第3話
第一層の隠しエリアに向かう前、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
最強に憧れる男の子としては、前世で30手前だったとしても、困ってる女性を助けるのは一種のロマンだ。
おっさんのくせに何を言ってるんだ? と思われるかもしれないが、おっさんだってカッコいいところを美少女に見せつけたい。
そんな思いを胸に走っていると、やがて複数の魔物に囲まれる金髪の美少女を発見する。
さすが異世界! 俺の顔も結構イケメンだったが、女性のクオリティも恐ろしく高い。
ハンター協会や街中で出会った人たちがそうであったように、俺の期待を絶対に裏切らない。
「大丈夫か?」
俺は短剣を構えて颯爽と金髪美少女の前に姿を晒す。
敵はゴブリンやスライムといった低級の雑魚ばかり。角ウサギとかどうやって苦戦するんだよってレベルだが、事前情報がなきゃ五体以上に囲まれるとかなり絶望的ではあるな。
「あ、あなたは……」
腰を地面につけて倒れた金髪美少女が、こちらを見上げてか細い声を出す。
「通りすがりのハンターさ」
くぅ! これこれ。イキりすぎない程度にカッコつけるのが最高にクールなんだよ。
あとは襲いかかってくる魔物を圧倒的な力で捻じ伏せればいい。
高揚する心に従って、俺は汚い声を上げる魔物たちを次々に短剣で刺し、斬り、貫いた。
あっという間に魔物たちは全滅する。
「殲滅完了、と」
短剣を鞘に納める。くるりと振り返った。
「危なかったですね。怪我はありませんか?」
ニコニコとあくまで爽やかに話しかける。
「あ、いえ……ちょっと足を斬られたくらいです。あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」
金髪碧眼の美少女は、女性らしい高めの声でそう言うと頭を下げた。
よく見ると、確かに彼女の右太ももが小さく斬れている。血の量は少ないため軽傷だ。でもちょっと肌が見えすぎててエロい。
「それほどでも。立てますか?」
よかったら背負っていきますよ。いえいえ、決して胸が背中に当たるとかそういう邪な考えなどありませんとも。はい。
「ポーションがあるので大丈夫です」
懐のポーチから小さな瓶を取り出す。
「チッ」
思わず俺は舌打ちした。おっぱ……じゃなくて、恩を着せることに失敗したな。
あれはイデア・オンラインのNPCショップでならどこにでも売ってる低級ポーション。中の緑色の液体を飲むことで体力を少量回復できる。
ちなみにポーションの味は緑茶だ。意味は特にないと思われる。
ごくごくと金髪碧眼の美少女が回復薬を一気飲みする。
途端に彼女の右太ももの斬り傷が治った。かすり傷くらいならあれで治るのね。
「改めまして、危険なところを助けていただきありがとうございます。私はカトラ。カトラ・ネリウスと申します」
「ネリウス?」
その名前に聞き覚えがあった。
俺の記憶じゃない。シオンのほうだ。
「ネリウス伯爵令嬢?」
「ご存じでしたか」
「かの名高き伯爵家の令嬢がなんでダンジョンなんかに……」
古い歴史を持つ名門じゃん、ネリウス伯爵家と言えば。
「私の母、ネリウス伯爵夫人が元ハンターなんです。その姿に憧れまして」
えへへ、とどこか気恥しそうにカトラは頬を赤くしながら笑った。可愛いなおい。
「なるほど。……あ、俺はシオンと言います。シオン・クライハルト」
「クライハルト? し、シオン様はクライハルト侯爵家の?」
「そうですよ。落ちこぼれと有名な」
これは兄ヴィクトーと正妻メリッサが広めた噂だ。
クライハルト侯爵家の次男シオンは、剣術の才能もスキルも何も持っていない無能である、と。
貴族ならほぼ誰でも知ってることだ。
「そんな……あれだけの魔物をたった一人で、しかもただの短剣で圧倒するほどの人が落ちこぼれ?」
カトラは怪訝な表情で俺を見つめた。信じられない気持ちはよく分かる。だが、実際に前世の記憶を思い出す? 前のシオンは、正真正銘の無能だった。
先ほど魔物たちを蹂躙した力も、相手の動きを全て知っているからこそできる芸当だしな。
「ま、ウチには色々あるんですよ。複雑な事情がね」
適当に彼女の疑問を煙に巻く。
「それより、歩けるならせっかくですし、一緒に隠しエリアに行きません?」
「隠しエリア?」
あれ? 知らない感じか?
