第33話

 カトラ、アイシスを連れて路地裏の奥へ進む。

 次第に表の通りとは雰囲気が変わってきた。ガラの悪い男女が何人もたむろしている。

 人を射殺すような鋭い視線を向けられるが、無視してさらに奥へ歩いていく。やがて、大きな建物とその入り口が見えてきた。


「シオン様、あそこは?」


 こそっと左後ろに並ぶカトラが訊ねてくる。


「盗賊団の拠点だよ」

「とっ——⁉」


 カトラがギリギリのところで声を押し殺す。


 驚くのも無理はない。キャロル王国の盗賊団と言えば、巷を騒がせている凶悪な犯罪組織のことだからな。

 右後ろにいるアイシスも、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「こんな所に噂の盗賊団がいるとはね……」

「二人共、準備はいいか? これから楽しい楽しいお話の時間だ」

「お話って……絶対、面倒なことになりますよ?」

「そうなったら拳で語り合うしかないな。相手は犯罪者だ、遠慮しなくていい」

「確かに」


 カトラが即座に納得した。アイシスも表情に憂いはない。やるならやる、と顔に書いてあった。

 これなら戦闘になっても平気だな。というか、ほぼ確実に戦闘になる。


「あん? なんだテメェら。ここはお前らみたいなガキが来るとこじゃねぇぞ」

「帰れ帰れ。今なら特別に見逃してやる」


 路地裏の奥に建てられた巨大な建物の前に、入り口の扉を守る二人の屈強な男性が立っていた。

 どちらも一般人に比べたら強そうだ。おそらくレベルを多少は上げている。

 だが、彼らがどの程度の強さか俺は知ってる。ゲームで戦ったことがあるからな。


「お前らのリーダーに話がある。通してくれないか?」

「あぁ⁉ 俺らが盗賊団の一員だって分かって言ってんのか? テメェ!」


 声がデカいよ。


 いくら王族と繋がっているからと言って、自分たちの素性を子供に教えてどうする。有名な盗賊団にはこんな奴しかいないのか?

