第13話

 なぜかヴィクトーの想い人であるアイシス侯爵令嬢に話しかけられた。しかも彼女は俺に興味があるらしい。


「な……なんで俺にご興味が?」


 ギリギリ冷静さを保ちながら返事を返す。


「さっきの戦い」


 アイシスは間髪入れずに涼しげな顔で答えた。


「見事だった。ヴィクトー様は優秀なスキルを持っていたのに完封されていたわ。どうやったの?」


 ジッとルビーのように赤い瞳で見つめられる。


「どうも何も……ヴィクトーの動きを読んだだけですよ」

「それだけ?」

「はい。ヴィクトーは単純な動きしかしなかった。あとは掌の位置を確認すればどんな風に攻撃が飛んでくるのか予想するのは簡単です。ね?」


 あれで実はフェイクでした~、とかできていたらもう少しまともな戦いにはなっていたが、残念なことにヴィクトーはスキルを操ることはしなかった。


 ゲームでは不可能だったが、現実となったこの世界ではある程度スキルを制御できる。例えばヴィクトーの炎スキルなら、掌以外の場所から炎を出すとか、出した炎を自在に操るとかな。

 けどあいつの攻撃は全て掌。あれで避けられないほうがおかしい。


 要するにヴィクトーが弱すぎるってだけ。


「なるほどね……。理屈は分かったわ」


 アイシスは一度瞼を閉じると小さく頷いた。次いで、


「でも、結果的にあなたはヴィクトー様を圧倒した。シオン・クライハルトと言えば、誰もが知ってる侯爵家の落ちこぼれなのに」


 一歩、アイシスが距離を詰めてくる。


 面と向かって俺に落ちこぼれだなんだと言える精神が凄い。同格の貴族子息、令嬢とはいえ、今のはキレられても文句は言えないぞ。

 だが、アイシスの顔には決して俺のことを侮辱する意図は見られなかった。だから別に怒ってもいない。


 むしろ、だからこそどうして? という強い好奇心が瞳の中に渦巻いていた。


「最近いろいろあったんですよ」

「いろいろ?」

「はい、いろいろ」

「…………そう」


 あれ? 意外なほどあっさりと彼女は納得した。割と適当に答えたつもりなのに。

 それでいいのかい?


「なら、どうやって急激に強くなったのか教えてほしいの」

「え?」


 さらに一歩、アイシスは踏み込む。俺との間の距離が完全に無くなる。

 むにっと彼女の胸が当たった。鼻息が当たるほど近い。


 ぐあああああ⁉ こ、この女……できる!


「私は自分が優秀でないと嫌。正直、シオン様には嫉妬してる。凄い。凄すぎる。とても真似できない。天才。だから悔しい」

「悔しいから……俺にコツを聞くと」

「うん」

「俺が答えるメリットはありますか?」

「無い。服でも脱いだほうがいい?」

「脱ぐな——!」


 俺を変態にするつもりか⁉ 平然と服に手をかけるのやめろ!

 マジで服を脱ごうとする彼女を止めるのが大変だった。


 凄いなこの子。俺からしたらここまで素直に、貪欲になれる彼女もまた天才の域に達していると思う。馬鹿と天才はなんとやらだ。


 それに、フリーデン侯爵家のアイシスと言えばヴィクトーと同じ、A級スキルを生まれながらに持った天才と名高い。そんな彼女も他人に嫉妬とかするんだな。


 ……いや、天才と呼ばれているからか。


 俺も世界1位だった頃、自分が持ちえない才能を持っている奴が妬ましかった。総合では俺が勝っていても、何かで劣っているのが許せなかった。それと同じだろう。


 まあ、さすがに全裸になってでもコツを聞き出そうとはしなかったが。その点においては俺より執着が強い。

 だから教えてあげることにした。


「えっと……とりあえずダンジョンにたくさん潜ることですね」

「ダンジョンに?」

「そこでたくさんレベルを上げてください。この世界ではレベルが強さの指標の一つ。技術はまずレベルが無いことには身に付けても意味ないですよ」


 例え世界最強だった俺でも、レベル1のままずっと勝てるわけじゃない。レベルが30以上も離れればどう足掻いても勝てないのだ。それがRPGの無慈悲なところ。


 だからレベルを上げる。レベルを上げて次に技術を求める。そうやって人は強くなっていくのだ。


 技術面は俺が最強だけどな? 最強だけどな?(食い気味)


