第14話

 カトラ・ネリウス伯爵令嬢とアイシス・フリーデン侯爵令嬢が睨み合う。


「あ、アイシス様? シオン様に何をしているのですか?」


 ぴくぴく、と眉を痙攣させながらカトラは訊ねる。なんか凄く怒っているように見えた。

 片や俺の腕を抱き締めるアイシスはというと……。


「何を? 見ての通りじゃない。私とシオン様は仲良く話していたの。急に声をかけるなんて無粋ね」

「そうなんですか⁉ シオン様!」


 バッとカトラの視線が隣にいる俺に突き刺さる。


 どう答えろって言うんだ! どっちに転んでも角が立つ。だが、どちらかと言うと俺はカトラの味方だ。彼女は俺の友人でもある。

 少しだけ悩んだ末に、俺はアイシスの拘束を解いた。


「アイシス様とはさっき初めて会話したくらいだ。別にそこまで仲良くはないよ」

「チッ。シオン様はいけずね」


 今舌打ちしましたよね? 涼しい顔でとんでもないな、この人。


「さすがシオン様です! 氷女と一緒にいると心まで冷たくなっちゃいますよ」


 ニコニコ笑顔でカトラまですんごい毒を吐いた。アイシスも看過できない。


「誰が氷女かしら。八方美人のカトラさん?」

「私は別に八方美人ではありません。シオン様には優しいですが」

「猫を被ってるって言ったほうが正しいわね」

「被る皮もない人よりマシかと。うふふ」

「あはは」


 …………怖い。これが女性同士の会話なのか? 俺はもっと「きゃっきゃっ、うふふ」というものを想像していた。優雅にティーカップを傾けるような。

 しかし、目の前で繰り広げられる攻防? にはそんな生易しい要素は何一つとして無い。バチバチと雷がぶつかっていた。


「シオン様、私この人嫌いです」

「シオン様、この女ウザい」

「えぇ……」


 ほとんど同時にこちらを向いたと思ったら、いきなりの嫌い宣言。俺困っちゃいます……。


「と、とりあえず落ち着いてください、二人とも。今は試験中だし、カトラも早く戦ってきたほうがいいよ」

「シオン様はもう終えられたのですか?」

「ううん、俺はまだ一勝だけね」

「すでに勝っていたんですね。では、私もしっかりシオン様の背中を追いかけないと」


 そう言ってカトラは急いで中央のリングのほうへ向かう。行動が早いな。

 けどその行動を妨げてくる奴がいた。


「こんにちはネリウス伯爵令嬢。こんな所でお会いできるとは奇遇ですね」

「え? あ……マイヤー子爵家の」

「クライヴとお呼びください、カトラ様」


 カトラの前にいけ好かない感じの優男が現れた。人当たりのいい笑みを浮かべてカトラに迫る。


「これからカトラ様は試合ですか?」

「はい。ですからこれで失礼します」

「お待ちください。急がなくてもカトラ様なら合格は間違いなしですよ。のんびり私と雑談でもしましょう」

「いえ……急いでいるので」

「いえいえ。私はぜひともカトラ様と——ぐべらっ⁉」


 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃとうるさいなんちゃら子爵子息を後ろから蹴り飛ばす。


 なんだこいつ、カトラを妨害したいのか?

 見事に顔面から床に着地したなんとか君は、勢いよく立ち上がった。顔が汚れてるし真っ赤じゃん、ウケる(犯人は俺)。


「き、貴様! 何をする!」

「カトラの邪魔だ、失せろ」


 睨まれたので負けじと俺も子爵子息を睨む。すると、相手は俺が誰か分かったらしい。急ににやりと笑みを作った。


「お前……誰かと思えばクライハルト侯爵家の無能じゃないか! お前みたいな奴がどうして試験会場にいるんだよ」


 ん? さっきの俺の戦いを見てなかったのか? だとしたらおめでたい奴だ。ちょうどいいし、どうせ消化試合ならこいつをボコッて一勝もぎ取るか?


