第30話

 アイシスと3年生の模擬戦に乱入する。

 まだ試合は終わっていないが、これ以上見ていられない。

 中央に足を踏み入れた俺を見て、3年の男子生徒はにやりと口角を上げた。


「これはこれは、シオン・クライハルト様。どうかしましたか?」

「やりすぎだ」

「やりすぎ? ははは、何を。先輩が後輩に、戦いの厳しさを教えてあげただけでしょう? 何か問題でも?」


 あくまで自分は悪くないと言う男子生徒に、俺は強い苛立ちを覚えた。

 しょうがないな……。

 やれやれ、と首を左右に振ってから俺は言った。


「なら、次は俺に教えてくれよ。戦いの厳しさってやつを」

「へぇ……俺と戦う気になりましたか」


 パチパチパチ、と男子生徒が拍手する。アイシスにはもう興味が無いのか、近くにいる審判役の教員に、


「彼女を保健室へ」


 と告げる。

 待機していた他の教員がアイシスを担いで連れていった。その際、


「シオン……様……私は、まだ……」


 アイシスは俺に向かって右手を伸ばした。まだ自分はやれる、そう言ってるように見えた。

 けど、終わりだ。お前の仇は俺が取ってやる。

 視線を正面の男子生徒に戻す。


「さあ、始めましょうか、シオン様。先手は譲りますよ」

「いらん。お前から来いよ。力の差を見せてやる」

「ッ! ずいぶんと大口を叩きますね……新入生でもトップの成績だから驕っているんですか? 所詮、井の中の蛙ということが——」

「うるせぇよ」


 ぴしゃりと男子生徒の言葉を遮る。


「ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ……怖いのか?」

「このっ!」


 俺の一言に男子生徒はキレる。ぎゅっと木剣を握り締め、力強く地面を蹴った。


「舐めるなよ!」


 男子生徒は木剣を振るう。軌道は上段からの縦斬り。素直な一撃だ。

 やはり、怒りという感情は人の技術をダメにする。先ほど見た時より明らかに動きが雑になっていた。


 しかし、俺はあえて男の攻撃を正面から受ける。武器すら構えない。

 男子生徒の木剣が俺の肩に直撃した。


「ハハハ! 構えもしないとは軟弱な! 骨が砕けたぞ!」


 攻撃が当たって上機嫌に男子生徒は叫ぶ。だが、反対に俺は眉一つ動かさなかった。まるで痛みなど感じていないかのように。

 少しして男子生徒も異常に気づく。


「……ん? なぜ、平然としている。痛くないのか⁉ 骨が砕けているんだぞ⁉」

「バーカ。折れてねぇよ」


 くすりと笑う。そして、男子生徒の木剣を左手で掴んだ。グッと持ち上げる。


「なっ! まだそんな力が……ふんっ!」


 俺の力に対抗しようと、男子生徒がさらに木剣に力を込める。全力なのか、もの凄い顔が真っ赤だ。

 けれど、男子生徒の木剣はそれ以上俺の肩に食い込むことはない。むしろ少しずつ持ち上げられていった。純粋に今の俺のほうが腕力は上ってことになる。


「ぐぅぅぅぅ‼ ど、どうして剣が……!」

「これ以上下がらないのか?」


 不思議に思うだろう。自分は俺より早く生まれてたくさん努力したのだから、当然、俺より強いはずだと。

 その考えは間違っている。

 早く生まれようと遅く生まれようと関係ない。そもそも俺とお前では持ってるモノが違う。


「残念だったな。もう少し早く戦っていたら、いい勝負が出来ていたかもしれないのに」




 『太陽神の加護』。




 今、俺の体には、SS級スキルの効果が反映されている。

 太陽神の加護は陽が出ている間、全パラメータが二倍になる強化バフスキル。現在、俺のステータスはこうなっている。


——————————

名前:シオン・クライハルト

性別:男性

年齢:15歳


レベル:50

体力:40→80

筋力:50→100

敏捷:50→100

魔力:40→80

ステータスポイント:11


武器

『エルフ族の短剣 C』

『ゴルゴンの魔眼 S』

『ガラティーン A(SS)』


スキル

『自然の恵み C』

『亡者の檻 SS』

(コボルトロード)

(ゴルゴン)

(リリン)

(アイトーン)