「レベル……ね」


 スッとアイシスが俺から離れた。柔らかい感触が消える。

 ちょっと残念だと思うのは、彼女が人形みたいな美しい顔をしているからかな? カトラとはまた違ったタイプの美少女だ。胸が小さくても全然問題ない。


「ありがとう。私、頑張ってみようと思う」

「応援してますよ。強者は大歓迎です」

「そうなの?」


 不思議そうにアイシスが首を傾げる。


「ええ。アイシス様が強くなれば強くなるほど、俺はあなたから技術を奪ってさらに強くなれますから」

「ッ」


 びくり、と彼女の肩が震えた。信じられない生き物を見るかのように俺を見つめている。


「……ふふっ」


 そして笑う。


「やっぱり私は、ヴィクトー様より断然シオン様のほうが気になるわ。昔から、どこか他の人とは違うような気がしたの」

「へ? それってどういう——」




「アイシス様から離れろ、シオン‼」




 横から大きな声が響いた。ヴィクトーの声だ。


 もう戻ってきたのかよ。生命力だけは黒光りするG並みだな、と呆れながら視線を横に移す。

 通路の奥から憤慨した様子のヴィクトーが歩いてくるのが見えた。


「ヴィクトー……急になんだよ」

「離れろと言ってるんだ! 彼女は俺の友人だぞ!」

「ふうん」


 俺とアイシスが楽しそう? に会話しているのを見て嫉妬したのかな? 別にアイシスに好意はないよ。付き合えたら嬉しいとは思うけどね、可愛いし。


「別にやましいことは何もしてないぜ。こんな人の目がある場所ではな」


 にやり、と笑ってわざとヴィクトーを煽るような言い回しを使った。当然、ヴィクトーはさらに怒りを爆発させる。


「シオンッ! お前ッ!」


 掴みかかってきそうな勢いで迫るヴィクトーだったが、その前にアイシスが割り込む。

 彼女は冷たい眼差しをヴィクトーに向けて言った。


「やめてくれるかしら、ヴィクトー様」

「あ、アイシス様?」


 まるで俺を守るように立ちはだかったアイシスを見て、ヴィクトーがびくりと肩を震わせる。


「シオン様に声をかけたのは私。ヴィクトー様に文句を言われる筋合いはないわ」

「そ、そんなっ! 俺だってほとんど話しかけられたことないのに……」


 マジかよ。まさかのカミングアウトに俺まで辛くなった。今すぐヴィクトーを慰めようとしたら怒るかな? 怒るよね。


「私はシオン様に興味がある。だから話しかけた。邪魔しないで」

「ッ!」


 グサッ、とアイシスが言葉の刃でヴィクトーにとどめを刺す。ヴィクトーはたまらず膝を突いて気絶しそうになっていた。


「アイシス様……言いすぎ……」

「? 別に本当のことを言っただけよ」

「ぐはっ!」


 さらに追い打ちを! もうヴィクトーのHPはゼロよ!

 さすがに少しくらいは同情する。




「——あ! シオン様ー! こんにちはー!」

「か……カトラ⁉」


 同情してる暇なかった——!


 不思議ともの凄く嫌な予感がする。それでも反射的に手を振って走ってくるカトラに返事を返した。


「こ、こんにちは……カトラは今来たのかな?」

「はい。シオン様はもう試験を……って、あれ?」

「久しぶりね、カトラ・ネリウス」

「あ、あなたは……‼」


 カトラがアイシスに気づく。どうやら二人は顔見知りらしい。


「どうしてアイシス様がシオン様の隣にいるんですか!」


 ん? なんだか空気が悪いぞ? 珍しくカトラが怒っているように見える。

 対するアイシスも、


「あら? 別に私がシオン様と何をしててもいいじゃない。仲良くなったの、私たち」


 とか言って俺の腕を抱き締めた。


「‼⁉」


 まさかの行動に絶句する。そしてカトラとアイシスの間にバチバチと火花が散ったように見えた。




 ……もしかしなくても、君たちって仲悪い?


 遅れてその事実に気づいた。




——————————

【あとがき】

光の速さでヴィクトーが帰ってきました。光の速さで脳を焼かれました。不憫だ……。

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