第5話

 ダンジョンからの帰り道。

 俺とカトラの前に怪しげな男が二人、視界を阻むように立ち塞がった。


「さあ、そこの路地裏に入れ。逃げようとしたら容赦しないぜ」


 どうやら男たちは俺に用があるらしい。腰に下げた武器に手を添えて脅してくる。


「…………」

「し、シオン様……」


 ぎゅっと背後でカトラが怯えるように俺の服を握り締める。

 彼女を安心させるためにも、俺はその手に自らの手を重ねた。


「大丈夫だよ。すぐにぶっ飛ばすから」

「はっ。お前、クライハルト侯爵家の落ちこぼれなんだろ? 態度だけはデカいな」

「女の前だからって調子に乗ると酷い目に遭うぜ?」

「いいからさっさと案内してくれ。路地裏に行くんだろ」


 じろりと男たちを睨む。

 男たちは気に食わないと言わんばかりに舌打ちをして、一人が後方に回り、もう一人が路地裏へ続く道を歩き出した。

 その背中を追いかける。


「逃げなくてもいいんですか、シオン様?」

「ちょっと確かめたいことがある。カトラは逃げてもいいよ」

「……いえ、もしもの時はシオン様の手助けを」

「ありがとう」


 本当にカトラはいい子だな。不安を押し殺して俺のためについて来てくれる。

 あと密着してるせいか背中にふくよかな感触が……悪くない(迫真)!


「女のほうは依頼されてねぇし、適当に男をボコって犯すか?」

「それがいいな。最高に可愛いしお得だぜ」


 男たちの下卑た会話に顔をしかめる。

 こんな連中を雇うとは……依頼主はよほど俺のことが嫌いらしい。目星はすでについてる。というか二人くらいしか思い浮かばない。


 俺は内心でため息をつきながら、ぴたりと路地裏の半ばで歩みを止める。


「そろそろいいだろ。さっさと終わらせよう」


 腰の短剣を鞘から抜き放つ。

 先ほど入手したばかりのエルフ族の短剣だ。ダンジョンからの帰り道、魔物相手に充分性能は確認できた。若干前の短剣より刃渡りが長いくらいの差しかない。


「お、いい武器持ってるじゃねぇか。その短剣、お前を痛めつけたあとに貰ってやる」

「お前にはもったいねぇよ」


 言い終えるのと同時に地面を蹴った。

 相手はほぼ確実に俺よりレベルが高い。ここは先手必勝だ。


 すでに発動した『精霊の祝福』によるバフで全パラメータが+20されている。これはレベルが6~7上がったようなもの。全ての強化値を合わせれば20レベル以上の強化になる。


