第18話
ダンジョンを出てすぐ異変に気づいた。
空が暗い。闇を表すかのように昏い。さらには遠くから黒いオーラを纏う悪魔が数体、王都に向かって来ていた。
この状況に俺は覚えがある。
「昏き欲望……もう始まったのかよ」
「昏き欲望? シオン様は何かご存じなのですか?」
不安そうに胸の前で手を握り締めていたカトラが、俺の呟きを拾う。
「ああ。俺がゴルゴンの石化の魔眼を取りに行った理由がこれだ。その時になったら話すって言ってただろ?」
「シオン様は分かっていたんですね。こうなることが」
「あくまで予想に過ぎなかったがな」
付け加えるなら、俺は昏き欲望が始まるのはもう少し後のことだと思っていた。
予想より早い。だが、ギリギリ準備は済ませてある。
「それより俺は王都の正門へ向かう。これから王都は戦場になるぞ」
「え? わ、私も行きます! シオン様を一人にはしません!」
「カトラが来てくれるなら助かる。もの凄く助かる。けど、慎重に考えてくれ」
ここで俺は彼女に選択肢を委ねる。あくまで自分の意思で俺について来てほしかった。
「この騒動は悪魔が関わってる。敵は強い。カトラより強い奴がうじゃうじゃいる。カトラが死ぬ可能性は割と高い。それでも俺について来るか? 命を賭してでも俺のために動いてくれるか?」
真剣に、真面目に、真っ直ぐに彼女を見つめた。
カトラは間髪入れずに笑う。何も恐れるものが無いと言わんばかりに。
「——はい。私はシオン様のために命を懸けます。もちろん理由は他にもありますが」
ちらりとカトラの視線が周りに向いた。
どこまでも優しい声色で彼女は言う。
「私はシオン様と、この国で暮らす全ての人を守りたい。王都が戦場になるのなら、私はネリウス伯爵家の人間として剣を持ちます。例え死んでも誰かを守るのが貴族としての務めです!」
「カトラ……」
きっと彼女ならそう答えてくれるとは思っていた。しかし、ほんのわずかな迷いすら抱かないカトラを見ていると、自分の心が酷く薄汚れているように思える。
俺にとっては王都の住人よりカトラのほうが大切だ。どちらか一方しか守れない状況になったら、迷わず彼女を助ける。その他大勢が死のうと俺は気にしない。そういう人間なんだ。
それでも今は、ただ純粋に感謝しておく。
「ありがとう。カトラの力、使わせてもらう」
「お任せください! 私はシオン様の剣であり盾です!」
「なら大事に使わないとな」
決して壊さない。壊させない。俺が守り抜いてみせる。
「だ……大事に……!」
「ん? どうしたカトラ。顔が赤いぞ」
なんだかもじもじしてる。……トイレか?
「な、なんでもありません! 大丈夫です!」
「そうか。でも限界になったら一言言えよ? 無理はよくない」
トイレを我慢すると後々変な病気になったりするらしいからな。体に悪い。
俺は彼女を心配しながらもインベントリからエルフ族の短剣を取り出した。
「むぅ……なんだかシオン様がいらぬ心配をされているような……」
カトラが何か小さく呟いた。聞き返そうとした俺の耳に、さらに音が届く。男の声が。
「ヒヒヒ! 人間がたくさんいるぞぉ! 殺し放題だぁ!」
クソガキみたいな声を発して空から降ってきたのは、人型の影。よく見ると邪悪なオーラを纏う悪魔の男性だった。
イベントの進行が想像以上に早い。最初は王都を囲むように現れた魔物の討伐じゃなかったのか? だから俺は王都の正門を目指そうとしていた。
だが、すでに騒動を起こした悪魔が街中に侵入している。
「やれやれ、最初の敵が田舎のヤンキーかよ。リーゼントにしろリーゼントに」
ヤンキーと言えばリーゼントだろ。なんで口調の割にロン毛なんだよ。
「シオン様、あれは……」
「気をつけろカトラ。悪魔は一番弱い奴でもレベル30はある。今回もサポートに徹してくれ」
