第2話

 部屋にシオンの兄・ヴィクトーが入って来た。

 逆立つ赤毛に、たっぷりと熱量の籠った同色の瞳が嫌な記憶をフラッシュバックさせる。


「ヴィクトー……」


 ぶるりと肩を震わせた。


 シオンの記憶によると、こいつはいつもシオンを見下し暴力を振るっていた。クソ野郎だな。

 その影響か、この体は自然にヴィクトーを恐れた。


「また俺に殴られたいのか? 少しは静かにしてろよ。何の役にも立たない無能なんだからさ」


 にやり、とヴィクトーの口角が吊り上がる。ひしひしと嘲笑が伝わってきた。


「ッ」


 イラッとする。


 シオンの本能はヴィクトーを恐れているが、俺という人格はこいつをただただ嫌っていた。恐れることはない。

 徐々に俺の自我がシオンの本能を抑えつけ、


「うるせぇよ」


 低い声を漏らした。

 今度はヴィクトーが肩を揺らす。


「な……なんだと? 今、俺に向かって『うるせぇ』って言ったのか?」

「だったらなんだ? お優しいママにでも泣きつくか? 馬鹿にされた~って」

「くっ! 俺はママなんて呼んだことねぇだろ!」

「よく寝言で言ってるぞ」

「嘘だろ⁉」

「嘘だな」


 別々の部屋なのにお前の寝言を知ってるわけねぇだろ。


 こいつは側室の子である俺とは違い、正妻メリッサ・クライハルトの子供だ。父は同じでも母は違う。だからこんなにも俺に高圧的な態度で接してくる。


「て、てめぇ……! 何の才能もない、ビクビク怯えるだけの穢れた血が、俺をからかいやがったな⁉」


 短気な奴だ。顔を真っ赤にして拳を握り締めた。

 一歩前に踏み出し、固めた右手を振るう。


 俺は冷静にヴィクトーの攻撃を見切った。

 スッと狙いである顔を斜め左に傾け、奴のパンチをかわす。PVP世界最強だった頃の記憶が脳に染みついている。


「このっ!」


 避けられるとは思っていなかったのか、ヴィクトーは腕を引いて再度拳を打ち込もうとした。

 しかし、それより先に俺が動く。


「遅せぇよ」


 カウンター気味に俺の右拳がヴィクトーの左頬を捉えた。


「ぐひゃ⁉」


 奇妙な声を発してヴィクトーが後ろに倒れる。

 盛大に鼻血を噴いて床に転がった。ジタバタと左頬を押さえながら叫ぶ。


「い、痛てええぇぇぇえええ! 痛てぇよおおおぉぉ!」


 15歳の男が無様に泣き喚いていた。

 ちょっと一発殴られただけじゃん。大袈裟すぎ。


「ったく。お前のみっともない声を聞いてると頭痛がしてくる」


 ごろごろ床を転がるヴィクトーに近づき、首根っこを掴む。引きって部屋を出た。


「は、はなっ、離せっ!」

「はいはい」


 言われた通りに離す。というか廊下にぶん投げる。


「いいかヴィクトー、よく聞け。ぶっちゃけ俺はお前に興味がない。殴る分にはスッキリするが、大人しく隅で縮こまってるならこれ以上は何もしないでやるよ」


 いずれシオンが受けてきた責め苦を十倍にして返す。が、今はそんなことしてる場合じゃない。俺にはやらなきゃいけないことがある。


「肝に銘じろ。俺に関わるな」


 睨み、それだけ言って俺は踵を返した。

 部屋には戻らず、シオンの記憶を頼りにクライハルト侯爵家の倉庫へ向かう。そこで武器を探し、早速、王都ウィレムの『ダンジョン』へ潜りに行く——。




▼△▼




 クライハルト侯爵邸を飛び出す。

 右手には、倉庫から勝手に拝借した短剣が握られていた。


短剣これくらいならみんな許してくれるだろ」


 クライハルト侯爵家のものは次男である俺の物。俺の物は俺の物。つまりはそういうことだ。うんうん。


 タッタッタッと真っ直ぐに王都の中心を目指す。そこにこの街のダンジョンの入り口がある。


 通りを行き交う人たちの横をするりするりと抜けて、しばらく走った先にゲームで見慣れた大きな建物を発見する。

 あれは『ハンター協会』。

 ダンジョンの上に建てられた、ダンジョンやそこに潜る『ハンター』と呼ばれる者たちを管理する場所だ。


 重圧な木製の二枚扉を押して開ける。中に入ると、様々な装いに身を包んだ男女と、大きな声を発して接客する従業員たちの姿が視界いっぱいに映った。


「すげぇ! ムキムキのゴリラにローブ姿の不審者、それと、どう見たって防御力ゼロの痴女までいる」


