第31話

 特級ハンター。

 正式名称は『特別階級ハンター』。

 その名の通り、ハンターの中で最も特別扱いされている存在のこと。


 上位のハンターでさえ貴族と同じ待遇を受ける。権力も男爵や子爵に準ずるほど。だが、この特級ハンターはそれを超える。最高位の貴族でも蔑ろにできない。


 魔物がいるイデア・オンラインの世界だからこそ、戦える者たちには高い権力と身分が与えられる。

 ゲームでも特級ハンターは片手で数えられるくらいしかいなかった。そんな特級ハンターに……俺を指名するとあの老人は言ったのか?

 信じられないと言わんばかりに白髪の老人を見つめる。観客席に座っていた多くの人たちが困惑していた。ざわざわと次第に声が大きくなっていく。


「と……特級ハンター?」

「王国に一人しかいないあの特級ハンターに? 学生が?」

「ありえない……史上最年少……?」


 疑問は驚愕に変わる。

 俺も同じ気持ちだ。まさか歴史に名を残す英雄たちと同列に扱われるなど、考えてもいなかった。


 確かに俺は強い。『太陽神の加護』が発動している間は、他の特級ハンターにだって負けない自信がある。しかし、それはあくまで武力の一点のみ。特級ハンターにはいろいろな素質が必要だと公式サイトに載ってたような……。


「気に入らないかな? シオン殿」


 沈黙していた俺に、老人がにこやかな笑みを浮かべて問う。

 ハッと意識を戻し、俺は首を左右に振った。


「いえ……光栄な話だとは思います」

「ではなぜ何も言わないのかね?」

「光栄すぎると言いますか……いくらなんでも、過大評価がすぎますよ」


 ゲームだと特級ハンターがどんな仕事をしているのか詳しく書かれていなかった。正直、特級ハンターに推薦されたのは嬉しいが、面倒事を背負うつもりはない。言外に「拒否する可能性もありますが」と込めて老人に言った。


「なに、我がギルドのナンバー2を一方的に叩きのめしたのだ、誰も文句は言うまい」

「俺は叩きのめされてないしぃ」

「何か言ったか、馬鹿者」

「いえ! なんでもありませんッ!」


 ボソッとサブマスターの男が反論するものの、老人の一声で強制的に黙らされる。

 事実、俺はサブマスターの男に一撃しか与えていない。叩きのめしたというのは誇張では?

 俺もまた首を傾げる。だが、老人は構わず話を続けた。


「とにかく、推薦したからといって確実にシオン殿が特級ハンターになれるわけではない。あくまでワシの気持ちを知ってほしかっただけじゃ」

「は、はぁ……」


 だったらこんな衆人環視の中で言うなよ爺! とは思ったが、言葉を飲み込む。相手は巨大ギルドのギルドマスター。下手なことを言って恨まれたくはない。


「以上。引き止めて悪かったのう」


 穏やかな表情のまま、老人は席に座り直した。褐色肌の男も攻撃をしてくる気配はない。完全に戦意が削がれていた。


 俺は最後にもう一度老人を見てから走り出した。アイシス、大丈夫かな?




