第7話
カトラを連れて大迷宮の第一層にやって来る。
相変わらずの森林エリアだ。どこを見ても視界が悪い。
「あ、あのー……シオン様」
「どうした、カトラ」
横からカトラのか細い声が聞こえた。
「本当に私たち二人で一層のボスを倒すんですか?」
「心配しなくても余裕だよ。新しいスキルもあるしな」
俺が手に入れたSS級スキル『亡者の檻』があれば確実に勝てる。というか、エルフ族の短剣が持つスキル『精霊の祝福』だけでも余裕だ。
しかし、俺が前世の記憶を持つことを知らないカトラは、ハンターになったばかりの新人二人でボス級の魔物が倒せるのかと不安がっていた。無理もないが、こればっかりは避けて通れない。
——彼女を信じるという意味でも。
「それより適当にまずは魔物を探そう。スキルの効果を確かめたい」
「……わ、分かりました」
どこか覚悟を決めてカトラが頷く。それを見た俺が森の中を歩いていくと……。
「ん?」
正面から三人組のハンターがこちらに向かってくる。装備を見るに、剣士二人と魔法使いのパーティーか。
先頭を歩く茶髪の男が、ばっと手を上げて気さくな挨拶をしてくる。
「どうも。お二人でダンジョン攻略ですか?」
「ええ」
「それはそれは……ダンジョンは危険な所。もしや、駆け出しハンターだったり?」
「そうですね」
なんだこいつら。親切な先輩ハンターか?
「駆け出しが無茶をするのはよくありません! 死んでしまっては意味がない!」
「よかったら手を貸しますよ。ええ。我々と一緒にダンジョン攻略をしませんか?」
茶髪の男の隣に並ぶ糸目の男性が、笑みと共に面白い提案をしてきた。
「一緒に……ね」
うさんくせー。怪しいなこいつら。ダンジョンの奥のほうから来たのに、俺たちを見た途端またダンジョンの中に戻ろうって言うのか?
親切心から身を案じている……という感じにも見えない。何より、ダンジョンに潜っていた割には服装が綺麗だ。全員。
何か裏があるようにしか思えない。俺の勘がそう訴えていた。
「遠慮しておきます」
悩む素振りを見せてから彼らの提案を拒否する。
最初から俺とカトラがいればダンジョン攻略に支障はない。怪しかろうと善意だろうと関係ないのだ。
「なっ⁉ 俺の話を聞いてましたか? 危険なんですよ!」
なおも茶髪の男は食い下がる。
だが、俺はひらひらと手を振りながら彼らの横を通り抜けていった。カトラもそのあとに続く。
「大丈夫です。一層くらい余裕なんで」
今のスペックなら負けるほうが難しい。
▼△▼
妙に親切心を見せてくる三人組のハンターと別れる。
森の中を歩きながら、背後でカトラが、
「あの人たち、なんだか怪しかったですね」
俺と同意見の呟きを漏らした。
「だな。とても善意だけには見えなかった。装備も、ダンジョンに潜ってたにしては綺麗だったし」
「それを言うならシオン様も綺麗ですよ、いつも」
「俺はほら……強いから!」
「その自信が羨ましいです」
「まあね」
前世の記憶があれば上層など恐れる必要はない。鼻歌交じりに歩ける。
だが、逆に言えばゲームにはない要素こそ俺が最も警戒しなくちゃいけないことだ。先ほどのハンターやカトラの心境などがそれにあたる。
「ひとまずあのハンター達のことは忘れて目の前の魔物に集中しよう。今回は強敵との戦いだ」
「はい! 頑張ります!」
グッと拳を握り締めるカトラ。気合は充分だった。
▼△▼
カトラを連れて大迷宮の第一層を攻略していく。
俺がいなくてもカトラの実力は充分だ。道中の雑魚も特に囲まれさえしなければ苦戦しない。バッタバタ薙ぎ倒してすぐにボスエリアに到着した。
