第34話

 俺とリリンの前に二人の悪魔が現れる。

 どちらもリリンによく似た黒い装いを纏っていた。


「あなたは……女王リリン様⁉」


 悪魔の一人、長髪の男性が俺の隣に並ぶリリンを見て目を見開いた。

 実は自称・女王であるリリンだが、割と知名度はある。


「誰だ、お前」

「我が名はブエルと申します。よもや、このような場所で女王様に会えるとは……」

「女王リリン? 誰だ?」


 リリンとブエルの会話を聞いていたもう一人の、短髪の悪魔が、肘でブエルを小突きながら訊ねる。


「有名な悪魔だ。最近、人間の街を襲いに行ったと聞いたが……」


 ちらりとブエルが俺を見た。なぜリリンが人間と一緒にいるのか気になるだろ?


「リリン様、そこにいる人間とはどのようなご関係でしょうか?」

「関係? ……私の下僕だ」

「ふざけんな」


 じろりとリリンを睨む。誰が下僕だ。逆だろ逆。

 リリンは俺から視線を逸らし、「——のような者だな、うん」と小さく呟く。手が出そうになった。


「俺はリリンの主だ。つまり、下僕はこいつのほう」

「なんだと⁉ 貴様……! 人間ごときが調子に乗るな!」


 ちょっとした挑発だったが、ブエルの奴、簡単にキレた。鋭い爪を俺の心臓めがけて叩き込む。その攻撃をリリンが防いだ。


「おい……シオンに何をする?」


 リリンから濃密な殺気が放たれた。ブエルは額に汗を滲ませる。


「なぜ邪魔をするのですか⁉ リリン様!」

「こいつは私の仲間だ。私以外の者が勝手に触れようなどと……おこがましい!」


 リリンの蹴りが炸裂。ブエルの腹を蹴飛ばし、凄い勢いで壁にぶつかって倒れる。


「同族にも厳しいのな、お前って」

「ふんっ、自分のものに手を出されて黙っていられるか」

「俺はお前のものじゃねぇよ。お前が俺のものだっつうの」

「同じだろう」


 腕を組みそっぽを向くリリン。多少は俺に優しさみたいなものを見せるようになったな。……あ、ブエルが戻ってきた。悪魔だけあってタフだな。


「ぐ、うぅ……! リリン様ともあろうお方が、人間を守るなんて……」

「私に文句でもあるのか?」

「ッ。いえ……ありません」


 リリンに睨まれると途端に弱くなるブエル。これなら、俺の目的も果たせそうだな。

 まさかこんなに早くブエル——目当ての悪魔に出会えるとは思ってもいなかったが、チャンスは活かす。

 口角を上げ、俺は悪魔ブエルに話しかけた。


「なあ、そろそろ本題に入ってもいいか? どうしてここに来たんだ、お前ら」

「お前を殺しに来たんだよ!」


 短髪の悪魔のほうが答えた。

 ブエルが口を挟まないあたり、事実らしい。


「よくも俺たちの宝を奪ってくれたな! 返せ!」


 予想通り、あの騒動をどこからか見てたのか。


「断る。どうせアイテムの価値もよく分かってねぇんだろ」

「うるせぇ! 宝は全て俺たちの物なんだよ!」


 右手に漆黒の剣を具現化させる短髪の悪魔。リリンと同じスキルが使えるようだな。しかし、隣に並ぶブエルは動かない。リリンがいるせいで。


「お友達は戦いたくないように見えるぞ?」

「ブエル⁉ 何をしてる! こいつらを見逃せばあの方に怒られるぞ!」

「そ……それはそうだが……」

「チッ! 弱虫野郎が。お前はそこで見てろ! 女王だがなんだか知らないが、俺が殺してやる!」

「ま、待て!」


 ブエルが必死に短髪の悪魔を止める。

 このまま連中の内輪揉めを眺めるのも一興だが、時間が惜しい。俺は二人にある提案をする。


「喧嘩は帰ってからやれよ。それより、一つ提案をいいか?」

「提案?」


 ぴたりと両悪魔が動きを止める。


「ブエル、お前が持ってる『血濡れの短剣』を寄越せ。そうしたら俺がリリンに口添えしてやる」

「なぜ私が血濡れの短剣を持っていると……⁉」

「んなことはどうでもいいだろ。早く寄越せ」


 どうせ持ってるだけでお前は使わねぇんだから。


