第4話
カトラ・ネリウスは、両親の才能を受け継いだ天才と呼ばれていた。
生まれながらに希少なスキルを持ち、運動神経も頭もよかった。誰もが優秀な人材になるだろうと予想し、本人も努力した。
しかし、そこに油断がなかったと言えば嘘になる。
カトラは自分でも気づかない内に調子に乗ってしまった。
それは、母の真似をしてハンターの資格を取ってから数日後。両親に秘密で、駆け出しハンターが必ず通る第一層でレベリングをしていた時のこと。
ソロでダンジョンに潜っていたカトラは、雑魚とはいえ多くの魔物に囲まれる。
ピンチだった。
一体や二体なら軽くいなせる自信はあっても、それが四体、五体となると話は変わってくる。
必死に剣を用いて戦うが、脚に負った傷が原因で体勢を崩した。
そこから一気に状況は傾く。
尻餅を突いたカトラの周りに、殺意をありありと向ける魔物たちが。
「ひっ。い、嫌ッ!」
この時、確かにカトラは自らの死を鮮明に悟った。震える声が漏れ、半ば反射的に助けを求める。
しかし、彼女が死ぬまでの間に助けは来るのか。そもそも危険を冒してでも助けてくれるのか。
それらが彼女の頭に浮かび、より一層恐怖が強まった時、——彼は現れた。
「君、大丈夫?」
シオン・クライハルトだ。
艶のある美しい黒髪を揺らして目の前に現れたシオン。彼を見てカトラは窮地にも関わらず言葉を失った。
そうこうしてる間にシオンは周りの魔物たちを殲滅し、見事にカトラを救う。
それだけじゃない。
シオンは丁寧な口調でカトラを隠しエリアなる場所に導いた。
そこには、目にするだけでも強敵だと分かる不吉なオーラを纏うダークエルフが。
尻込みするカトラとは裏腹に、シオンは不敵な笑みを浮かべてダークエルフに突っ込む。
何の変哲もない短剣を手に、互角以上の戦いを繰り広げた。
途中、ダメージがあまり通っていないことに気づいたカトラは、スキルによる支援を行ったが、それがなくてもシオンはダークエルフを倒せていただろうとカトラ自身も理解していた。
だからこそだろう。
彼女の中でシオンという存在がよく分からなくなった。
シオン・クライハルトの名前はよく聞いていた。社交界でもそこそこの有名人だったから。
名門クライハルト侯爵家の落ちこぼれ。無能。実の家族にすら見下される次男は、家の名に押し潰されほとんど屋敷に引き籠っているらしい、と。
だが、事実は違った。
シオン・クライハルトは、カトラが知るどの人物よりも才能に溢れている。もしかすると両親を超えているのかもしれない……そう、彼女が思ってしまうくらいに。
……最初は急に舌打ちしたり、独り言を呟く様子がおかしい人だと思ったけど。
「お疲れ様でした、シオン様! あれほどの強敵を圧倒するなんて凄いです!」
「カトラ様が支援してくれたからこそですよ。興味深いスキルですね」
「そ、それほどでもありません。えへへ」
ダークエルフとの戦闘が終わって、カトラはシオンに褒められた。
急激に胸が熱くなる。心臓が早鐘を打っていた。
「強力なスキルですよ。正直、もう一度力を貸してほしいくらい」
「もう一度? 私でよければ何でもしますよ。シオン様は命の恩人ですし!」
これは本心だ。恩人であり、尊敬できる彼のためなら、とカトラは心の底から思っている。
「本当ですか? では……お言葉に甘えましょうかね」
目を引く柔らかい笑みに、カトラの顔がかぁぁぁっと赤くなった。体温が跳ね上がる。
夜のように黒い髪も。宝石のように綺麗な紫色の瞳も、全てがカトラの意識を奪い取る。
もし可能なら……もっともっとこの人と話したい。この人と一緒に冒険できれば、自分もいつしか——そう、考えずにはいられなかった。
これは本人が気づいていない初めての気持ち。
頭が沸騰しそうになるくらい熱い、——カトラの『初恋』だった。
▼△▼
「カトラ様にお願いしたいことは一つです。時間がある時で構いません、俺と一緒にある場所へ行ってほしい」
彼女の好意に甘える形で俺は話を切り出した。
「ある場所?」
首を傾げる彼女に俺は頷く。
「はい。今はまだ言えませんが、そこそこ危険かもしれない——ということを覚えておいてください」
「魔物がいるんですね」
「おそらくは」
俺もまだ確証はない。魔物がいてくれればいいんだが、いない可能性もある。
そして場所の情報も最低限に。あのアイテムを万が一にも彼女に奪われたくない。
「どうでしょうか。もし俺の目的が達成できたなら、後日、カトラ様に相応しいアイテムをお渡しすると約束します」
「いえ、その必要はありません」
カトラはきっぱりと言った。
「私はシオン様に助けられた身。その恩を返すという意味でも、今回の話でお礼は受け取れません」
「ですが……」
「ではこうしましょう」
パン、とカトラが手を叩いて甲高い音を響かせる。
にっこりと笑みを浮かべて驚きの提案をした。
「シオン様は今後、私のことを『カトラ』と呼び捨てにしてください。敬語も不要です」
「……え?」
「クライハルト侯爵家のほうが我がネリウス伯爵家より格は上。いつまでも恭しい態度は好みません」
「俺は次男ですし、家族からは嫌われていますから家格など……」
「お願いします」
笑顔のままカトラは俺に圧をかけた。
なんだろう……笑ってるのに笑ってないような気がする。下手に断ったら面倒臭いことになると本能が警鐘を鳴らしていた。
たっぷり数秒の沈黙を得て、俺は彼女の提案を受け入れる。
「わ、分かりました。次からは敬語も敬称も無しで話します」
「ありがとうございます」
うわぁ、凄い嬉しそう。そんなに敬語と敬称が嫌だったのかな? もっと対等でいたいとか?