「し、シオン様」
「ああ。あれがこの第一層のボス『コボルトロード』だ」
森林エリアの最奥、ひらけた一帯に三メートルはある巨大な獣人がいた。
犬のような耳を生やし、右手に持ったカトラスがきらりと緑葉の隙間から差し込んだ陽光を反射する。
血のように赤い瞳がこちらを見下ろしていた。
「準備はいいな。弁当は持ったか?」
「持ち……え⁉」
「冗談だよ。手筈通り、カトラは支援を中心に動いてくれ。——行くぞ」
「は、はい! 分かりました!」
カトラの返事を聞き、俺は勢いよく地面を蹴った。エルフ族の短剣を構えてコボルトロードに接近する。
「スキル——『聖域』」
俺の動きに合わせてカトラもスキルを発動する。微かな光が俺の体を包んだ。速度が一段階上がる。
しかし、コボルトロードの反応は速かった。
俺が迫るなりカトラスを薙ぐ。攻撃範囲の広い技だ。これを前方宙返りで避ける。
さらにそこから地面に着地した途端短剣を振った。コボルトロードは図体がデカいからあっさり攻撃がヒットする。
「グオオオオッ!」
痛みを感じたのか、コボルトロードが低い声を出した。
即座にカトラスが連続で振るわれる。
上下左右となかなか激しい攻撃だ。それを上手く躱しながらどんどん懐に入って短剣を打ち込む。
コボルトロードは全てのパラメータが俺より上だ。正面からぶつかればほぼ確実に負ける。
だが、相手の動きを読める俺なら話は変わる。圧倒的な筋力も当たらなければ意味はない。
そして俺の得物は短剣。短剣はこの手の相手とは相性がいい。ほぼ一方的に俺の攻撃が決まる。コボルトロードは腹部を中心に傷を深めていった。
やがて、コボルトロードが近距離戦闘を嫌がる。後ろに数歩引いて距離を取った。
「させるかよ」
その動きすらゲームの時と同じだ。俺はわずかな体の動きから相手の行動を予測し、さらに前へ歩み寄って距離を詰める。永遠にインファイトを続ける。
しかし、コボルトロードもただでは済まさない。
移動を終えた瞬間、瞳の輝きが強く増して攻撃速度を上げる。
——これは、ボス級の魔物が持つ特有のスキル!
ボス級の魔物は体力が一定値を下回ると特殊なモードに入る。いわゆる第二形態みたいなやつだな。コボルトロードの場合は全パラメータが上昇する。敏捷が上がったことでテンポがズレた。
「ッ!」
俺はギリギリ反応が遅れる。
コボルトロードの剣が、わずかに俺の体を斬り裂いた。
強烈な一撃を受けて後方に飛ぶ。地面を一度跳ねてからカトラの前で倒れた。
「シオン様⁉」
血を流す俺を見下ろし、彼女は血相を変えた。
小さく、そんな彼女に俺は告げる。
「に、にげ……ろ」
さあ、カトラの選択を見せてもらおうか。
俺は内心にやりと笑って彼女の反応を待った。
前方からはコボルトロードがのしのし音を立てながらカトラに近づく。
彼女は俺とコボルトロードを交互に見て、
「ッ……シオン様には、手を出させません!」
剣を構えた。
逃げるのではなく、俺を守るために武器を構えたのだ。
やっぱり彼女は、そういう選択を選んだか。
前を向くカトラに、俺は思わず笑みを作った。
彼女こそが、心の底から信頼できる仲間だ。申し訳ないと思いながらも、予想が的中したことに俺は喜ぶ。
その間にコボルトロードはカトラと刃を交える。
パラメータが強化されたコボルトロードの前では、俺よりさらにステータスの低いカトラは押されてしまう。
弾かれ、動きが遅れ、隙を突かれて攻撃される。
コボルトロードの剣がカトラの腹部に迫って————キィンッ!
