侯爵家の落ちこぼれに転生した俺は、元世界ランキング1位の最強プレイヤー

反面教師@6シリーズ書籍化予定!

第1話

 目の前に満天の星が広がっていた。


「相変わらずこの世界は綺麗だな」


 俺がぽつりと夜空を仰ぎながら呟くと、隣に座った銀髪の女性が答える。


「仮想空間とは思えないほどにね。……それも、今日までだけど」


 彼女の台詞にしんみりとした空気が流れる。

 俺は胸を刺すような痛みに思わず吐露してしまう。


「……嫌だな。もっともっと、このイデア・オンラインの世界を堪能したかった」

「ええ、そうね。私も。結局、あなたには一度も勝てなかったし」

「世界ランキング2位じゃ不満か?」

「あなたが私の立場だったら?」

「悔しくて悔しくて胸をかき毟って床を転がる」

「そこまでしなくても……」


 ドン引きである。


「まあ要するにそういうことよ」

「お前も床を転がるのか」

「転がらない」

「転がらないのか……」

「なんでちょっと残念そうなのよ」

「別に~。でも気持ちはよく分かった」


 納得する。納得して、くすりと笑った。


「あと五分だな」

「本当にもうゲームはやめるの?」

「やめるよ。俺にとってイデア・オンラインは特別だったから」


 このゲームに代わるものは無い。それに、仕事もしなきゃ。


「……なら、私は——」


 彼女が何かを言おうとして、けたたましい金属音に遮られる。

 リリリリリ、と世界中に鳴り響くそれは、VRMMORPG『イデア・オンライン』のサービス終了を表していた。


「時間か」


 ぴったりになる前に落ちろという運営からのお達し。

 俺も彼女も同時に立ち上がった。


「じゃあな、アスカ。さよなら」


 俺は泣きそうな気持ちをぐっと堪えてメニュー画面を開く。

 同じく泣きそうな顔を堪えているアスカの表情を見つめながら……ログアウトボタンをタップした。直後、視界が暗転する。

 不思議な浮遊感を味わいながら、これまでの人生を振り返った。


「楽しかったな」


 十年前、イデア・オンラインが正式サービスを開始した当時から俺はゲームをプレイしていた。

 十年もの間、ずっとPVP世界ランキング1位に輝いていた。

 俺がこの世界では最強だった。伝説であり、超えられない壁として君臨していたのだ。


 しかし、それも過去の話。

 全てのデータが消える。過去の栄光も風化していく。

 何もない暗闇の中、最後に俺は、か細い声を残した。


「まだ、イデア・オンラインで遊びたかったよ……」


 その言葉を最後に、俺の意識は途切れた——。




▼△▼




 目を覚ますと、見慣れぬ天井が視界に映る。


「…………」


 内心、ここはどこだ? と首を傾げた。

 窓から差し込む明かりが部屋全体を照らしている。おかげで鮮明に部屋中が見えるが……。


「俺の部屋じゃない?」


 起き上がって早々、そんな感想が漏れた。

 まず俺のアパートの天井は白だ。ベージュじゃない。それに木目も入っていないし、壁の色が赤くもない。天井と同じ白色だった。


「どうなってる……俺は昨日、最後に何を……」


 右手で頭を押さえながら記憶を漁った。直後に全てを思い出す。

 大好きだったイデア・オンラインのサービス終了。そして——


「え?」


 思い出した途端、俺はびくりと肩を震わせた。

 だってだって、その記憶の中には……イデア・オンラインに該当するものが幾つもあった。慌ててベッドから降りる。


「ぐえっ」


 足がもつれて落ちた。潰れたカエルみたいな声が出る。

 わずかな痛みに顔をしかめながらも立ち上がると、部屋の中に置いてあった鏡を覗く。

 鏡面には俺の顔が映し出されていた。


 否。記憶にあるシオンという少年の顔が、と言うべきか。どうやらそれが『今の』俺の顔らしい。

 要するに……あれだ。異世界転生したって話。




「えええええええ⁉」




 ぎょえええええ⁉ と我慢ならずに発狂する。

 鏡に映る男も発狂していた。軽いホラーである。


 だが、同じ動きをしているってことは間違いない。やっぱり俺は、イデア・オンラインの世界に転生したってことになる。

 そうとしか思えない記憶が脳裏をよぎり、この体の感覚も限りなくリアルだった。


「な……なんで俺がイデア・オンラインの世界に?」


 神様からのプレゼント? 十年もの間、遊んでくれてありがとうってこと?

 人生最大の転機に、自然と俺の頬は緩んでいた。心臓がはち切れんばかりに高速で鼓動を刻み、次いで、拳を握り締めて叫ぶ。


「ッ! しゃああああっ‼」


 やった! やったやったやった‼

 理由は不明だが、俺はラノベでよくある異世界転生を果たした。それも、大好きだったゲームの世界に!

 何度もそれを噛み締めるように鏡を見つめ、にへら、と汚い笑みを浮かべる。


「へへへへ……全てが終わったあとでまたこの世界を堪能できるのか? 知識も何もかも持った状態で」


 強くてニューゲームだな。イデア・オンライン十年分の記憶が俺の中にある。


「そうと決まれば話は早い」


 やるべきことは決まった。


「もう一度、俺は世界最強になる。誰にも負けない伝説になるんだ!」


 にやりと笑って宣言した。他でもない、自分自身に。

 ……あ、興奮しすぎて鼻血出てきた。ふきふき。


「けど、どうもシオンの奴——」


 ガチャッ。

 急に部屋の扉が開いた。男がひとり入って来る。


「おい、さっきからぎゃあぎゃあうるさいぞ、落ちこぼれ! 廊下にまで声が漏れてる」


 見覚えのある顔だ。シオンの記憶によると……ヴィクトー・クライハルト。




 シオンこと俺の実の兄だ。性格最悪のな。




——————————

【あとがき】

反面教師の新作。

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