「やはり悪魔なんですね……分かりました。シオン様も気をつけてください」
「俺が負けるわけないだろ」
にやり、と笑って答える。
実際、レベルは同じか相手のほうが上だが、俺には前世の知識と集めた力がある。負ける可能性は万が一にも無い。
「あぁ? なんだお前ら。美味そうな肉がぺちゃくちゃ楽しそうに喋ってんじゃ——ねぇぞ!」
「!」
早速悪魔が仕掛けてきた。真っ直ぐこちらに走ってくる。
カトラが咄嗟に後ろへ下がってスキルを発動した。
「聖域!」
俺の体が薄く発光する。いい判断だ。
悪魔の鋭く尖った爪と、俺のエルフ族の短剣がぶつかり合う。キィィィィンッ! という甲高い金属音が響いた。
「おいおい……爪、硬すぎんだろ」
金属かよ。普段どうやって手入れしてんだ? 爪切りとかあるのか? 切れねぇだろ。
「貴様! 人間のくせに俺様の攻撃を受け止めるとは……生意気な!」
ジャリンッ! と悪魔の爪が俺の短剣を弾く。耳障りな音がした。
少なくともSTRは俺より上かな? そこまで差があるようには思えないが。
「お前こそ俺に勝てると思ってるあたり生意気だな」
左右の手で突き技を放つ悪魔。俺はその攻撃を最低限の動きで避ける。ひょいひょいっと。相手の攻撃は俺に掠りもしない。
「くっ! 人間ごときが……」
「はいはい、それさっき聞いたって」
悪魔の懐に潜ってエルフ族の短剣を左わき腹に刺す。VITもまあまあだな。弾かれるほどではないが、一撃で致命傷は与えられない。
「黙れ!」
腕を大振りする悪魔。俺は大きく後ろへ下がって距離を取った。
「なるほど。STRとVIT……もしくはINTが高いタイプか。悪魔としてはオーソドックスだな。これならSPを消費するまでもないか」
技術で充分にカバーできる。何より、今ステータスポイントを使うとイベントの終盤で詰みかねない。念には念を入れて温存すべきだろう。
「悪いが少しずつ刻んでいくぞ? 自分の中途半端な強さを恨んでくれ」
再び短剣を構え、にやりと笑って俺は地面を蹴る。
スキルを発動し、黒い魔力を掌から出した悪魔に対して、俺は何もスキルを使わずに突っ込んだ。
相手の手の内は全部知ってる。
▼△▼
シオンとカトラが悪魔と戦っている最中。
他にも王都内部に侵入した悪魔が街中で暴れ回っていた。
彼らにとって人間は家畜以下の存在に過ぎない。生かしておく価値がないのはもちろん、その死体を利用して戦争を有利に進めていく。
「クハハ! 女王様に頼んで先に来た甲斐があったな。ここには使えるゴミがたくさんあるではないか」
そう笑ったのは、貴族風の格好に身に包んだ悪魔の男性。近くにはふらふらと体から血を流しながらも動く人間の姿が。彼らの顔には生気が無かった。まるで死体のように虚ろな表情で立っている。
「これなら女王様の手を煩わせる必要もない。それに、女王様に知られると私が怒られてしまうからな」
あの女は甘すぎるのだ、と内心で呟いてから貴族風の悪魔は周囲の人間たちに指示を出す。
「さあ、お前たち。精々死ぬまで……いや、もう死んでるから違うな。死んでもなお暴れ回るがいい。多くの悲鳴を生み出し、今日、我らが女王の名を世界に轟かせるのだ! 魔王の復活は近い、とな」
男の言葉を聞き、ふらふらと人間たちが周囲に散らばっていった。
周りから聞こえてくる悲鳴。爆発音。それら全てが、悪魔にとって最高の音楽となっている。
もっと、さらにもっと! 世界が壊れるほどの音を奏でたい——。
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【あとがき】
シオンは、カトラがもじもじしている時は大体トイレだと思っています(デリカシーゼロ)。
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