▼△▼




 急いで保健室に向かう。

 扉を開けて中に入ると、備え付けられたベッドの上にアイシスが横になっていた。

 すでに意識は覚醒している。入ってきた俺に視線を向けると、


「もう試合は終わったの? シオン様」


 どこか弱々しい声でそう言った。俺はゆっくりベッドのそばに近づく。


「ええ。アイシス様の分、しっかりとあの3年生に返しておきましたよ」

「殺しちゃったの?」

「……そんな鬼畜に見えますか?」

「見えるわね」

「うぐっ!」


 否定しにくい! でも、彼女にはそこまで酷い姿は見せていないはずだ。きっと適当言ってる。


「ふふ、冗談よ。シオン様は律儀ね。ありがとうございます」

「俺がやりたかっただけですから、お気になさらず」


 アイシスのため、と言いながらも、ただ苛立っただけだ。あんまり褒められた行いでもない。

 しかし、アイシスは嬉しそうに微笑んでくれた。彼女のその表情が見れただけでも後悔はない。


「私がもう少し強ければ……あのような無様、晒さずに済んだのに……」

「相手は3年生ですよ? アイシス様は悪くありません」


 女の子の顔は宝だ。愛でるものであって殴るものじゃない。


「シオン様は3年生が相手でも勝ったじゃない」

「俺は特別なので」

「ぶぅ。そんな答えは聞きたくないわ」

「じゃあどんな回答をお求めで?」

「もちろん強くなるための秘訣よ」


 堂々とアイシスは言う。教えろってことだ。


「強くなるための秘訣……ねぇ」

「シオン様の強さは異常よ。何かあるんじゃない? 秘訣が」

「残念ながら何も」


 俺は首を左右に振りながら両手を上げる。「そんなものがあるなら俺が知りたいくらいだよ」と言わんばかりに。


「……何もないの? ただの才能だと?」

「それも違います」

「じゃあ何が違うの? 私とシオン様とで」

「強くなるための秘訣は——しいて言うなら努力です」


 当たり障りのない返事を返す。

 アイシスは不満そうな顔を作った。


「努力なんて誰だってしてるわ。結局才能じゃない……」

「努力をし尽くすんですよ」

「し尽くす?」

「努力っていうのはどれだけしてもいい。どれだけしても足りない。才能の差もありますが、天才と呼ばれる者たちは自然に努力する。だから凡人との間に差が生まれる」

「要するに……シオン様は努力していると?」

「人一倍頑張ってるつもりですよ」


 にこりと人当たりのいい笑みを浮かべた。

 なるほど、とアイシスは納得する。


「確かにシオン様の言う通りね。私はまだ努力が足りなかったのかもしれない」

「もっともっと努力しますか? 努力したいですか? 何より……強くなりたいですか?」

「もちろんよ。私は貴族として立派になりたい。民を守るために力が必要なの」


 堂々と、胸を張ってアイシスは言った。

 純粋で、素直で、愚直で。アイシス・フリーデンというキャラクターは、どこまでも真っ直ぐだった。

 思わず惚れそうになる。


「分かりました。では、俺からアイシス様に提案があります」

「提案?」

「もしよかったら、今後俺と一緒に——」




▼△▼




 いろいろあった上級生との模擬戦から半月。

 俺は校門の前でカトラ、アイシスの二人と待ち合わせしていた。

 少しすると二人の姿が同時に見える。


「おはようございます、シオン様!」

「おはよう、シオン様」

「二人共おはよう」


 お互いに手を振って集まる。


「急な呼び出しに応えてくれてありがとう。本当にいいんだね? 二人は」

「はい! 私はシオン様について行くと決めました。正直、学園で授業を受けるよりよっぽど有意義です」

「カトラさんに同感ね。私、元から学園には期待していなかったし」

「それならいいんだけど……」


 実はこれから、俺とカトラとアイシスの三人は王都を出る。

 学生のくせに授業をサボるとは何事だ——! と言われそうだが、学園長にはすでに休学届を出している。受理もされたから問題ない。


 どうやって休学届を受理してもらったのか? 無論、正当な理由がないと無理だ。学園はそんなに甘くない。

 しかし、俺には秘密兵器がある。つい最近、俺の元に届いた一枚の手紙だ。手紙にはこう書いてあった。




『シオン・クライハルトをエリシア王国二人目の特級ハンターに任命する』




 と。


 あの爺、マジで国王に推薦しやがった。止める奴はいなかったのか? 王宮にはボンクラしかいないと思われる。


 最初は心底「ふざけんなクソが!」と憤ったが、よくよく考えてみると案外悪くない。特級ハンターとしての地位は使える。

 試しに休学届を学園に提出したところ、驚くほどあっさり受理された。俺はおろか、カトラとアイシスの分まで。


 おかげでこうして面倒で退屈な授業を受けなくて済む。特級ハンターには義務も無いし、国王の命令を拒否する権利まである。


 要するに……俺は自分のしたいことができるってわけだ。

 手始めに、今後とあるイベントが発生するキャロル王国首都へ向かう。そこに、どうしても欲しいアイテムがある。




「——じゃあ、行くか。隣国へ」


 北門の近くにある馬車の乗り合い所を目指して、俺たちは歩き出した。




——————————

【あとがき】

学園編?そんなものは無かった……。

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