第12話

 俺とヴィクトーがリングの上にあがる。

 お互いに使うのは訓練用の木剣だ。さすがに真剣で斬り合うと普通にどちらかが死ぬ。


「ククク……ようやくお前を正面から痛めつけられるぜ。今日は無事に帰れると思うなよ? 骨の一本くらいは覚悟してもらわなくちゃな」

「つまりお前も骨を折られる覚悟があると」

「やれるもんならやってみろ! 落ちこぼれが!」


 ヴィクトーは剣を構える前に左手を前に突き出した。ボウッ! と炎が噴き出す。


 今回、学園入学試験ではスキルの使用が許可されている。ヴィクトーは生まれながらにA級のスキルを持っているため、それを使って俺を苦しめるつもりだ。


「前とは違うぜ! この炎があればお前なんて楽勝——」

「ハァ……ガッカリだ」


 放出された炎を避ける。


 確かにヴィクトーのスキルは強力だ。属性スキルは汎用性が高いしランクもA級となると破格の攻撃力を持つ。

 が、問題はそれを扱うヴィクトーの非力さ。まともにダンジョンに潜っていないと分かるほど魔力は乏しいし、スキルもろくに扱えていない。炎をただ噴射するだけなら赤子でもできる。それじゃあ俺は倒せない。


「クソッ! なんで当たらねぇんだ⁉」


 次々にスキルを繰り出すヴィクトー。だが、炎は指向性を得て真っ直ぐにしか飛んでこない。それだと横に躱せばダメージはゼロだ。ぴょんぴょん反復横跳びしながら軽々とヴィクトーの攻撃を避けていく。やがて、ヴィクトーの魔力が先に切れた。


「ん? なんだ、もう魔力切れか」


 必死にスキルを使おうとするヴィクトー。だが、何度気合を込めても炎は出ない。レベルを上げていないから魔力のパラメータが低すぎるのだ。せめてレベルくらいは上げておくべきだったな。


「どうしてスキルが出ないんだよぉ!」

「ペースを考えずにスキルを使うからだろ。もういいか? 次は俺の番だな」


 ゆっくりと、なるべくヴィクトーに恐怖を与えるように近づいていく。

 コツコツと俺の靴が足音を立てる度、びくりとヴィクトーの肩が跳ねあがる。顔色が悪かった。


「く、来るな! 落ちこぼれのくせにぃ!」


 ぶんぶんとでたらめに剣を振る。

 まさか全ての攻撃が完璧に避けられるとは思っていなかったのか、頼りのスキルが無意味に終わってパニックに陥っていた。習っているはずの剣術が泣いている。


「よく見ろよ、ヴィクトー。今の俺とお前、果たしてどっちがかな?」


 にやりと笑い、ヴィクトーの剣を弾く。


「だ……黙れぇ!」


 全力で俺の頭目掛けて木剣を振るうヴィクトー。それは致命傷になるだろ、普通に考えて。

 少しは手心を加えてやろうと思った俺の善意を返してくれ。

 そう思いながらヴィクトーの一撃を剣で防ぎ、左手を握り締める。


「ほら、約束通りくれてやるよ。パンチ」


 試合前に宣言した通り、俺は左拳でヴィクトーの右頬をぶん殴った。

 おお、神よ!


「ぐべらっ⁉」


 親愛なる……パンチの神様? に捧げた祈りの拳が、ヴィクトーを十メートルほど後方までぶっ飛ばす。

 ヴィクトーは凄い勢いで地面を転がっていった。盛大に鼻血を噴き、白目を剥いて無様に意識を失っている。


 ざまぁ、と俺は内心でケラケラ笑う。これだけの衆人環視の中、侯爵家嫡男が無様を晒すなんて今までの苦痛が報われるようだった。


 よかったな、シオン。お前の無念、少しは晴らすことができただろ?

 かつてのシオンに向けて俺は言った。不思議と「ありがとう」と言われた気がする。


「しかし……これが名門侯爵家嫡男の実力か」


 ぶっ倒れたままのヴィクトーを見下ろし、俺は複雑な気持ちになった。


 あいつは生まれながらの天才だ。A級スキルなんて理不尽な力を手にし、両親から期待されて大事に育てられた。

 その結果がこれだ。

 もう少し厳しく、それこそダンジョンにでも連れて行ってればもっと強くなれただろうに。


 俺、この試合でエルフ族の短剣のスキルはおろか、亡者の檻も使ってないしな。まあ、前者はともかく後者は周りの受験生たちがパニックに陥るだろうが。


 試合を見守っていた審判役の男性教師が、俺の勝利を告げて試合は終わった。

 木剣を返し、保健室に運ばれていくヴィクトーを横目にさっさとリングから離れる。


「この後はどうすっかなぁ。特にやることもないし、カトラが来るまで待つか……いっそダンジョンでも攻略しに行くか……」


 ってそうか、俺の試験はまだ終わってなかったわ。あと四人ぶっ飛ばさないと合格にはならない。

 これまでの試合を見ていた感じ、どいつもこいつもヴィクトーより弱そうだがな。


「さっさと四人倒して終わらせるか」


 そう思って近くにいる受験生に声をかけようとした時、




「——ちょっといいかしら」




 涼やかな声に呼び止められる。

 どこかで聞き覚えのある声だな、と思って振り返ると——、


「こんにちは、シオン・クライハルト様」

「あなたは……アイシス様?」


 我が兄ヴィクトー・クライハルトが惚れている同格の侯爵令嬢、アイシス・フリーデンが俺の背後に立っていた。


「こうして顔を会わせるのは久しぶりね」

「はぁ。どうかしましたか、アイシス様」


 彼女と俺は別に仲良くない。ヴィクトーがよくお茶会にアイシスを誘っているが、その時顔を合わせたくらいだ。話したこともない。

 もしやヴィクトーをぶん殴ったことに対して文句があるとか? 二人はそこまで親密な関係には見えなかったが……。


 俺は身構える。

 すると、彼女は予想外の言葉を発した。




「用件はないのだけど……ちょっと、あなたと話してみたくて」

「え?」

「興味があるの、シオン様に」

「…………」




 どういう状況?




——————————

【あとがき】

NTRとか言わないでくださいね!絶対ですよ!(あくまでヴィクトーの片思い)

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