第29話
ダンジョン10層の隠しエリアを攻略した。
新たにSS級スキルを得た俺は、そのままダンジョンの10層を攻略することなく学園入学の日を迎える。
「よく似合っていますよ、シオン様」
制服に袖を通した瞬間、無表情のメイドがそう言った。
「お前の顔だと本当かどうかいまいち分からないな……」
「笑ってます」
「嘘吐け」
ぴくりとも表情筋が動いていない。堂々と嘘吐くなメイドのくせに。
「ははっ、いいではないか。実に子供らしくて」
平然と人様のベッドに腰かけている元悪魔の女王リリンも、けらけらと笑いながら俺の服装を褒める。
こいつの場合は完全に馬鹿にしている。間違いない。
「うるせぇよ。送還してやろうか?」
「はいはい。人がせっかく褒めてやったのに、天邪鬼な奴——」
「送還」
問答無用でスキルを解除。リリンの体が霧のように消えた。
「相変わらずリリン様とは仲がよろしいですね」
俺の『亡者の檻』を見たあとでもメイドの表情は変わらなかった。淡々と口を開く。
「それより支度は済んだろ? さっさと学園に行くぞ。遅刻したら父がうるさい」
「畏まりました。馬車の準備はできています」
「ヴィクトーとめりっ……母は?」
「すでに学園へ向かいました」
「チッ、逃げられたか」
どうせなら同じ馬車に乗って永遠に話しかけてやろうと思ってたのに。行動が早い。
「あまりメリッサ様を刺激しないでください。先日、謎の死体が部屋の中に置かれていたばかりですし」
「だからこそやるんだよ。お前は分かってないなぁ」
やれやれ。疲弊しているメリッサを精神的にボコボコにしたほうが楽しいだろ? そんなの、誰だって考える。
半ば呆れる俺に、同じような表情をメイドは作った。
「さすがはシオン様。鬼畜の所業ですね」
「それって褒めてる?」
「全然」
この女……本当にいい性格してるよ。度胸も並みじゃない。
個人的に好きなタイプだから別に構わないけどな。顔も可愛いし。
「お前なぁ。少しくらい主を敬え」
「敬っていますよ。シオン様は私の全てですから」
「もっと可愛く言え」
「シオン様大好き(はーと)」
「……さて、馬車に乗って学園に行くぞ」
「無視ですか」
メイドの隣を通り抜けた瞬間、腕を掴まれた。結構な力である。
「可愛さには色んな種類があると思うぞ。気にするな」
「傷つきました。私は何も訊いていないというのに」
「はいはい。遅刻するから後でな」
メイドを引きずりながら部屋を出る。こうして学校に登校するのはいつぶりか。
少しだけ懐かしい気持ちを抱いた。
▼△▼
馬車に乗って屋敷を出る。
ものの十分ほどで学園に到着した。高位貴族は、学園のそばに屋敷を持っている。大変便利だ。
正門の前で馬車を降りると、近くには新入生の群れが。どいつもこいつも挨拶しながら正面奥の校舎を目指していた。俺もその列に並ぶ。
「——あ! シオン様~!」
「カトラ。おはよう」
後ろから大きな声を上げてカトラが走ってきた。専属のメイドも必死に彼女の背中を追いかけている。
あんまり虐めてやるなよ。
「おはようございます、シオン様。朝からシオン様のお顔が見れて嬉しいです!」
「大袈裟だな。どうせ同じクラスなのに」
毎年王立学園に入学できる生徒は1クラス40人ほど。合格が決まった時点で同じクラスだ。
「大袈裟ではありませんよ。父からもシオン様とは仲良くするよう言われてますし」
「奇遇だな、俺もだ」
つい最近、父から言われた。「ネリウス伯爵令嬢ならびに、フリーデン侯爵令嬢とは仲良くしろ」と。どう考えても未来の嫁候補だ。
カトラもアイシスも可愛いから困っちゃうね。あーもう本当に困っちゃうなぁ。
「では、これまで通り仲良くしましょうね、シオン様。ダンジョンもまた一緒に行きたいです」
「当然。カトラには期待してるよ」
「はい!」
「——その話、私も混ぜてくれない?」
ザッ、と靴音を鳴らして俺たちの前にフリーデン侯爵令嬢……アイシスが現れた。
方向から察するに、一度校舎に入った上でこちらに来たのか。
「おはようございます、アイシス様」
俺、カトラの順番で挨拶する。彼女もまたぺこりと頭を下げて挨拶を返した。
「おはようございます、シオン様、カトラさん。何やら興味深い話をしていたわね」
「興味深い……ダンジョンのことですか?」
「ええ。私もダンジョンに潜るの。シオン様たちは仲良く二人で?」
「はい。人数が増えると経験値も減りますから」
そこはゲームと同じだ。魔物を倒した際、倒していない者にも経験値が入る。あくまで近くにいれば、だが。
「確かに……シオン様とカトラさんの二人なら、少数でも問題なくレベルを上げられるでしょうね」
「早く強くなりたいなら効率が大事ですよ。アイシス様もよかったら——」
言葉の途中で鐘が鳴り響く。予鈴だ。そろそろ教室に向かわないと遅刻する。
話の途中だったが、
「おっと……雑談に花を咲かせている暇ではありませんね」
そう言って俺は、カトラ、アイシスの二人と共に校舎の中へ。二階にある教室に向かった。
