸してやる。かつて故郷を滅ぼし、家族を殺し、お前から全てを奪った悪魔と、その悪魔に協力していた人間を殺す」

「ッ! 貴様……いったいどこまで知っているんだ」

「だいたいは知ってる。知ってるからこそ、俺はお前の協力者になれる」


 スッと右手を差し出した。


「お互いにギブアンドテイクでいこうぜ? お前の復讐相手……俺はそいつらの素性も場所も覚えてる」

「なにっ⁉ どこだ! どこにいる!」

「うおぉっ!」


 リリンが凄い速度で俺に迫り、がしっと襟首を掴んで揺さぶってきた。目が回る~。


「お……落ち着け! 話すから落ち着け!」


 そう言うとなんとか彼女は冷静さを取り戻した。


「ったく……せっかちな奴だな」

「いいから早く教えろ。……いや、待て」

「ん?」


 急にリリンが態度を変えた。怪訝な顔を作る。


「そもそもお前が情報を開示するメリットはなんだ? スキルによる影響を受けている今、私の意思は関係ないはずだ。無理やり従えればいい」

「そりゃそうだ。一番楽な選択肢だな」

「ではなぜ私に協力する」


 簡単さ。


「お前が喋れるんだから、仲良くなりたいだろ?」

「…………は?」


 俺の言葉にリリンはぽかーん、と呆ける。


「なかなかの馬鹿面だな」

「殺すぞ」


 一瞬にして睨まれた。冗談だって。


「ごめんごめん。でも本心だよ。意思のあるお前を無理やり操ることはしたくない。お前は俺に手を貸し、俺はお前に手を貸す。そんな関係は嫌か?」

「嫌……ではないが……」


 むむむ、とリリンは唸る。

 まあすぐに人間を信じろというのが無理か。一度残酷な現実を見ているわけだしな。


「返事は今じゃなくてもいい。じっくり俺という人間を観察してから答えを出せ。報酬は先払いする」

「というと?」

「お前の故郷を燃やし、家族を殺した悪魔と協力者の人間は——帝国にいる。ここから南西の方角だな」

「帝国?」

「ああ。そこで皇帝をやってる奴が協力者で、宰相が悪魔だ」

「なんだと⁉ その話は本当か?」

「答え合わせはいつかできる。そう遠くない内にな」


 少なくとも今は無理だ。皇帝を殺害するだけならともかく、リリンの宿敵たる悪魔には勝てない。もっとレベルを上げないと。

 それに、合法的に帝国を叩き潰すチャンスは来る。この世界はそういう風にできている。


「……分かった。今はお前を信じよう。どうせ逆らえないのだからな、力くらい貸してやる」

「サンキュー、リリン」

「そういえばお前の名前は?」

「シオンだ。気さくに呼んでくれ」

「ふんっ。精々、復讐をする前に死ぬなよ? シオン」

「当然。こんな道半ばで死ねるかよ」


 もう一度右手をリリンに差し出す。今度はその手をリリンがしっかりと握り締めた。

 予想外の展開ではあるが、どうせ悪魔は倒す予定だ。リリンという心の底から信頼できる仲間を得られてプラスでしかない。


 内心ほくそ笑みながら、俺たちは六層の奥を目指して歩き出す。




 そういや、そろそろメリッサの奴、俺からのプレゼントに気づいてくれたかな?




▼△▼




 シオン達がダンジョンに潜っている頃。

 友人のお茶会に参加していたメリッサは、そこでうんざりするほどシオンの話を聞いていた。


「さすがクライハルト侯爵家の人間だわ。一番強い悪魔を倒したのでしょう?」

「騎士でも勝てないような相手を一人で圧倒したって聞きました。メリッサ様も誇らしいでしょうねぇ」


 うふふ、あはは、と夫人たちはメリッサの目の前で笑顔を作る。


 会話の内容は九割がシオンに関することだった。カトラやセレスティアが盛大に今回のイベントの功労者であるシオンの話を吹聴しまくるものだから、今やシオンの活躍を知らない者のほうが少ない。

 貴族はもちろん、平民たちからも救国の英雄と呼ばれている。


 そんな最も熱い男を息子に持つメリッサは、しかしシオンの活躍に胃が締め付けられる思いだった。


「(ふざけないで! 何が誇らしいよ! このままシオンの名声が大きくなったらクライハルト侯爵家の次期当主は……ダメッ! そんなの許せない!)」


 表情は笑みを浮かべて取り繕っているが、内心はもう怒声の嵐だった。家の中なら確実に暴れている。


「(そもそも高い金を払ってまで雇った暗殺者たちは何をしていたのよ! 今回の騒動は暗殺する絶好のチャンスだったんじゃないの⁉ どうして普通に生きてるのよ‼)」


 ミシミシと音を立てるほど強く奥歯を噛み締め、叫びたい気持ちを必死に抑える。

 どうにかお茶会が終わるまで我慢したが、お茶会が終わるなり早々に屋敷へと戻った。

 時間にするとそこまで経っていない。だが、溜まったストレスと怒りは尋常ではなかった。


「(どうにかしてシオンを消さないと! このままではヴィクトーが、次男に当主の座を奪われた哀れな兄に……!)」


 逸る気持ちを抑えながら思考を巡らせる。

 しかし、現役の騎士より強くなったシオンを消す手段はほとんど無い。レベルを上げた者は簡単に毒物では殺せないし、犯行現場が近すぎて下手をするとメリッサが疑われる。

 何かもっと、確実な手段は……。


 ひたすらシオンに対する怨嗟を内心で呟きながら歩いていると、いつの間にか屋敷に到着していた。

 馬車を降りて自室に向かう。すると、


「きゃあああああ⁉」


 部屋の扉を開けた瞬間、メリッサが盛大に悲鳴を上げた。

 なんとメリッサの部屋に見慣れぬ黒ずくめの男たちがいたのだ。床に転がりうんともすんとも言わない。完全に死んでいる。

 腐り始めている死体の悪臭が鼻を突き、腰が砕けてメリッサはその場に倒れた。


 遠くからどたばたと人が近づいてくる。

 その時、恐怖に震えていたメリッサが死体に何か紙が貼りつけられているのに気づく。文字をよく見ると……。


『玩具はお返しします。壊しちゃってごめんね?』


 と書かれていた。メリッサは誰が犯人か分かった。


 直後、恐怖と不安がピークに達して意識を失う。屋敷中が大騒ぎになる。




 片やダンジョンに行く前に死体をこっそり部屋に運んでいたシオンはと言うと……。


「おいリリン! 俺が近くにいるのに広範囲攻撃すんな! 当てる気か⁉」

「チッ。あらごめんなさい? ちょっと手が滑ったわ」

「舌打ちしてんじゃねぇよ! つうか広範囲攻撃すんな! 手を滑らせる前に!」

「いいじゃない。こっちのほうが楽よ」

「俺に被弾してるんだが⁉」


 仲良くリリンとダンジョンの中で漫才を繰り広げていた。




——————————

【あとがき】

というわけでリリンが仲間になりました~。

ちょっとツンツンしてるけどシオンとは相性がいいみたいですね!

ちなみに23話で書き忘れていたイベント報酬ですが、もう少し後に出てきます。今はまだ役に立ちません……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る