第17話

 パキパキ、と軽い音が響く。

 俺が反応するより先に足が石化した。ははっと思わず笑ってしまう。


「懐かしいなおい……『ゴルゴンの魔眼』!」


 五層の隠しエリアにいる魔物の名前はゴルゴン。蛇の女王にしてあらゆる存在を石に変えるという呪われた目を持つ化け物。


 この力が厄介な点は、通常の状態異常ではなく『呪い』という特殊なカテゴリーに分類されるとこ。ゆえに、状態異常を治すスキルでは石化を解除できない。呪いを浄化しないといけないのだ。

 そしてその呪いを浄化できる人物が俺の後ろにいる。


 遅れて体が淡い光を纏った。カトラのS級スキル『聖域』だ。神の加護が膝まで上がってきた石化を見事に弾いて消滅させる。

 パキィィィンッ! という甲高い効果音が鳴った。


「サンキュー、カトラ。助かる」

「いえ。それより石化の呪いなんて大丈夫なんですか?」

「ああ、問題ない。カトラの聖域で弾けるレベルだ。石化さえなきゃゴルゴンは雑魚だよ」


 言って俺は地面を蹴る。構えたエルフ族の短剣をゴルゴンの胴体部分に打ち込む。


「————!」


 ゴルゴンはまさか石化が弾かれるとは思っていなかったのか、反応が遅れてダメージを受けた。甲高い耳鳴りみたいな悲鳴が洞窟内に響き渡る。


「うるせぇよデカ蛇! その首寄越せ!」


 ゴルゴンの攻撃パターンは主に遠距離。相手と距離を取るか石化で動きを止めている間に魔法技を繰り出してくる。呪いの耐性が高いかカトラみたいな浄化スキルを持っていないと、石化の餌食になりクソめんどくさい相手だが……裏を返せば、石化にさえ対処できれば近づいて斬り殺せる。近距離戦闘は恐ろしく弱いからな、こいつ。


 俺の攻撃が次々に当たる。ゴルゴンは巨大な蛇と人間の上半身が融合した魔物。通常の魔物より大きな体躯は、俺の短剣を当てるのにちょうどいい。

 片やゴルゴンの攻撃は俺に当たらない。予備動作でどの攻撃を出すのか分かる。


 次第にゴルゴンの体力が大きく削れていき、俺は一度後ろへ下がった。


「ふぅ……やっぱカトラがいると楽勝だな」

「お役に立てて嬉しいです。でも、私は戦わなくていいんですか?」

「いいよ、道中で頑張ってくれたし。それと……俺がこいつを倒したいんだ」


 ソロで挑みたい一番の理由は、SS級スキル『亡者の檻』にある。

 亡者の檻は自分が倒した魔物でないと使役できない。だから万が一にもカトラがゴルゴンを倒しちゃうと、スキルで魂が回収できなくなる。どうやら隠しエリアの魔物は一度倒すと姿を見せなくなるようだしな。一層のダークエルフも出現しなかった、見に行ってみたら。


 そんなわけでゴルゴンを倒すのは俺じゃないといけない。そして、そろそろ終わらせる。




「————来い、コボルトロード」




 足下から漆黒が噴き出す。闇の沼から姿を見せたのは、第一層で倒したコボルトロード。凶悪な牙を剥き出して目の前のゴルゴンを威嚇する。


「グルルルルッ‼」

「シャアアアアア‼」


 負けじとゴルゴンもコボルトロードを威嚇していた。


「次で確実に仕留めてやるよ、ゴルゴン。卑怯、とは言わないだろ?」


 にやり、と笑って地面を蹴った。コボルトロードと一緒にゴルゴンに攻撃を加える。


 純粋な身体能力で言えばゴルゴンと同じかそれ以上のコボルトロードが戦いに参加すれば、石化が効かない分、勝敗は分かりきっていた。物量に押され、最後にはゴルゴンの首が切断される。