「じゃあカトラも俺のことをシオンって呼び捨てに——」
「無理です」
「……え?」
またしてもきっぱりとカトラは言った。
「私は敬語や敬称があったほうが話しやすいので。ね? シオン様」
「…………」
やっぱり圧が凄い。けど、まあいいか。
俺は頷く。
「分かった。もうなんでもいいよ……」
諦めてくるりと踵を返す。
正面奥、ダークエルフが座っていた切り株のほうへ歩みを進めた。後ろからカトラがついて来る。
切り株の後ろ、地面の上に二つのアイテムが落ちていた。
「これは?」
「隠しアイテムだよ」
膝を曲げて短剣とリンゴみたいな果実を拾う。
「隠しアイテム?」
「この短剣は『エルフ族の短剣』。割と使える。そしてこの果実は強化アイテムなんだ」
エルフ族の短剣は、装備中にバフスキル『精霊の祝福』が使えるようになる。外見も幻想的な白銀の短剣だ。過度な装飾こそないが、シンプルな美しさを誇る。
もう一つの強化アイテムは、食べることで全パラメータを+10してくれる。さらにスキルを一つ覚えられると、非常に価値が高い。
この二つを序盤で得られれば中盤まではレベル上げに困らない。
早速、俺は赤い果実を食べた。
【アイテム名『果実』の効果により、体力・筋力・敏捷・魔力の数値が+10されました。スキル『自然の恵み』を獲得】
目の前に結果を知らせるシステムメッセージが。
試しにステータス画面を開くと、
——————————
名前:シオン・クライハルト
性別:男性
年齢:15歳
レベル:10
体力:11
筋力:11
敏捷:11
魔力:11
ステータスポイント:27
武器
『短剣 E』
『エルフ族の短剣 C』
スキル
『自然の恵み C』
——————————
うん、しっかり効果が反映されている。
C級スキル『自然の恵み』は、スタミナと魔力の自然回復速度を上げてくれるパッシブスキルだ。こういう小さなスキルが意外と大事だったりする。
「さてと。じゃあやることも済んだし、さっさとダンジョンから出ようか。もうすぐ陽が暮れる」
「そうですね。……あ、ちなみに私は明日でも構いませんよ」
「ん?」
「お願いの件です」
「いいの? 本当に?」
「はい。学園に通うまでは割と暇なので」
「正直助かる」
俺が求めているのは最上位のSS級スキル。入手が早いに越したことはない。
にしても学園か……ゲームだと単なる設定だったが、この世界だとどんな意味があるんだろうな。
学園に通わない俺には関係のない話だが。
明日の予定を話し合いながら帰路に就く。待ち合わせ場所を決める頃には、ダンジョンを出て地上に帰ってきていた。
▼△▼
カトラと共に地上に出る。
外はすっかりオレンジ色に染まっていた。
「家まで送るよ」
「まあ! ありがとうございます」
彼女と並んで貴族の多くが住む北区を目指す。
俺の家も北区にあるし別に手間じゃない。鼻歌交じりのカトラを見ると、やや大げさな反応に思えた。
「——お? あれってクライハルト侯爵家の……」
「やっと見つかったのか!」
ふいに前方で二人の男性が足を止め、俺の顔を指差していた。
聞こえてきた会話から間違いなく用があるのは俺だ。しかし、あんな連中に覚えはない。
首を傾げていると、おもむろに男性二人が近づいてきた。
「よう、坊ちゃん。デートかい?」
「女の子より俺たちと遊ぼうぜぇ?」
「俺は女の子が好きなんだ。悪いが同性愛はちょっと……」
申し訳ない気持ちで彼らのナンパを断る。
すると男たちはキレた。
「別に変な意味で言ってねぇよ‼」
「用があるから俺らと来いって言ってんだ!」
地上に出て早々、変態に絡まれた。めんどくせぇ。
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