第6話
カトラを連れて王都西にある寂れた教会の地下に入った。
地下空間には、ダンジョンでも街の外でもないのに魔物がいた。一本の長い通路の左右から、ちらちらとゾンビやゴーストといった魔物が姿を見せる。
声の正体はゾンビだった。
「ま、魔物⁉ どうして街の中に魔物が……」
「フラグを踏んだからな」
「フラグ?」
「なんでもない。こっちの話さ」
それより、とカトラにお願いする。
「カトラ、スキル聖域を頼む」
「え? 戦うつもりですか?」
「いや、君の聖域はああいう死霊系の魔物と相性がいいんだ。近寄れなくなる」
「は、はぁ」
どうして自分より自分のスキルに詳しいのか、とカトラの顔には書いてあった。
だが、前世のことなど説明しようがない。スルーして彼女がスキルを発動させるのを待つ。
すぐにカトラはスキルを使った。彼女の足下を起点に黄金の光が俺たちを包む。
カトラのスキル『聖域』は、自身と味方のステータスを強化するだけのスキルじゃない。他にも死霊系モンスターが嫌う浄化属性を付与し、低レベルであれば近寄ることすら許さない結界の役目も果たす。
さすがはS級スキル。実に便利だ。
カトラの浄化の光に当てられた魔物たちが、苦しそうに呻きながら横の穴に戻っていく。
あいつらは俺のレベルを参考に生み出された魔物だ。10にも届かなきゃ、カトラのスキルには耐えられない。
やっぱりゲーム通りだな。正規の手順を踏まなくても現れたのは意外だったが。
本来この地下に現れる魔物たちは、多くのサブクエストをクリアしないとフラグが成立しない。
フラグが成立したのは、たぶん現実になった影響。もしかして? と思ったが本当にあのアイテムが手に入りそうだ。
俺は内心ほくそ笑みながらどんどん通路の奥へ進んで行った。なおもビクビクしながらカトラがそれに続く。
しばらく歩いていると、妙にひらけた一室に辿り着く。
「ここは?」
「倉庫だな。地下は冷えるし、食料の保存にも使われていた」
まあそれだけじゃないがな。
俺は四角形の部屋の隅に行き、適当に石造りの壁を叩いていく。
すると、一ヵ所だけ石がわずかに凹んだ。ここか、とその部分に手を当てて力強く押す。
壁の一部が沈んだ。隠し扉がゴゴゴゴ、という鈍い音を立てて開く。
「隠し扉!」
「この先に邪教徒たちが祭壇を作ってる」
ゲームでも不思議に思ったが、どうやって作ったんだろうな、この隠し扉。
まあいいか。俺はさらに奥を目指す。
今度はすぐに行き止まりに当たった。円状に切り取られたスペースの中央に、赤黒い祭壇が置いてある。
他にもこのスペースには、骨やら刺々しい毒草などが飾ってあった。草はもうかぴかぴになって崩れているが。
「ぶ、不気味な場所ですね……」
「呪いを行っていた場所だからな」
「呪い⁉」
「今は平気だよ。俺の目的も、呪いじゃなくてあの祭壇だし」
正面に設置された祭壇には、黒い球体がぽつんと置いてあった。あの球体こそが俺の求める物。
近づき、球体に触れた。
直後、球体の表面が溶ける。どろっと黒い液体が形状を変化させて針となった。グサグサグサ! っと俺の手に刺さる。
大量の血が流れた。
「シオン様!」
「大丈夫。これがこの箱を開ける条件なんだ」
慌てるカトラに空いてる方の手を向けて制する。
手から流れた血が、球体に吸い込まれて色を赤く染め上げた。
内心、「ぎゃあああああ! クソ痛てえええぇぇぇええ‼」と叫ぶ。
カトラの前ですました顔を作っているが、普通に考えて大量の針が手に刺さったら痛いに決まってる。本当はギャン泣きしたいが、美少女の前でカッコもつけたい。
だいたいなんだよアイテムの解放条件が血の吸収って! ゲームでもここでHPがガリガリ削られた。クソすぎる設定がリアルでも活きてやがる。
ある程度俺の血を吸い取ると、すっかり赤くなった球体が——ぱしゃっ。形を完全に崩して祭壇に血溜まりを作った。
その血溜まりから一冊の黒い本が出てくる。
「悪趣味な演出だな」
けど、予定通りアイテムを手に入れた。
先ほどの黒い球体は収納系のアイテムだ。ご覧の通り呪われた効果を持っているが、大事なのはその中身。
この黒い本こそ、前世でも大活躍したSS級アイテム『黒魔術の書』である。
「し、シオン様……その本、見ているだけで震えが止まらないんですが……」
「え? そう?」
振り返ると、カトラがガタガタ震えていた。俺は特に何の影響もないが……。
もしかすると、正式な手順で封印を解かないと何かしらの影響を受けるのか?