「お疲れ様でした、シオン様」


 しっかりとゴルゴンの魂を亡者の檻で回収したあと、手をぶんぶん振ってカトラがこちらに近づいてきた。


「カトラもお疲れ様。スキル、超助かった」


 ぶっちゃけカトラの聖域が無いとまともにゴルゴンとは戦えない。それだけ石化の呪いは厄介なのだ。


「私はスキルを使っただけですから」

「そのスキルが死ぬほど有用なんだよ。それに、嫌でも働かざるを得ない状況になる」

「え? それはどういう意味ですか?」

「まだ秘密。カトラを驚かせたい」

「えぇ? なんだか不安になりますね……」

「大丈夫だよ。俺が絶対カトラを守るから」


 昏き欲望、あのイベントが始まったらカトラは嫌でも強敵と戦わざるを得ない。それだけ重要な力を彼女は持っている。

 それに、元々カトラはステータスを含めてバランスがいい。支援も攻撃もなんでもこなせるのが利点だ。その分、俺とは役割が被らない。

 今は歯がゆい思いをしていても、近い将来きっと前に出られるようになる。


「シオン様……キュン」

「ん?」


 なんか今、カトラの口から変な声が出たような……俺の気のせいか? まあいい。それより戦利品の確認だ。

 俺はくるりと踵を返してゴルゴンの頭部を拾った。


「はぁ……シオン様が素敵すぎて辛い。15歳なのに色気がヤバいしカッコいいしセクシーだし闇の貴公子って感じがする……強くて優しくて頭よくてイケメンで全部持ってるなんてまさに王子様!」

「カトラ? ぶつぶつ何言ってるんだ?」

「あひっ⁉ な……なんでもありません! それより! 五層の隠しエリアにはどんなアイテムが置いてあるんでしょうね!」


 なんか無理やり話題を変えてきたな。聞かれちゃまずいことでも言ったのか? ……ハッ⁉ まさか下ネタ⁉ カトラに限ってありえないとは思うが、俺は何も言わないことにした。生暖かい目で彼女を見つめる。


「し、シオン様? 不思議とその顔で見つめられたくないんですが……」

「おっと、悪い。アイテムの話だったな」


 俺はぶんぶんと首を左右に振って余計な思考を追い出した。次いで、手にしたゴルゴンの生首を彼女に見せる。


「これが五層の隠しアイテムだ」

「……え?」


 ゴルゴンの生首を見てカトラが固まる。


「だから、ゴルゴンの首。これが五層の隠しエリアでもらえる報酬だ」

「ええええぇぇぇえええ⁉ 気持ち悪っ!」


 酷いなおい。まあ気持ちはよく分かるけど。


「確かに気持ち悪いけど性能はピカイチだぞ」


 アイテム名『ゴルゴンの魔眼』。


 魔眼とか付いてるくせに顔までセットとかほんと製作陣のいやらしさを感じる。

 だが、ゴルゴンの魔眼は破格のアイテムだ。その名の通り、一日三回までゴルゴンの魔眼が使える。等級は当然S。様々な状況で活躍する。


「今後必ず役に立つ。だからもらっとけ、カトラ」

「わ、私がこれを?」


 スッと差し出された生首にものすごーく嫌そうな顔を浮かべるカトラさん。顔が口以上に気持ちを物語ってる。


「ああ。俺はゴルゴンを従えることができたからな。魔眼は必要ない」


 ゴルゴン自身に魔眼を使わせれば魔力が切れない限り石化の呪いを使い放題だ。劣化版と言える生首のほうはいらん。だったらカトラに渡したほうが役に立つ。


 言わば俺にとってのアイテムはゴルゴン自身、ということになるな。


「うぅ……すみませんが、私は収納用のアイテムを持っていないのでシオン様が預かっててください」

「そうか? 了解」


 さすがに生首を持ち歩くのは嫌か。俺がカトラだったらぶん殴るレベルの嫌がらせだな。

 素直にインベントリの中へ生首を突っ込む。


「じゃあ地上に戻ろう。学園が始まるまではできるだけダンジョンを攻略していかないとな」

「はい」


 カトラが微笑み、俺と一緒に帰路に就く。


 果たして学園が始まるのが先か、イベントが始まるのが先か。どちらでも準備は怠らない。

 五層のボスはなんだったかな、と考えながら地上に出る。




 すると……。




「あれ? 空が……暗い」


 ダンジョンから地上へ。ハンター協会から外へ出た俺たちの眼前に、どんよりと曇った鈍色の空が広がっていた。


 どこか見覚えのある景色に、俺は「もしや?」と口端を持ち上げる。




「おいおい……こんなに早く始まるのかよ……イベントが!」




 呟くのとほぼ同時に、遠くから何かが近づいてくる。空の彼方、黒い——悪魔らしき存在が。




——————————

【あとがき】

シオン大好きカトラちゃんでも魔物の生首はさすがに……(シオンからのプレゼントがちょっと嬉しいのは秘密)。

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