第32話
平民が利用する馬車の乗り合い所で、一台の馬車を予約する。
俺やアイシス、カトラのような貴族が利用するようなものではないが、無駄に豪華な馬車に乗っても隣国の兵士に目をつけられるだけ。今回はお忍びでもあるため、あえてみすぼらしい普通の馬車を選んだ。
「わぁ……! 王都の外に出るのは初めてです!」
「私も」
定刻になり、動き出した馬車の中でカトラとアイシスが目を輝かせる。荷台の後ろから見える景色を眺めながら、女子同士仲良く感想を言い合っていた。
普段は喧嘩することも多いが、今だけはただの友人にも見える。俺は彼女たちの様子を微笑ましい表情で見守る。すると、前方の席に座っていた二人組の女性が、おそるおそるといった風にかけてきた。
「あ、あのー……」
「? はい」
俺はできる限り問題を起こさないよう、人当たりのいい笑みを作る。女性たちは頬を赤く染めた。
「お兄さんもハンターですか?」
「ええ。お二人も?」
「はい。隣国のキャロル王国から来ました」
「キャロル王国から? でも、この馬車はキャロル王国行きですよね?」
「実は……聞いているかもしれませんが、今、キャロル王国内で治安が悪化してるらしく……」
「私たちは家族が心配で戻ることにしたんです」
「へぇ。お優しいですね」
キャロル王国の話は平民の耳にも入っているのか。いや、ひょっとするとハンター協会側が通達したのかな? ハンターは仕事で各国を行ったりきたりする。情報の鮮度は、そこらの情報屋にも負けていない。
「——まあまあまあ、物騒なお話をしていますねぇ、シオン様」
ぬっとカトラが俺たちの会話に混ざってくる。ぐいぐいと俺の体に自らの体を押しつけ、距離を詰めてきた。席の幅には余裕があるというのに……あれか? 嫉妬というやつか?
「そのお話、ぜひ私たちも入れてくださいな。これから向かうキャロル王国について、何でもいいから知ってることを教えてくれると助かるわ。ね? シオン様」
カトラの反対側では、今度はアイシスが同じことをしてきた。両隣を陣取る二人の美少女に圧をかけられ、物理的に苦しい思いをする。そして圧をかけられたのは俺だけじゃない。前方に座る少女たちもだ。
二人の発する威圧的なオーラに、汗をかきながら小刻みに震えている。ダメだよ、一般人を脅しちゃ。
俺は内心でため息を吐く。
「すみません、俺の連れが」
「い、いえ……楽しそう……ですね……ははっ」
乾いた笑いが出たよ! そうだよな、どう見たって楽しそうには見えないもの。
俺はまったく悪くないのに、なぜか凄く気まずかった。
▼△▼
結局、カトラとアイシスが二人組の女性を威圧したせいで、まともにキャロル王国の話を聞くことはできなかった。
とはいえ、どうせ彼女たちの口から有益な情報は出てこない。いくらハンターといえども、貴族である俺やカトラ、アイシスが知らない情報までは持っていないだろうからな。
そんなこんなで一週間。
長い道のりを終え、俺たちはキャロル王国の首都にやって来た。
道中、大小様々な街に寄った。お風呂に入るチャンスもあり、疲労もそれほど感じていない。
むしろカトラとアイシスの相手が一番大変だった。カトラは、普段は手のかからない仲間だが、不仲? のアイシスと一緒にいると頻繁に喧嘩する。その仲裁が大変だった。
今も、
「ダメですよ、シオン様。知らない女性に話しかけられても、簡単に返事をしてはいけません」
「カトラさんの言う通りね。シオン様は少々脇が甘いわ」
二人から理不尽な説教をもらっている。
話題は一週間前。ちょうど馬車が走り出してすぐ声をかけてきた、あの二人組の女性のことだ。
あれからも二人組の女性は積極的に俺に声をかけてくれた。それが気に入られないのか、二人はぷんぷんと頬を膨らませて怒っている。
目の前の首都より説教を優先するとはね……たはは。
俺は自分が悪いとはこれっぽっちも思っていないが、できるだけ早く説教が終わるように何も言わなかった。おかげで少しは早く説教が終わったと思う。
「……それで、シオン様。キャロル王国で何をするつもりなんですか?」
「ダンジョンに潜るとは聞いていたけど……そう言えば具体的な話はまだされていなかったわね」
説教が終わり、宿を探しながら首都の通りを歩いていると、ふいにカトラとアイシスが順番に疑問を投げてきた。
「第一目標は、俺が欲しいアイテムの回収だな」
「アイテムの回収?」
「ああ。この街に金槌と短剣を探しに来た」
「よく分かりませんが、見つかるといいですね」
「見つかるよ」
カトラの言葉に即答する。
にやりと口角を上げた。
「すでに金槌と短剣の在りかは知ってるからな。問題は……相手がそれを大人しく渡してくれる保証がないってことくらいか」
「えっと……なんだか妙に嫌な予感がします」
カトラ、正解。
「場合によっては戦闘になるだろうな。二人共、いつでも戦えるようにしていてくれ」
「そんなことだろうと思ったわ」
アイシスがくすりと笑う。彼女は最初からやる気満々だな。カトラも、
「相手は悪人……ですよね?」
と即座に思考を切り替える。
俺は素直に頷いた。
「そうだよ。遠慮はいらない。この街を汚染する癌みたいなもんだ」
なぜなら、俺が求めるアイテムを持っている連中は——盗賊と悪魔だからな。盗賊と悪魔は皆殺しにしろというのが、イデア・オンラインの常識だ。
つまり、連中からアイテムを奪ってもいいってわけ!
るんるん気分で盗賊たちのアジトを目指す。今は夕方。犯罪者を襲うにはぴったりの時間だ。
——————————
【あとがき】
モテモテのシオンくん、修羅場のあとは盗賊狩り。
彼が求めるアイテムとはいったい……!
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