第8話
【近くにコボルトロードの死体があります。スキル『亡者の檻』を使って魂を回収しますか?】
ピコン、という電子音に次いで表示されたシステムメッセージ。それを見た瞬間、俺の思考が驚愕で埋まる。
イデア・オンラインでも最上級のSSスキル『亡者の檻』は、倒した魔物を自らの配下に加える死霊術の一種。
単騎で軍勢を率いることができるため非常に強力なスキルだが、ゲームだった頃は幾つか従えられる魔物に条件があった。その中の一つが、「ボス級の魔物を従えることはできない」というもの。
これはボス級の魔物を従えることができたら強すぎるからだ。しかし、転生したこの世界ではその弱点が無い。
俺はたまらず無意識に口角を上げていた。
「シオン様?」
隣でカトラが困惑している。俺はハッと意識を現実に引き戻した。
「あ……悪い、カトラ。ちょっと考え事をしてた」
「私は別に構いませんが……」
「おい! 俺の話を聞いてんのか!」
ちらりとカトラが前方を見た瞬間、茶髪の男性が叫んだ。
そういやPK集団に絡まれてるんだったな。スキルの効果が強化されててそれどころじゃなかった。
けど、まあ、あれだ。ククク。ちょうどいい。
「さっさとアイテムを寄越せ! じゃなきゃ殺す」
「逃げましょう、シオン様。危険です」
「大丈夫だよ、カトラ」
服を引っ張る彼女の手にソッと自らの右手を重ねる。
「今から面白いものを見せてやる」
「面白い……もの?」
呆然とする彼女の手を離し、くるりと踵を返して倒れたままのボスの下へ近づいた。
「なっ! 逃げるつもりか!」
「逃がすわけないだろ!」
PK集団の内ふたりの男性たちが走ってくる。そいつらに俺は告げた。
「逃げるわけねぇだろ。お前らみたいな雑魚、何度も倒してきてんだよ」
前世でもPKはよくあった。俺からしたら単なる日常だ。
たまにPK集団を友人たちと囲んでボコったこともあったな。今回も、あの時みたいにキツいお仕置きをしてやる。
「さあ……見せてくれ、新たな可能性を」
男たちが俺の下へ辿り着くより先に、右手がコボルトロードの死体に触れる。そして、
「——亡者の檻」
スキル名を呟いた。直後、俺の体から黒い魔力のようなものが漏れる。
向かってきていた男たちは、その魔力を見てぴたりと動きを止めた。
「な、何してやがる」
「ククク……まあ待てよ。すぐに見せてやるから」
コボルトロードの魂をスキルで回収。その魂に魔力で作られた仮初の肉体を与える。すると、
「グルアアアアッ!」
ビリビリと雄叫びを響かせて、俺が倒したコボルトロードが復活する。
「こ、コボルトロード? どうして……復活が早すぎる!」
「ただの復活じゃねぇよ。俺のスキルで蘇らせた。忠実な下僕ってところか」
コボルトロードが俺の目の前に移動する。まるで俺を守るように。
「スキルで蘇らせた……だと?」
「ありえない! そんなスキルが存在するわけ……」
「信じようが信じまいがどうでもいいさ。どうせお前らはここで殺す」
ああ、どうなんだろうな。魔物を従える俺は、あいつらにどう映っているんだろうな?
差し詰め、勇者の前に立ちはだかる魔王といったところか。いいね、最高にクールだ。
「ゆ、許して……許して、くれ……」
「断る」
ぷるぷると小鹿みたいに足を震わせながら男たちは下がり始めた。
「これまで沢山の人を襲って殺してきたんだろ? 相手が自分たちより強かったら許してもらおうなんて甘すぎる」
ボスに俺とカトラ。この過剰戦力の前では連中は無力だ。そもそも何の準備も無しにボスと戦うことが恐ろしいはず。
俺はにやりと笑って、奴らに死刑宣告を告げた。
「行け、コボルトロード。あの三人を——殺せ」
「グルアアアアア!」
空気を震わせるほどの叫び声を上げ、コボルトロードが走る。
自らの死体から回収した武器を手に、圧倒的な殺意を目の前の三人組に向けた。
PK集団は散々泣き喚き、許しを乞いながらも必死に剣を振る。スキルを使い、どうにか逃げ出そうとしたが……やがて、彼らの声は消え、ダンジョン内に静寂が戻る。
「グルッ」
三人のハンターを惨殺したコボルトロードが、三人分の死体を持って俺の前に傅く。
「上出来だ、お疲れさん」
「グルルッ。グル」
何か話しているんだろうがコボルト語は分からん。手にした死体を地面に置き、俺に献上……してる?