「……いいだろう。この程度の武器でリリン様を仲間にできるなら安いものだ」


 そう言ってブエルは、懐から取り出した真っ赤な短剣をこちらに放り投げる。話が早い。


「サンキュー」


 俺はブエルから短剣を受け取ると、インベントリから『悪魔の心臓』を取り出した。


「貴様っ! それは悪魔の心臓か⁉」


 ブエルが目敏く俺の持つアイテムに気づいた。

 この悪魔の心臓は、『昏き欲望』をクリアした者に与えられる非常に貴重なアイテム。これだけだと何の意味もないが、特定のアイテムと組み合わせることで真価を発揮する。


「だったらどうした? 欲しいのか?」


 あげないけどね。


「どこでそれを手に入れた! 答えろ!」

「どこって……リリンを倒して手に入れたのに決まってるだろ」


 悪魔の心臓は高位の悪魔が落とすレアアイテムだ。そうほいほい手に入れられる物じゃない。


「リリン様を倒して……?」


 俺の隣にいるリリンを見て、ブエルの頭上に〝?〟が浮かぶ。俺が何を言ってるのか理解できていなかった。

 当然だな。奴からしたらリリンは生きている。心臓は殺さないと手に入れられない。矛盾が生じている。

 まあ、わざわざ真実を教えてやる義理はない。ブエルと短髪悪魔が混乱している間に、俺はサクッとやるべきことをやる。


 インベントリからさらに『黄金の金槌』を取り出した。スキル『合成』を発動する。

 組み合わせるアイテムは二つ。

 真っ赤な短剣と漆黒の水晶体が、液体のように溶けて混ざり合う。ぐるぐると渦を巻き、やがて一本の短剣を生み出した。




【合成完了。『血濡れの短剣 A』と『悪魔の心臓 S』は『死神の短剣 SS』になりました】




 システムメッセージが俺に告げる。ゲームの頃と同じように、俺の右手には、漆黒に赤色のオーラを纏った短剣が握り締められていた。


「完成っと」

「ほほう? シオンにしてはセンスのいい武器だな」

「どういう意味だこら」

「そのまんまの意味だこら。前の白い剣より断然こっちのほうがいいぞ!」

「気に入ったのか?」


 白い剣って……。ガラティーンがそんなに嫌いなのか。


「うむ。さすがは私の心臓で出来た剣だな!」

「はいはい。ありがとありがと」


 顔を近づけてくるリリンの頭を掴んで離す。邪魔だ。


「合成スキル……最初からその短剣を作るのが目的だったのか」


 漆黒の短剣を見たブエルが、不満そうな顔で問う。


「ああ。普段使いにはもってこいの武器だからな」


 ガラティーンは『太陽神の加護』が発動していないと弱い。対して死神の短剣は、攻撃力こそ高くはないが非常に便利な効果を持っている。


「……まあいい。黄金の金槌のことも許してやる。これからは仲間だ」

「ん? 何の話だ?」

「貴様、約束を違えるつもりか!」


 急に凄い剣幕で怒鳴られた。そもそも何か約束した覚えはないぞ?


「俺は一言もお前らの仲間になるとは言ってない。リリンに口添えしてやるって言っただけだ」


 そっちが勝手に勘違いしたんだろう? 俺のせいにするなよ。


「ぐっ! だが、口添えはしてくれるんだな?」

「もちろん。どうするリリン? あいつら、仲間になってほしいみたいだぞ」

「断る」


 考える素振りもなくリリンは言った。


「私にはメリットが無い。第一、私の魂はシオンに縛られている。勝手に決めることもできない」

「テメェ……! 最初からアイテムが目的か!」


 短髪の悪魔が憤る。ブエルのほうも完全にキレていた。


「ぴーぴーうるせぇなぁ。口添えしてやっただろ?」

「何が口添えだ! お前は何もしてねぇだろ!」

「まあな」


 にやりと笑って俺は、短剣の切っ先を悪魔たちに向ける。




「馬鹿なお前らに教えてやるよ。——騙されるほうが悪い」




 悪魔限定でな。


「殺す!」


 短髪の悪魔が勢いよく地面を蹴った。剣を片手に突っ込んでくる。

 リリンより弱そうなくせに俺に勝てるとでも思ったのか?