学園生活初日は、主に連絡事項を聞いて終わる。授業は無い。
教壇に立った男性教師が、明日からの予定を簡潔に説明してくれる。
しかし、最後に面白い話を切り出した。
「……というわけで、話は以上だ。全員、訓練場のほうへ移動したまえ」
「訓練場?」
生徒の一人が首を傾げてオウム返しする。
教師の男性はこくりと頷いて答えた。
「これから、毎年恒例の模擬戦が行われる。新入生対上級生だな」
「先輩方と戦うんですか⁉」
「なあに、最初から勝てるとは誰も思っていないさ。胸を借りるつもりで挑め。ギルドに所属してるハンターや、多くの教員も観戦しに来るぞ。ギルドの連中は将来的なスカウト目的だがな」
ハハハ、と陽気に男性教師は笑う。だが、生徒たちは笑っていなかった。というか笑えない。
ギルドとはハンター個人が設立した組織のこと。国が作ったハンター協会よりも自由が利く。ファンタジーものでは定番だな。
そんな、現役で魔物と戦っている連中まで自分たちの戦いを見に来ると言われたら、ほとんどの者は委縮するに決まっている。
俺は興味が無いので気にもしないが。
「シオン様は色んなギルドの方からスカウトされるかもしれませんね」
「王都を救った英雄様だもの」
話を聞いていたカトラとアイシスがからかってくる。
俺は首を横に振った。
「どうでもいいさ、ギルドなんて。それよりダンジョンの話をするほうが有意義だ」
組織に所属するなんてまっぴらだ。俺が作るならともかく、拘束も指示もされたくない。
「シオン様はブレませんね」
「そういうところが魅力的なんですが」
アイシスがわざとらしく頬を赤く染めて言った。直後、
「は?」
「あ?」
カトラとアイシスが地の底から響くような声を発して睨み合う。
悪いんだけど俺を間に挟んで喧嘩するのやめない? 超怖い。
バチバチと二人の間には火花が散っていた。俺は深くは考えずに席を立つ。
「ほら、みんな訓練場に向かってるぞ」
俺が歩き出すと、二人は喧嘩をやめてついて来た。これがモテ期ってやつか?
▼△▼
場所を移して訓練場。
男性教師の言う通り、訓練場には多くの生徒や大人が集まっていた。
細かいルールなどは無い。よくある普通の決闘スタイルで試合が行われていく。
さすがに一年以上早く入学しただけあって、新入生たちは悉く2、3年の先輩たちに蹂躙されていった。
たまに、「そこまでやらなくてもいいだろ」と思えるほど暴力的な輩もいたが、審判や教師陣が控えているため今のところ重傷者は出ていない。
俺はクラスメイトたちがボコられるのを眺めるだけだったが、とうとう順番が回ってくる。
「シオン・クライハルト様。俺と戦いましょう!」
訓練場の中央に立った3年生と思われる男子生徒が、木剣の切っ先をこちらに向けて叫んだ。ご指名である。
「……棄権します」
「なにっ⁉」
わざわざ指名してくれたのは嬉しいが、戦うメリットが無い。何より、今の俺はあまりにも強すぎる。下手をすると彼を殺してしまう。だから棄権した。
「逃げるというのですか!」
「何とでも言ってくれ。戦う気はない」
「くっ!」
俺を指名した男子生徒は、顔を真っ赤にして苛立っていた。俺からの善意だというのに。
「なら、私がシオン様の代わりに戦うわ。いい加減、見ているだけなのは飽きてきたし」
そう言って立ち上がったのは、俺の左隣に座っていたアイシス。彼女の宣言に、男子生徒は凶悪な笑みを浮かべた。
「おお! アイシス様が戦ってくれるのでしたら俺は構いませんよ。よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
アイシスが中央に向かう。互いに木剣を構え、スキルありの真剣勝負が始まった。
デカい口を叩くだけあって、3年生はなかなか強い。少なくともレベルと技術ではアイシスを上回っていた。
土属性の魔法系スキルを持っているため、氷を操るアイシスは攻めあぐねる。片や男子生徒のほうはほぼ一方的にアイシスを攻撃した。
試合は圧倒的3年生有利。防戦一方のアイシスは徐々に傷を増やしていく。
気になるのは、相手の男子生徒がわざと試合を長引かせているという点。あの野郎、わざとアイシスを甚振ってる。
カッコいいところを見せつけているのか、俺に対する挑発なのか……もっと早く終わらせられるだろうに、アイシスをズタボロにして楽しんでいた。
少しだけ……不愉快だな。
「ハァ……」
俺は深くため息を吐く。
「シオン様?」
カトラが俺の違和感に気づくが、その時にはもう彼女の隣にいなかった。
中央で尻餅を突き倒れるアイシスの前に移動する。彼女を守るように、男子生徒の前に立ちはだかった。
「調子に乗りすぎだ」
——————————
【あとがき】
久しぶりにメイド登場。
彼女は名前すら決めていないモブです(笑)。
そして次回、太陽神の加護が……?
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