「まさかとは思うが、俺にくれるのか?」
「グルッ」
コボルトロードは頷いた。
「いらん。臭いしばっちい。そんなもの捨てなさい」
「グルッ⁉ ガルルル!」
「あ? そんな捨て猫拾って来た小学生みたいな顔してもダメだ。元の場所に戻してきなさい」
なんで俺はオカンみたいなこと言ってんだろう。だが本当にいらない。切断された死体とかグチャグチャに潰された死体とか何に使うんだよ……。
あ、アイテムや装備は奪わないと。そう思った時には遅かった。
「グルゥ……」
心底残念そうに死体を再び掴むと、コボルトロードは適当に死体を周りにぶん投げた。意外と乱暴だなおい。
まあいい。それより、
「カトラ」
少し離れたところで全てを見ていた彼女に声をかける。
カトラはびくりと肩を震わせた。
「嫌なもの見せて悪かったな。最悪な気分だろ」
「い、いいえ……しょうがないことだとは分かっています」
「それでも胸糞悪いもんだ、普通は」
人の死に忌避感を示すことはおかしくない。むしろ嬉々として彼らを殺した俺のほうが頭おかしい。
「確かに気分がいいとは言えませんが、シオン様の判断は正しいです。別に怖いなどとは思っていませんよ」
そう言ってカトラが俺に近づいてくる。華奢な手で俺の手を握ってくれた。
「……そうか。よかった」
俺はホッと胸を撫で下ろし、最後に、
「——じゃあ、倒した連中からアイテムを剥ぎ取ろう。あの様子じゃ装備のほうには期待できないだろうけどな」
「え?」
俺の言葉にカトラが呆けた。
敵を倒したら戦利品を貰うのは当然のことだ。カトラが怖がってないならパパっと回収しないとな!
ホクホク笑顔で死体を漁る俺に、しばらくカトラは何も言葉をかけてはくれなかった。
▼△▼
ダンジョン第二層へ続く螺旋階段を下りきると、二層の入り口に大きなクリスタルの浮かぶ祭壇が設置してあった。
ダンジョン内を転移できる特殊なアイテムだ。それを使ってカトラと共に地上へ戻る。
「んー! そこそこ長くダンジョンの中にいたな。あのPK野郎共のせいで」
まだ夕陽にもなっていない日差しの下、俺はグッと背筋を伸ばして呟いた。
「この後はどうしますか?」
「手に入れた魔物の素材をハンター協会で売って帰ろう。ゆっくり休みたい気分だ」
「分かりました」
異論もなく話は進む。
俺とカトラは持ち帰った素材を売り、儲けを半々にしてそれぞれの帰路に就く。
同じ人間が死ぬ現場を見たのだ、彼女のメンタルケアが必要だろう。俺ってば気の利く男だな。一番カトラが絶句していたのは、俺が死体を漁っているところだった気もするが。
「レベルも上がったし、タダでポーションは手に入ったし、スキルの性能も知れて最高の一日だったな」
カトラの好感度もそこそこ稼げたと思う。俺を見る彼女の目は、敬意と信頼に溢れていた。
内心スキップしたい気持ちを抑えながらクライハルト侯爵邸へ戻る。すると、偶然ロビーで鉢合わせた父の専属執事が俺に短く言った。
「シオン様、当主様がお呼びです」
ん? 父が俺を?
……ああ、なんとなく用件は察しがつく。ヴィクトーをぶん殴った件だろうな。
昨日のことだし、そろそろ耳に入って何か言ってくると思っていた。
ちょうどいいし、成長した俺の姿を見せてやるか。ククク。
にやりと口角を持ち上げ、言われた通りに俺は父がいる書斎へ向かった。
——————————
【あとがき】
主人公のシオンくんは敵に対して容赦しません。温かく見守ってください。
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