とりあえず、カトラのためにさっさとアイテムを使用しよう。
祭壇の上の本を掴み、開く。
【『黒魔術の書』を使用しました。スキル『亡者の檻 SS』を獲得】
システムメッセージがゲームの頃と同じようにスキルの獲得を知らせる。
次いで、持っていた本がぐずぐずの灰となって消えた。
「お待たせ、カトラ。やることはもう終わったよ」
「でしたらすぐにでもここを出ましょう! 気持ち悪いです!」
「ははっ、確かに」
でも君の能力があれば死霊系の魔物なんて恐れる必要はないんだよ。
いまだビビっているカトラに手を引かれ、俺たちは急いで教会を出た。
▼△▼
教会を出る。
地下にいた時間はごくごく短時間。待ち合わせたしたのが昼前だったので、いまだ空高くに太陽が輝いている。
日差しで片手で遮りながら、俺はカトラに声をかけた。
「さて……このあとはダンジョンに行く予定なんだけど、カトラも来るか?」
「もちろんです。どうせ暇ですから」
金属質の装備をかちゃっと揺らし、カトラはやる気満々に頷いた。
うんうん、いいよね、この関係。美少女と一緒にお化け屋敷に行ったり、デートしたりは男のロマンだ。
まあ、お化け屋敷はガチでお化けが出てくる邪教徒の隠れ家で、これから向かうデートスポットは魔物の生息するダンジョンなわけだが。
改めて言葉にすると最悪だな。俺が女だったら顔面をパンチしてる。
「ちなみに、あの地下室ではいったい何を手に入れたんですか? 黒い本は消えてしまいましたけど」
「スキルだよ」
「スキル?」
「あの黒い本を読んだことで面白いスキルを獲得したんだ。ダンジョンで見せてあげるよ」
「へぇ! それは楽しみですね」
普通は自分の手の内を晒そうとはしない。最初、俺はカトラに『亡者の檻』を見せるかどうか少し悩んだ。
結果的に、彼女を信頼できる仲間かどうかの判断をするために、これからダンジョンへ向かう。
俺はにやりと口角を持ち上げ、きらきらと瞳を輝かせる彼女に言った。
「楽しむだけじゃない。今日は、ダンジョンの一層を完全に攻略するぞ」
一拍置いて、
「え——えええええぇぇええ⁉」
カトラの絶叫が周囲に響き渡った。
▼△▼
ダンジョン第一層。森林エリア。
森の一角にて、数名のハンター達が倒れていた。彼らの近くにはこれまた複数のハンターがいる。
「チッ。こいつら完全に駆け出しだ。ろくな装備がない」
「最近のハンターは質が悪いねぇ。これならもう少し上に足を運んだほうがいいんじゃない?」
糸目の男性の言葉に、茶髪の男が首を横に振った。
「ダメだ。俺たちが一層のハンターを狙うのは、一層のハンターが狩りやすいからだ。二層や三層にいる連中には負ける可能性がある」
「慎重ね」
杖を持ったローブ姿の女性がくすりと笑う。茶髪の男もまたにたぁと笑った。
「当たり前だろ。じゃなきゃハンターを襲って金品を強奪なんてしないさ」
「確かに」
「そういえば、最近、貴族令嬢っぽい女の子がハンターになってたね。おそらく駆け出しだと思うよ」
糸目の男がふと思い出す。協会で見た金髪碧眼の少女のことを。
「ほう。もっとその話を聞かせてくれ。いい標的になるかもしれない」
茶髪の男の顔には、純粋な悪意が滲んでいた。
ダンジョンには、魔物以外の化け物が存在する。人間という名の、底知れぬ悪意が——。
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