 悪魔の攻撃を躱し、左腕を斬り裂く。


「ぐああああああ!」

「動きが雑なんだよ」


 派手に血を飛び散らせながら短髪の悪魔は後ろに倒れた。死神の短剣の効果が発動する。


「ぐっ……⁉ おえっ!」


 倒れた短髪の悪魔は、苦しそうに大量の血を吐いた。顔色がみるみるうちに悪くなっていく。


「て……テメェ! 俺に……何を……ぐはっ!」


 さらに血を吐き続ける短髪の悪魔。俺はくるくると短剣を回しながら答えた。


「この死神の短剣は、傷つけた対象に様々な状態異常を付与する。見たとこ毒か? お前の症状は」


 しかも死神の短剣の効果は一度に一つじゃない。ランダムで複数の状態異常が付与される。しかも同じ等級の浄化系スキルでなきゃ状態異常を治せない。


 つまり、カトラが持つS級スキル『聖域』以上のスキルを持っていないと永遠に状態異常に侵され続ける。

 対魔物はもちろん、対人戦でも猛威を振るった武器だ。やはりこいつは使い勝手がいい。


「馬鹿が! 自らの手の内を晒すとは——ぐはあああッ⁉」


 ブエルが俺の背後を取った。首めがけて剣を振るが、刃が届く前に吹き飛ばされる。

 リリンによる魔力光線だ。


「馬鹿はお前だ。私がシオンの背中を守っていることを忘れてたのか?」


 たった一手で短髪の悪魔とブエルに重症を与えた。どちらも生きてはいるが、もうまともに戦える状態ではないだろう。

 ひとまず、短剣の切っ先を短髪の悪魔に向ける。


「さあて……お前らの上にいる奴の情報を寄越せ。そうしたら助けてやるぞ?」

「なん……だと!」


 じろり、と口から血を流しながらも短髪の悪魔は俺を睨む。苦痛は感じているはずだが、根性あるな。


「話さなきゃ死ぬまで苦しいだけだ。楽になろうぜ」

「だま……れ! お前に、弄ばれるくらいなら……!」


 キィィィンッ! と短髪の悪魔の体から不思議な音が聞こえてくる。加えて、魔力量が急上昇した。

 この反応に俺は覚えがある。前回のリリン戦だ。


「チッ! 自爆かよ」


 急いで短髪の悪魔の首を斬り飛ばした。魔力による制御が止まり、魔力自体が霧散して消える。リリンの時と違った心臓を起点に魔力は練り上げられていた。ゆえに、なんとか自爆を防ぐことに成功する。


「まさかここまで忠誠心が強いとはな」


 最初からこいつらの上に誰がいるのか俺は知っている。あくまで情報のすり合わせ程度の尋問だったが、自爆までするとは……。

 まあいい。残ったブエルの体に聞く——、


「おい、シオン」

「ん?」


 ブエルのほうに向かったリリンが、低い声で俺を呼ぶ。

 そちらへ視線を移すと……、


「こいつも自害してる。大した忠誠心だな」


 ブエルも自らの心臓を抉って死んでいた。


「……ハァ。悪魔って面白い連中だな。人間と変わんねぇ」

「うむ。どうする?」

「死んだ以上はもう価値は無い。適当に捨てとけ」

「分かった。仕事は終わりか?」

「ああ。俺もカトラたちのほうに合流する。また後でな」


 スキル『亡者の檻』を解除してリリンを闇の世界へ送還した。

 彼女のことをそろそろあの二人には伝えておかないといけないな。いずれバレることだ。


 後頭部をかきながら、最後に倒れた二人の悪魔を一瞥し……俺は踵を返して帰路に就いた。




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名前:シオン・クライハルト

性別:男性

年齢:15歳


レベル:52

体力:40

筋力:50

敏捷:50

魔力:40

ステータスポイント:17


武器

『エルフ族の短剣 C』

『ゴルゴンの魔眼 S』

『ガラティーン A(SS)』

『死神の短剣 SS』


スキル

『自然の恵み C』

『亡者の檻 SS』

(コボルトロード)

(ゴルゴン)

(リリン)

(アイトーン)

『太陽神の加護 SS』

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