 一瞬にして前方の男の背後に回ると、躊躇なく短剣で野郎の太ももを斬り裂いた。


「ぐあああッ⁉ こ、こいつ……速ぇ!」


 ふむふむ、なるほど。


 今の反応速度からしておおよそのレベルを割り出す。強敵でもなんでもなかったな。スキルを使った俺のほうがパラメータは上だ。


 慌てて剣を抜き、カウンター気味に攻撃してきた男の一撃をしゃがんで躱す。

 さらに、今度は男の脇腹に短剣の切っ先を打ち込む。刃が肉を割いて血を飛び散らせた。


「痛ッ⁉」

「寝てろ、雑魚」


 突き技を放ったことで前に踏み込んだ俺は、体勢を崩した男の頭上まで跳躍すると、続けざまに蹴りをお見舞いする。見事に側頭部に命中し、男の意識を刈り取った。


「——次」


 地面に着地したあと、振り返って後方の男を睨む。


「ひっ⁉」


 まさか仲間が倒されると思っていなかったのか、もう一人の男が俺の視線を受けてびくりと全身を震わせる。

 今のやり取りに使った時間はほんの数秒。あっという間すぎてもう一人の男は何の反応もできなかった。


 恐怖に支配される。俺は容赦なく、残り一人の下へ迫った。今度は防御もままらない相手。一撃で地面に沈む。




「怖い思いをさせて悪い」


 二人組の不審者を蹴散らした俺は、短剣を鞘に納めてすぐにカトラに謝った。

 彼女はただ巻き込まれただけ。迷惑もいいとこだ。

 しかし、カトラは首を左右に振った。


「大丈夫です。シオン様がまた守ってくれましたから」


 えー? なんでそんな嬉しそうなの? さっきまで怖がってたじゃん。

 女心はよく分からない。だが、気にしてないならよかった。ホッと胸を撫で下ろす。

 そして、倒した男の懐をまさぐってアイテムの回収を始めた。


「? シオン様、何を……」

「戦利品」

「戦利品?」

「何かアイテムは持っていないかなと」

「え? う、奪うのですか?」

「当然。喧嘩を売ってきたこいつらが悪い」


 あまり意味が分かっていないのか、それとも呆れているのか、カトラはぽかーんと呆けた表情を浮かべている。


「チッ。しけてやがるな……ろくな装備持ってねぇ。回復薬だけで許してやるか」


 装備は全部ゴミだった。回復薬も低品質の物ばかり。所詮はならずものか。


 ある程度身ぐるみを剥がすと、俺を捕らえるつもりだったのか、持っていた縄でこいつら自身を縛り上げる。


「カトラ、手伝ってくれ。巡回中の兵士に引き渡す」

「あはは……どちらがゴロツキか分からないですね、これじゃあ」


 苦笑しながらカトラは動き出す。

 縛り上げた男共を引きずって表に戻ると、周囲から奇異の目で見られながらも兵士を探し、ネリウス伯爵家の名前を使って罪人たちを引き渡した。

 カトラにはお世話になりっぱなしである。


 けど、俺の名前はあまり出したくなかった。落ちこぼれ次男ということもあるが、何よりこの件はクライハルト侯爵家が絡んでいるような気がしてならない。

 侯爵家に繋がるようなへまをするはずもないだろうが、犯人はきっと夫人だろうなぁ。もしくはヴィクトーとか。


 とにかく。カトラが名前を貸してくれたのだから頼ったほうがいい。クライハルト侯爵家は、いずれ俺が正面から叩き潰してやるしな。盛大に。




▼△▼




 変な奴らに絡まれるという騒動はあったものの、俺とカトラは無事に家に帰ることができた。

 誰にも見つからないよう屋敷に侵入し、自室に戻ってベッドに転がる。


 近いうちに当主か夫人、もしくはヴィクトー本人に呼び出されるかもしれないな。

 次期当主を殴りやがって——と。


 その時は本人がいたらもう一発くらい殴ってやろうかと考えながら眠りに落ちる。

 明日はいよいよ王都の端にある教会の地下へ向かう。そこで最高のSS級スキルを獲得し、一気に成長するのだ。あれさえあれば、レベル上げなど一気に容易くなる。




 幸せな妄想と夢に浸って翌朝。


 昨日と同じように誰にも見られることなく屋敷を抜け出した俺は、カトラと約束した時間に王都中央へ走る。

 王都の中央には大きな噴水が作られており、それが遠目からでも分かる目印になっていた。


 さらに、噴水の近くに装備を身にまとったカトラの姿を見つける。

 俺でさえ気持ちが逸って約束した時間より早く来たのに、彼女はそれ以上に早く到着していた。

 律儀な子だな。

 そう思いながら声をかける。


「おはよう、カトラ」

「シオン様! おはようございます」


 手を振りながら近づくと、俺に気づいたカトラがばっと頭を下げた。


「準備は大丈夫か?」

「はい。気力は充分です!」

「OK。なら行こうか。目的地は西区の端にある廃れた教会だよ」

「廃れた教会……そこに、シオン様が求めるものがあると?」

「ああ。とっても貴重な物がな」


 怪訝な顔を作るカトラを連れて、俺は早速、早足に西区へ向かった。しばらく通りを雑談しながら歩き、やがて人が少なくなって……おんぼろの教会前に辿り着く。


「ここが目的地ですか……」

「厳密には、あの教会の地下に用があるんだ」

「地下?」

「行ってみれば分かる」


 そう言って俺は再び歩き出した。周囲の目を気にしながら教会に入る。


「ひぃっ! なんだか変な音が……ふ、雰囲気もなんだか怖いですよ……」


 教会に入った途端、薄暗い空間でカトラが俺に抱きついてきた。胸が腕にこれでもかと当たっていてたまらない。ビビりまくるカトラの声がなければ卑猥な考えが脳裏を過っていただろう。危ない危ない。


「音は俺たちが床板を軋ませる音だよ。古い、誰も使ってない教会だからな」

「こんな所に何があるんですか?」

「実はこの教会、前に使っていた聖職者の大半が邪教徒で、地下におどろおどろしい祭壇が作られているんだ」

「邪教徒⁉ な、なんでそんな人たちが王都に……」

「王都は広大だからな。人も多い。邪教徒を一匹見たら三十匹はいると思え」

「そんな虫みたいな言い方しなくても……」


 実際、ここにいた邪教徒たちは虫みたいなものだ。今後、おそらく俺たちの前にも現れる。


「——お、発見。あの扉をくぐった先の階段を下りると地下だ」


 少しして目当ての扉を見つける。普通の扉だ。隠されてもいない。


「邪教徒たちが祭壇を作ったというのに、地下室を隠さなかったんですか?」

「地下室は元からあった場所だよ。階段を下りた先に隠し通路があるんだ」


 その先に目当てのアイテムがある。


 俺は震えるカトラを引っさげて扉を開ける。目を凝らしても何も見えない暗闇が眼前に広がっていた。

 事前に屋敷から拝借したロウソクをインベントリから取り出し、マッチで火を点けて周囲を照らす。


 直後、階段の奥から何か声が聞こえたような気がした。

 地の底から呻くような、恐ろしく低い声が。


「ひぃっ⁉」


 驚くカトラ。彼女にも聞こえたようだ。

 がくがくと体の震えを大きくしていく彼女とは反対に、俺は隠しようのない高揚感と共ににやりと笑った。


 ビンゴ、と内心で呟く。




——————————

【あとがき】

シオン「魔物も人も倒したらアイテムがドロップするじゃん?」

(※彼は本作の主人公です)。

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