第16話

 イデア・オンラインのイベントの一つ、『昏き欲望』。

 ゲームのメイン舞台となる王都で行われる大規模な戦争イベント。敵は街の外から現れる悪魔たちだ。


 当時、ゲームを始めて一ヶ月の間に行われたこのイベントは、敵の強さがそこそこということもあってなかなかの攻略難易度を誇った。

 かくいう俺も、このイベントのボスに該当する女王を相手にレベルの差でゴリ押され死んだことがある。あの時の悔しさったら思い出しただけでも血が出そうになるね。


 そしてそのイベント『昏き欲望』が、もしかすると近日中に起こるかもしれない。時系列が面白いことにゲームの始まりと同じなのだ、この異世界は。




「五層の隠しエリア……ですか」


 学園入学をかけた試験の翌日。

 共に五連勝を決めて入学が確定した俺とカトラは、一日も休むことなく外に出ていた。街の中央——ダンジョンを目指して歩く。


「そう。そこに俺の目当てのアイテムがあるんだ」

「どんなアイテムなんですか?」

「すっごいの」

「全然分かりません……」


 もー、とカトラが不貞腐れる。

 俺はくすりと笑って謝った。


「ごめんごめん。冗談……でもないけど、後のお楽しみってことで」

「えー……気になります」

「きっと驚くよ。俺もそうだったし」


 そもそもアレをアイテムという扱いにしてもいいのかどうか悩むレベルだ。しかし、もし昏き欲望が始まるのだとしたら絶対にあのアイテムは入手しておきたい。イベントを攻略するためにも。


「ちなみですが、レベルは上げますか?」

「もちろん。適当に雑魚を狩ったあとに隠しエリアには行くよ」

「では頑張りますね!」


 ふんす、とカトラが拳を握り締めてやる気を見せていた。


 最近、カトラは何かと元気だ。昨日、アイシスと顔を会わせて殴り合いにまで発展したが(試合でね)、それ以外はとても楽しそうに笑ってくれるし俺の指示にも素直に従ってくれる。やる気がね……なんか高いんだよ。


「肩の力は抜いていけよ。今回のボスはカトラが切り札だ」

「え? 私、ですか?」

「ああ。正直、準備をしないと俺でも負ける」

「し、シオン様が負けるなんて魔王か何かですか?」

「どういう意味だこら」


 俺は勇者になったつもりも、カトラが思うほど化け物になったつもりもないんだが?


 じろりと隣に並ぶカトラを睨むと、彼女はぶんぶんと激しく首を左右に振った。


「ち、違います! 変な意味じゃありません! それだけシオン様は強いので……」

「戦闘で重要なのはレベルや技術だが、それをひっくり返すクソみたいなスキルも存在するのさ」

「スキル……私の聖域が役に立つということですね?」

「正解」


 五層の隠しエリアにいるあの魔物は、一層にいたダークエルフとは比べものにならないほど強い。

 もしカトラがいなかったら挑むのはもう少し後になっていただろう。つくづく彼女のスキル『聖域』には頼らせてもらっているな。彼女と出会えてよかった。今後とも仲良くしてもらいたいものだ。


 そんな風に考えていると、いつの間にかダンジョンに到着していた。ハンター協会の中に入り、カトラと共にダンジョンの五層へ。




 ダンジョン五層は沼地エリアだ。枯れ木と水を吸ったぐちゃぐちゃな大地がただひたすらに広がっている。

 ゲームだと視界妨害くらいしか気になることはなかったが、リアルになるとこれ以上ないくらい不快なエリアだな。


「し、シオン様……足下が不安定になりますね、ここ」


 カトラも俺と同様にもの凄く微妙そうな表情を作っていた。


「ああ。強く蹴ると無駄に汚れることになる。訓練と割り切って機動力には気をつかおう」

「了解です。嫌だなぁ」

「俺も最悪な気分だ。下着の替えは持ってきたか?」

「あ、ありませんよ⁉」

「俺もだ」


 ゲームじゃ服は汚れないし足下の不安定さも関係ない。リアルならではの問題だ。


 ひとまず慎重にダンジョンの奥を目指していく俺とカトラ。五層の隠しエリアは全体の右上にある洞窟だ。普通に見つけられるし入る分にも問題ない。が、駆け出しが入って中の魔物に殺されるのはゲームあるあるだった。


 俺? ……死んだよちくしょう。


 まさか五層の隠しエリア程度にがいるとは思いもしなかったんだ。


「ッ! シオン様、前方から複数の魔物が」

「半分はカトラが倒してくれ。なるべく俺は体力を温存したい」

「分かりました」


 カトラが俺の横に並び、腰に下げた鞘から剣を抜く。

 集まってきた魔物に対して、俺とカトラは同時に地面を蹴って左右に分かれた。五層の雑魚を倒すのにさほど時間はかからない。


 サクッと敵を倒し、服が汚れていないかどうかの確認をした後、さらにダンジョンの奥へ。

 戦闘、移動、戦闘戦闘戦闘、移動。この繰り返し。


 やがて充分に体が温まった時。俺とカトラは隠しエリアの入り口を見つけた。


「ここが……五層の隠しエリアですか?」

「そうだ。洞窟の中だから狭い。戦闘になった時、周りには注意を払えよ。下手に壁にぶつかったりすると面倒だからな」

「き、気をつけます!」

「よろしい。じゃあ、行こうか」


 ごくりと生唾を飲み込んだカトラを連れて、俺が先頭で洞窟の中に入る。

 しばらく明かりを持って洞窟の中を歩いていると、やがてひらけた一帯に足を踏み入れた。


 さて……目当ての魔物は……。


 きょろきょろと周りを見渡すが、割と暗くてそれっぽい影は見えなかった。

 まさか五層の隠しエリアには魔物がいない、なんてことないよな?


 そう疑った直後、——しゅるるっ。

 近くで何かが動く音が聞こえた。次いで、闇の中に二つの黄金が浮かぶ。


 直後、俺はカトラに叫んだ。


「カトラ! スキルを使え!」


 だが、俺の言葉が届くのと同時に体に異変が起こる。


 パキパキ……パキッ。


 高い音が響き、ちらりと足下を見る。俺の右足が——石化していた。




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名前:シオン・クライハルト

性別:男性

年齢:15歳


レベル:27

体力:20

筋力:40

敏捷:30

魔力:20

ステータスポイント:12


武器

『エルフ族の短剣 C』


スキル

『自然の恵み C』

『亡者の檻 SS』

(コボルト)(ゴブリン)

(コボルトロード)

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