 目をキラキラさせて俺は感動した。これぞ異世界、と言わんばかりに。

 周りをきょろきょろ見渡しながら受付へ向かう。


 まずは受付でハンター登録を行う。ハンターになるには12歳以上でなきゃいけない。今のシオンこと俺は15歳だから平気だ。

 美人の受付嬢に一枚の紙とペンを手渡され、そこに個人情報を書き記していく。

 受付嬢は俺が貴族子息だと分かると、「なんで貴族がハンターなんかに?」という風に首を傾げていた。


 どうやらこの世界では、貴族はあまりハンターにはならないらしい。そういえばヴィクトーも、スキルはあるがハンターじゃないな。イデア・オンラインの設定だと、貴族でもいずれ魔物と戦うことになるはずだが……まあどうでもいいか。


「……はい、書類を確認しました。漏れはありません。ハンター用のライセンスを発行しますのでもう少々お待ちください」


 必要事項を記入し終わると、およそ十分ほどで受付嬢が奥の部屋から戻ってくる。手には一枚の小さなカードが。

 『ハンターライセンス』だ。

 これがないとダンジョンに入ることができない。身分を証明する物でもあるため所持しておけば便利だ。


「ありがとうございます」


 受付嬢からライセンスを受け取り、奇異の視線を受けながらも急いで奥にある巨大な穴に走った。

 穴には綺麗な石造りの螺旋階段が。そこを下りていくと、王都のダンジョン第一層——森林エリアが見えてくる。


「おー! 久しぶりの第一層だ」


 森林エリアに足を踏み入れる。

 俺が世界1位になってからまったく立ち入ることのなかった始まりのフロア。酷く懐かしい気がする。


「ひとまず魔物を狩って準備運動するか。を倒すために」


 実は第一層には隠しエリアがある。そこを守る門番的な魔物を倒すべく俺は急いでここに来た。

 確かめたいこともあるしな。


「ククク。さあモンスター共……経験値をよこせぇ!」


 ひゃっはー! と勢いよく地面を蹴って索敵を始める。見つけた魔物は片っ端から駆逐だ。

 魔物からすれば俺のほうが化け物だろうな。




 道中の雑魚を十体ほど倒して一息つく。


 もしかしてゲームの頃と同じようにイデア・オンラインのシステムが使えるのでは? と遅かれながら気づいた俺は、周りに誰もいないことを確認してから小さく「メニュー」と呟いてみた。

 結果、予想通りメニュー画面が目の前に表示される。


「いいね。これがなきゃ、レベルの確認やインベントリが使えなくて不便だったわ」


 とりあえず『ステータス画面』を選択して開く。


——————————

名前:シオン・クライハルト

性別:男性

年齢:15歳


レベル:3

体力:1

筋力:1

敏捷:1

魔力:1

ステータスポイント:6


武器

『短剣 E』


スキル

無し

——————————


「幸先いいな」


 相手の行動パターンを全て記憶しているため、特に初期値でも魔物との戦闘で苦戦することはない。

 これならあいつも今のステータスで倒せるだろ。

 充分にウォーミングアップできたと判断し、俺は第一層の隠しエリアに——、




「きゃあああッ!」




 足を向ける前に、遠くから大きな女性の悲鳴が聞こえてきた。


 他のハンターか。もしかしなくてもピンチっぽいな。

 迷うことなく声のしたほうへ走る。

 女性を助けるハンター。なんて甘美な響きだ。男の子なら誰だって憧れるよな?




——————————

【あとがき】

いずれ説明されると思いますが、一応。武器の横に書いてある「E」は武器のランクを示しています。ただの短剣なのでランクは一番下ですね(一番上はSS)。

※追記

本文にて説明を省いてしまったステータスの説明。


体力→生命力。肉体としての強さや耐性を示す。

筋力→という名の腕力。パンチはいいぞぉ。

敏捷→足の速さ、攻撃速度、動体視力。超大事。

魔力→魔力の総量。スキルの攻撃力上昇などなど。

※ステータスは人間の強さを示すものではなく、あくまで補正値。レベルが1なら赤ちゃんでも大人でも数値は同じ1。ステータスだけに頼らず体を鍛えたほうが強くなる(ただし魔力は関係ない)。

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