『太陽神の加護 SS』

——————————


 レベルに換算すると……いや、計算するのも馬鹿らしい。

 とにかく、俺のステータスは男子生徒より圧倒的に上だ。今なら指一本で目の前の男を殺せる。


「く、クソッ! 何か卑怯な真似を——」


 男の言葉は聞き飽きた。野郎と会話しても楽しくない。

 言葉の途中で額にデコピンを喰らわせた。冗談みたいに男子生徒は吹き飛んでいく。何度も地面をバウンドしながら壁に激突し、そのまま意識を失う。


「今のはアイシスの分だ。感謝しろよ、クズ野郎」


 本当はもっと殴ってやりたかったが、太陽神の加護が発動している状態で殴ったら、確実に相手は死ぬ。顔なんて風船みたいに破裂するんじゃないか? パァンッ! って。

 いくらなんでも観客の前で殺害はまずい。だからデコピンで我慢した。


 審判役の教師が唖然としている。試合終了の合図を待たず、俺はくるりと踵を返した。アイシスが運ばれていった保健室に向かう。

 しかし、


「うおおおおおお‼ お前、面白い奴だな‼」


 雄叫びを上げて、観客席のほうから一匹のゴリ……男が飛び出してきた。俺の進行方向を塞ぐ。

 ゴリ……相手は額にバンダナを付けた背丈の高い男。肌は陽に焼けて黒い。服の上からでも分かるほど隆起した筋肉に、歴戦の猛者を感じさせる強者のオーラを纏っていた。

 なんとなく、強いゴリラってのは察する。


「どうだ? 俺のギルドに入らねぇか?」

「ギルド? あんたハンターか」

「おうよ。これでもギルドのサブマスターをやってるんだぜ!」


 無駄に大きな声で答える。


「悪いが、今は友人の見舞いが先だ。それに、ギルドには興味がない」

「そう言うなよ。お前にとって悪い話じゃねぇぜ?」


 にやりと笑って男は話を続ける。

 ギルドのサブマスターともなれば貴族並みに偉いんだろうが、人の話を聞かない態度にイラっとする。


「何度も言わせんなよ、おっさん。友人の様子を見に行きたいんだ」

「俺の話を聞いてからでも遅くねぇだろ」

「…………ハァ」


 こうなったら諦めるしかないな。

 俺は深いため息を零す。それを了承と受け取ったのか、褐色肌の男は、


「よし! じゃあ待遇なんかを決めるぜ」


 とさらに話を進める。

 俺は男の脇腹を狙って蹴りを放った。吸い込まれるように攻撃がヒットする。

 男は盛大に吹き飛んだ。轟音を響かせて壁に埋まる。


「邪魔だ、失せろ」


 小さく吐き捨て、俺は歩き出す。平和的な解決は諦めた。残るは武力。邪魔者は殴るか蹴るかに限るな。


「ま——てえええええええ‼」


 ドガーンッ! と崩れた壁の瓦礫を薙ぎ払って、褐色肌のゴリ男が立ち上がった。


「チッ」


 マジかよ。いくら手加減したとはいえ、あの攻撃を喰らってすぐに立ち上がるとは思わなかった。想像以上にタフだな。

 けど、口から血を流している。おそらく肋骨は折れたはずだ。そんな状態で何をする?

 足を止めて男を睨んだ。男のほうも、ギラギラと闘争本能剥き出しで俺を見つめている。どうやらやる気満々らしい。


「お前の攻撃、すこ~~しだけ響いたぜぇ。おもしれぇ。殴り合いで決めるのも悪くねぇなぁ!」

「人の話を聞け。それか死ね」

「死ぬのはてめぇだ!」


 男は傷ついた状態で動いた。拳を構えて俺に迫る——が、




「この……愚か者‼」




 男の背後から聞こえた大きな声に、サブマスターの男はぴたりと動きを止めた。拳を振り上げた大勢で視線だけを後ろに向ける。


「お……親父……」


 男の視線の先には、老齢の男性が立っていた。白髪に特徴的な白い髭。たぶん、ゲームにも出てくるキャラクターだ。

 老人は顎髭を優しく撫でると、ため息を吐いてから言った。


「まったく……貴様という奴はなぜ人の話を聞かない。シオン殿は興味がないと言っているだろう」

「で、でもよぉ、親父。こいつは天才だ。ウチに入れば、絶対ギルドもこいつも大きくなれるぜ? もったいねぇよ」

「黙れ! そういう話はもっと誠意を見せてするもの。無理やり押しつけてはならんと常々言ってるはずだ! お前はまず頭を冷やせ!」

「うぐっ……すみません……」

「ワシではなくシオン殿に謝れ! 馬鹿者」

「すみませんでしたぁ」


 褐色肌の、俺より背の高い男に涙目で謝られた。なんだかすっかり毒気を抜かれたな。


「分かってくれたならいい。もう一度言うが、俺はギルドに興味はない。じゃ、そういうわけで」


 今度こそアイシスの様子を見に保健室へ。

 しかし、助け船を出してくれた老人が俺を引き止めた。


「待ちたまえ、シオン殿。少しだけ言いたいことがある」

「言いたいこと? なんですか」


 老人相手はさすがに敬語を使う。


「時間は取らせんよ。ただ君のことをハンター協会の会長に伝えておく」

「はぁ」


 それがなんだと言うんだ。

 話はもう終わりでいいですね? と言わんばかりに呆れた表情を作る俺に、老人はとんでもない爆弾を投げつけてきた。




「内容は——特級ハンターへの推薦じゃ」




 …………はい?




——————————

【あとがき】

メイドさんが人気でびっくり。

彼女がネームドキャラクター……ヒロインになる日も近い?

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