「どうしても何も、入学するために決まってんだろ。馬鹿か?」

「ッ! 落ちこぼれ風情が……!」


 ギリ、と奥歯を軋ませる子爵子息。怒りが沸点を超えたのか、左手で拳を作った。試合前に殴りかかるつもりか? 血気盛んだな。どんだけ舐められてんだよ俺。

 いい加減、その無能ってレッテルを剥がそうかと俺も一歩前に出る。その時。




「——お前たち、試合以外の乱闘は禁じられている。それを分かっているのか?」




 俺たちの前に試験官を務める教師の一人がやって来た。いかつい顔に190を超える高身長。ガタイも相当いいな。筋力パラメータが高そうだ。


「どうせ戦って白黒つけるんなら、ここで殴り合ってもいいだろ?」

「ダメだ。毎年お前たちのように血気盛んな馬鹿が暴れる。それを止めるのが俺の仕事だ」


 間髪入れずに反論された。だが、ちょっと面白いので挑発してみる。雑魚ばっかで退屈してたんだよね。俺の実力を示すいい機会でもある。




「嫌だ、と言ったら?」




 不敵な笑みを向ける俺に対し、巌のような男は、


「無理やり止めるだけだ」


 一瞬で俺の背後に回った。


 ——速い!


 反応が遅れる。その隙に男は腕を伸ばして俺を掴もうとしてくる。が、そんな見え見えの攻撃に当たるかよ。

 体を落として後ろに体を引いた。男の手は空を切る。次いで、俺は強化スキルを発動した。


 ——精霊の祝福。


 短時間だけ全パラメータが上昇する。使う予定はなかったが、せっかくの機会だし今の自分の実力がどの程度が知りたくなった。


 強化された動体視力が、次の男の攻撃を見切る。

 躱されたら即座に距離を詰める。純粋な近接戦闘タイプか!


 『亡者の檻』は使わない。ステータスと技術だけで教師と殴り合う。


 相手の動きはゲームでNPCが見せた動きによく似ていた。行動パターンが分かれば避けるのも隙を探すのも難しいことじゃない。何より、俺が自分より弱いと思っている油断につけこむ。


 相手が接近戦を好むなら、逆にこちらも近づいてやる。同時に接近したものだから相手は意表を突かれて目を見開いた。攻撃から防御の体勢に移る。

 咄嗟に守ろうとするあたり、実戦経験はさほどないな。多少レベルを上げてイキってるだけだ。


「ここは普通、攻撃一択だろ」


 俺は教師より早く拳を構える——こともなく、膝蹴りを放った。手を振るより速い最速の攻撃だ。

 膝が教師の顎にぶつかる。


「がはっ⁉」


 クリーンヒット。脚力は腕力より上だ。わざわざ構えなくても結構な威力が出る。膝となれば足で蹴るよりさらに速い。


「あ、頭が……」


 脳を揺らされて教師の男がふらふらと後ろへ下がっていく。精霊の祝福を使った今の俺なら、急所を狙えば教師も相手にできると。

 これは貴重な体験だな。というか、教師がそんな弱くていいのか?


「しばらく休んでいたほうがいいぞ。脳を揺らしたから想像以上に気持ち悪いはずだ」

「くっ……貴様……」

「安心しろって。ちょっと遊んだだけだ。別にあんな雑魚に殴りかかったりしねぇよ」


 子爵子息より面白い玩具が見つかったし、俺の溜飲も下がった。またカトラに絡むようならぶっ飛ばすが、今の戦いを見てもなお戦意が残ってるとは思えない。

 ちらりと子爵子息のほうを見る。


「ひっ⁉」


 彼は俺に見られただけで顔を真っ青にしていた。足が小鹿のように震えている。


「ご、ごめんなさいいいいい!」


 大きな声を発して子爵子息はどこかへ走り去っていった。これで充分に釘は刺せたかな?

 問題は……、


「今の見た? 何が起こったのか全然分からなかったわ……」

「すげぇ速いな。あれ、クライハルト侯爵家の次男だろ?」

「さっき長男を圧倒してたぞ。実力を隠していたのか?」

「教師にも勝っちゃったし……凄すぎる」


 ひそひそひそ。


 俺の周りで俺のことを話している他の生徒たちだ。

 落ちこぼれという印象は払拭できただろうが、予想以上に目立ったな。変な奴に絡まれなきゃいいけど。


 とにかく。

 俺は顔を赤く染めて「えへへ。えへへへへ」と奇妙な笑い声を発しているカトラの下へ向かった。


 大丈夫か、カトラの奴。アイシスは悔しそうに俺を睨んでるし。




——————————

【あとがき】

キャットファイトしそうなヒロインたち。

放置されるヴィクトー。

蹴られるモブ。

そのついでに蹴られる先生。

盛り上がってきましたね!(どこが?)

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