普通に攻略していれば見つけるほうが難しい隠しエリア。第一層はそうでもないんだが……カトラの反応は本気で知らないっぽい。
ならばチャーンス。
「ええ。この先に面白い場所があるんですよ」
ククク。またしても彼女にアピールできそうだ。カッコいいところを。
美少女には何度カッコつけてもいいんだから。
首を傾げるカトラに右手を差し出す。
「案内しましょう」
▼△▼
カトラを連れてダンジョンの東側へ向かう。
ボスがいるエリアからだいぶ離れた。魔物を倒しながら蔦に覆われた一帯に足を踏み入れる。
「あのー……ここには何もありませんよ?」
後ろに並ぶカトラが小さく言った。
「そうですね。一見何もないのが怪しいんですよ」
ここはダンジョンだ。基本的に何かあるのが普通。無いほうが異常というのが前世での常識だった。
鬱陶しい蔓の群れをザクザク短剣で斬っていく。
少しずつ前に進んでいくと、やがてひらけた一帯に辿り着く。
「あれ? 奥に道が」
「ここが隠しエリアですよ。ほら、あそこに魔物もいる」
俺がびしりと前方を指差す。
円状に切り取られたかのような広い空間の中央に、切り株に座った肌の黒い男が一人。
「あ、あれは……まさかエルフ⁉」
カトラはすぐに魔物の特徴に気づく。
紫に近い黒い肌も目を引くが、何よりも特徴的だったのはその耳。長い耳はイデア・オンラインにおいてエルフ族の特徴の一つ。
「あれはダークエルフ。この隠しエリアを守っている番人みたいなもんですね」
「ダークエルフ……す、凄く強そうですが……」
「普通に戦ったらまず勝てませんね」
「えぇ⁉」
カトラが驚く。
だってあいつ、レベルが低くてスキルが使えないって弱体化を受けてはいるが、元は中級クラスのダンジョンで出てくる魔物だからね。第一層を攻略している人間じゃ普通にぶち殺される。
でも俺は例外だ。
「だ、大丈夫なんですか?」
「余裕ですよ。そこで見ていてください」
短剣を握り締めて俺だけ前に進む。
エリアに侵入した俺を見て、ダークエルフの男が切り株から立ち上がった。敵もまた短剣を持っている。
「さあて……久しぶりに楽しめるかな?」
俺は一度足を止める。腰を低く落とし、短剣を構えた。敵もそれに倣う。
お互いに見つめ合う。時間がわずかに経過し、ほぼ同時に地面を蹴った。
肉薄する。
「ッ」
鋭いダークエルフの突き技を
次に繰り出されるのは薙ぎ払いだ。予測し、俺は体を沈めた。
頭上をダークエルフの短剣が通りすぎる。その間に、俺は短剣を素早く振った。
ダークエルフの脚にダメージが刻まれる。体勢が崩れるが、それでもダークエルフは短剣を振り上げた。
半身になって避ける。ガラ空きの脇腹に短剣を刺した。
「全部分かるよ。お前の動きは」
どうやってコンボを繋げるのか。どうやって攻撃を避けようとするのか。どういう意図で距離を取って詰めてくるのか。全部全部、俺はよーく知っている。
ダークエルフの攻撃は俺の服を掠める程度で一向に体力を削れない。片や俺の攻撃は一度も外れることがなかった。
順調だ。しいて言うなら筋力パラメータが低すぎてろくにダメージが通らない。
これは長期戦になりそうだ。
そう思った俺の体を、薄い黄金色の光が覆った。
「!」
驚き、やや強くバックステップして、戦いそのものを回避した。
「これは……」
力が湧いてくる。たぶん、強化系のスキルだ。
ちらりと背後に視線だけ送ると、
「私のスキル『聖域』です。今、シオン様のステータスを強化しました」
端的にカトラが説明してくれる。俺は目を見開いた。
「聖域!」
それって希少な浄化の力を持った範囲補助スキルじゃないか!
めちゃくちゃレアだぞ。しかも、俺の頭の片隅にあった検証したいことリストのトップに必要な能力でもある。
やべぇ、ダークエルフより彼女のスキルのほうが気になる。
「————!」
だが、対面のダークエルフは俺を逃してはくれない。鋭い突きが顔の真横を通り抜ける。
「おっとっと」
危ない危ない。今は目の前の相手に集中するか。
意識を引き戻し、強化された筋力パラメータで先ほど以上にダークエルフを追い込んでいく。
聖域は強化の倍率も割と高い。初期値とは思えない攻撃力がどんどんダークエルフの体に傷をつける。
やがて、大量の出血によりダークエルフの動きが鈍った。
「そろそろ限界か?」
大振りを躱し、背後に回り込んで急所である首元に短剣を突き刺した。
「楽しかったよ、ダークエルフ」
とどめを刺されてダークエルフは倒れる。
イデア・オンラインでは急所を攻撃すると確定でクリティカル判定が出る。ダメージが倍以上に膨れ上がるのだ。
その分狙うのは難しいが、弱っていれば簡単だ。
「討伐完了」
膨大な経験値を得る。
「お疲れ様でした、シオン様! あれほどの強敵を圧倒するなんて凄いです!」
戦闘が終わってカトラが近づいてくる。
「カトラ様が支援してくれたからこそですよ。興味深いスキルですね」
「そ、それほどでもありません。えへへ」
スキルが褒められてカトラは嬉しそうだ。うん可愛い。
「強力なスキルですよ。正直、もう一度力を貸してほしいくらい」
「もう一度? 私でよければ何でもお手伝いしますよ。シオン様は命の恩人ですし!」
「本当ですか? では……お言葉に甘えましょうかね」
今、何でもするって言ったよね?
彼女のスキルがあれば、もしかするとあのアイテムが手に入れられるかもしれない。
イデア・オンラインの中でもトップクラスと言われる『SS級スキル』を——。
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