俺の短剣とぶつかり、激しい火花を散らした。
「シオン様⁉」
「悪い、遅れた」
彼女を試すような真似をして悪い、という意味もそこには込められている。
そしてコボルトロードの一撃を防ぎ、カトラを後ろに下げた。
「あとは任せてくれ。ここから先は俺がやる」
普通、ボス級の魔物を倒すには複数人でパーティーを組むのが常識だ。にもかかわらずカトラは俺のために一人でコボルトロードを押さえてくれた。
心が洗われる。
「グルアアアアッ!」
コボルトロードがぐっとカトラスに力を込める。
だが、簡単には押されてやらん。
「なんだ? 吹き飛ばせなくて怒ってるのか? お前が知らない力もあるんだよ、この世界にはな」
コボルトロードと刃を交える前に、俺はあるスキルを発動していた。
——精霊の祝福。
全パラメータを短時間だけ底上げするスキルだ。これのおかげでなんとかコボルトロードに押し返されない。
そしてもう一つのスキルを使う。
——亡者の檻。
足下から漆黒の魔力が滲み出す。影のように広がり、複数の魔物を召喚した。
コボルト、ゴブリンたちだ。
これこそが亡者の檻の力。倒した魔物の魂を奪い、魔力で作られた体を与える。いわゆる『ネクロマンサー』と呼ばれる能力だ。
ボスエリアに入る前の道中、カトラと共に倒した雑魚に使った。総数は十体ほど。それ以上は魔力がもたない。
ギィィンッ! という音を立ててコボルトロードの武器を弾き、後ろに数歩引く。
短剣の切っ先をコボルトロードに向け、俺はにやりと笑って言った。
「さあ、第二ラウンドの始まりだ」
スキルで支配している魔物たちをコボルトロードにけしかける。
あいつらではどう足掻いてもコボルトロードには勝てない。カトラスを一度でも振れば数体の魔物が倒れていく。
だが、それでいい。
俺があいつらに期待しているのは、コボルトロードが隙を晒すこと。
俺はその隙を突けばいい。
「おらっ!」
ガラ空きの脇腹に強化された一撃が届く。コボルトロードの腹部が見事に斬り裂かれた。
すぐに反撃してこようとするが、左右を挟んだ魔物にも攻撃されて対応がどんどん遅れていく。
こうなったらあとは一方的だ。
俺か魔物、どちらかが交互に攻撃し、隙を突いてダメージを加えていく。
ものの五分ほどで、残り体力の少ないコボルトロードは倒れた。
「討伐完了」
ずぅぅぅん、と盛大な音を立てて地面に転がったコボルトロードを見下ろし、俺はふぅと息を吐いて短剣をインベントリに収納した。
くるりと振り返ってカトラに親指を立てる。
「終わったぞ、カトラ。お疲れ様。最高」
カトラもまた、俺の姿を見て親指を立てた。
泣きそうな顔で笑っている。
「……ん?」
そんなカトラの背後に、ダンジョンに入ってすぐ顔を会わせた三人組のハンターが見えた。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「おいおい、二人でコボルトロードを倒したのか?」
「あ、ありえない……」
「でもずいぶん弱ってるみたいよ? チャンスなんじゃない?」
「だな。おい女と男。喜んでるところ悪いが、お前らのアイテムをもらうぜ?」
先頭を歩く茶髪の男が、じゃりんと鞘から剣を抜いた。
「怪しい奴らだとは思ってたが……PKかよ」
いや、この場合は単なる殺人か。
カトラが慌てて俺のほうへ下がってくる。
「シオン様、逃げますか?」
「やり合う必要性はないが……」
この手の人種を放置しておくのは得策とは言えない。
顔を見た以上は付きまとってくる可能性が高いし、放置すれば他のハンターたちが犠牲になる。
もしもカトラが襲われたら。
そう考えると、腸が煮えくり返るようだった。
怒りを抱いた俺に、システムが告げる。
ピコン。
【近くにコボルトロードの死体があります。スキル『亡者の檻』を使って魂を回収しますか?】
それを見て、俺は呆けた声を漏らしてしまう。
「……は?」
まさかとは思うが……ボスを配下にできるのか⁉
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名前:シオン・クライハルト
性別:男性
年齢:15歳
レベル:15
体力:11
筋力:20
敏捷:20
魔力:11
ステータスポイント:24
武器
『エルフ族の短剣 C』
スキル
『自然の恵み C』
『亡者の檻 SS』
(コボルト)(ゴブリン)
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