 内心、敵ながら呆れてしまう。


「そういうのいいから。さっさと退け。怪我をする前にな」

「こいつ……ッ!」

「シオン様……火に油を注いでいます」

「カッコいいじゃない。男の子はあれくらい堂々としてなきゃね」

「アイシス様は余計なこと言わないでください」


 カトラにジト目で睨まれた。


 分かってる分かってる。わざわざ相手を挑発する必要は無いって言いたいんだろ? その通りだ。

 けど俺は誰にも媚びない(利があるなら全力で媚びる)! 取り繕わない(必要なら取り繕う)! 胸を張って——傲慢にいく(場合によっては卑屈だっていい)。

 この世界でも最強を目指すなら、それくらいの気持ちでいかないとな。気持ちは大事な原動力だ。


 ……まあ、生意気なのは認めるよ。


「クソガキ共が……! ひん剥いて犯してやるよ‼」


 入り口を守っていた男の一人が、懐から小ぶりのナイフを取り出す。額には青筋が浮かんでいた。


「悪いな、ホモはお呼びじゃねぇ」


 ナイフの切っ先をこちらに向けて男の一人が突っ込んでくる。狙いは脚。悪くない。太腿に刺されば機動力を奪えるし、俺を甚振って殺すなら致命傷は避けるべきだ。

 もちろん、あくまで攻撃が当てればの話だが。


 俺は半身になって男の刺突を避ける。近づいてきた男の首めがけて、腕をスイングした。ラリアット。

 攻撃は見事に命中。


「ぐえっ⁉」


 男は汚い声を漏らして地面に倒れる。手加減したけど白目を剥いて気絶していた。弱すぎ。


「よくも仲間を!」


 残ったもう一人の男が、ナイフではなく、鞘から剣を抜いて斬りかかってきた。


「シオン様に刃を向けるのは不敬です!」


 男の剣身が俺の体に届くより先に、横からカトラが男の横っ面を殴り飛ばした。一撃で男の意識を刈り取り、衝撃を受けて壁まで吹っ飛ぶ。

 あーあ、可哀想に。頭骨にヒビが入ってるだろうな。


「あなた、犯罪者相手には容赦ないのね」


 アイシスが倒された男たちを見下ろしてボソッと呟く。カトラの頬がわずかに赤くなった。


「べ……別に、いつも暴力を振るうわけではありませんよ⁉ 今回はシオン様が襲われていたからつい……」

「はいはい、言い訳言い訳」

「アイシス様!」

「喧嘩もいいが置いてくぞ」


 俺は先に建物の扉を開ける。ドアノブを捻ったら簡単に開いた。施錠とかはされていない。


「あ、待ってくださいシオン様!」

「私も行く」


 遅れてカトラとアイシスが、俺に続いて建物に入る。建物の中は薄暗い。扉を閉めると、奥のほうから賑やかな声が聞こえてきた。盗賊団のメンバーはちゃんと中にいるらしい。

 在宅でよかった。留守の間にアイテムだけ奪ったら、まるで俺が強盗みたいになるからな。


「奥に大勢いますね」

「ああ。交渉が上手くいくといいんだが」

「無理ね」


 だよな! 知ってる。


 通路の奥にあるもう一つの扉を開けた。予想通り、広めの部屋には多くの盗賊団メンバーと思われる男女が、酒を飲んでくつろいでいる。全員の視線が同時にこちらへ向いた。


「んー? 誰だお前。見ない顔だな」

「ガキがどうやって入ったんだ? 見張りは何してやがる」

「あら、カッコいい男の子ね。お姉さんが相手してあげようか?」


 ぞろぞろと盗賊団のメンバーが俺たちに近づいてくる。周りを囲まれた。


「ここにある『黄金の金槌』を貰いに来た。探すのはめんどくさいから持ってきてくれ」

「なっ⁉ その話、どこで聞いた!」


 一瞬にして野郎共の表情が険しくなる。ちゃんとアイテムのことは知らされているらしいな。あれが貴重な物だと理解もしている。


「そんなことどうでもいいだろ。持ってくるか——ここで俺に殴られるか、どっちがいい?」


 当然、答えは決まっている。


「テメェを殺す!」


 だよな。知ってた。


 武器を手に襲いかかってくる盗賊たちを、カトラ、アイシスの二人と協力して鎮圧する。


「邪魔よ、あなたたち。臭い」


 アイシスが手を振ると、彼女の足下を起点に冷気が発生する。冷気は周りにいる男たちの足を氷漬けにした。


「おー、便利なスキルだな」


 氷属性のスキルは属性スキルの中でも希少だ。瞬時に複数の対象を無力化できるなど汎用性も高い。


「役に立ったかしら?」


 ふふ、とアイシスは笑う。


「最高。おかげで無駄に疲れることもない」

「それならよかった」


 パキパキ、と凍った床の上を歩き、男たちの間を通り抜ける。適当に近くにいた男に訊く。


「なあ、黄金の金槌はどこに置いてある?」


 と。


 簡単には答えてくれなかったが、少しばかり傷をつけたら素直に話してくれた。

 その際、聞いてもいないのに、奥の部屋に攫ってきた孤児や奴隷が閉じ込められているということも教えてくれた。


「誘拐……?」


 あ、カトラの逆鱗に触れた。

 彼女はこの手の犯罪行為を嫌う。彼らはあとでカトラに殺されるかもしれないな。

 自業自得なので俺は止めない。

 それより教えてもらった右側の部屋に入る。いくつか扉を開けて奥まで進むと、金銀財宝を保管してある場所に辿り着いた。


「蓄えが凄いな」

「これ、私たちが貰ってもいいのかしら?」

「ダメだろ。元は盗まれた物だし」


 そもそも俺たちは金に困っていない。無駄なリスクを背負うだけだ。

 数あるお宝を無視して、たった一つ、金色の金槌だけを手に取る。


「それも盗まれた物じゃないの?」


 後ろからアイシスが問う。俺はにやりと笑って言った。


「これは別」


 都合がいいって? 気にしない気にしない。盗賊団をやっつけた報酬だ。


「まあ何でもいいけど……その金槌、シオン様が欲しがるほど凄い物なの?」

「ここに置いてある宝を全部合わせても足りないくらい高価なアイテムだよ」


 なんせこの金槌は、鍛冶系のスキル『合成』が使える。俺がかつて世界最強になれたのは、このアイテムのおかげでもあった。それくらい大事な物だ。


「ふうん。私にちょうだい」

「ダメ」


 無理に決まってんだろ。

 アイシスは断られることが分かっていたくせに、わざとらしく頬を膨らませた。拗ねている。


「ぶぅ。残念」

「悪いな。代わりに、この金槌を使っていい装備を作ってやるよ」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「分かったわ。ありがとう、シオン様」


 珍しくアイシスが屈託のない笑みを浮かべる。心が癒された。


「それじゃあ帰るか」

「シオン様、子供たちはどうしますか?」


 静かに怒りを抑えていたカトラが、俺の目を見つめる。真剣な表情だった。


「助ける。外へ出してあげよう」

「さすがシオン様! 信じていました!」


 ぱぁっとカトラの表情が明るくなる。俺が拒否していたらどうなっていたことか。

 三人で、協力して捕らえられていた子供たちを解放する。外に出ると、


「カトラとアイシスは、彼らを連れて兵士を呼んできてくれ」

「シオン様は?」

「俺は別件だ。カトラの手伝い、任せたぞ」


 そう言って俺は、二人と別れて別の道を行く。路地裏は薄暗く、入り組んでいて迷路みたいになっていた。

 そこでスキル『亡者の檻』を発動。リリンを呼び出す。


「……む? 何か用か」

「これからお仕事の時間だ。同族を狩りに行くぞ」

「同族……悪魔がいるのか、ここに」


 スッとリリンの目が細くなる。理解が早くて助かるな。


「いる。しかも、お前が復讐したい相手とも繋がってる」

「本当か⁉」


 リリンが大きな声を上げた。興奮している。


 俺は肯定してやろうと頷きかけて——ぴたりと動きを止める。視線が正面奥に向いた。

 闇の中から、二つの影が出てくる。


 どちらも悪魔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る