第20話
王都を守護する騎士に厄介なところを見られた。
俺とカトラはただ悪魔に操られている死体を斬っただけでそんなに悪くはない。それを説明しようとしたら完全無視された。
前方から騎士が剣を構えて走ってくる。
「シオン様!」
「問題ない。カトラは下がっててくれ。あいつの相手は俺がする」
そう言って俺もまた地面を蹴る。
お互いに接近し、剣をぶつけ合った。
「もう一度言うが、俺は悪くない。転がってる死体を調べてみろよ」
「殺人鬼の話に耳は貸しません! どうせ私の隙を狙っているのでしょう⁉」
「そうなるのか……」
人の話をまったく聞かないな。状況的に理解はできるが。
仕方ない。やっぱりボコッて話を無理やり聞かせるしかないな。
素早く振るわれた騎士の剣技を短剣で器用に受け流していく。手に伝わる感触から相当な筋力パラメータだと分かる。
こいつ……いくらステータスポイントを温存してるとはいえ、40ある俺の筋力パラメータより高いってマジかよ。
一撃の重さなら先ほど倒した悪魔にも負けていない。ゴリゴリのパワータイプだな。
「けど、技量のほうは甘いな」
まだまだ粗がある。無理に連撃しようと体を大きく振っているのがその証拠だ。俺は攻撃と攻撃の間に生まれた隙を突く。
どうせ相手は鎧姿。本気で蹴っても大丈夫だろ。
遠慮なく腹に蹴りを打ち込む。
「かはっ⁉」
俺の一撃は鎧を貫通して女性騎士にダメージを与えた。体力にそこまで差はないな。まさに筋肉ゴリラってか。
「そら、どんどん行くぞ」
一応、「今から蹴りますね(拒否権は無い)?」と言って連続で蹴りを打ち込む。彼女も必死に剣を振って俺を引き剥がそうとするが、騎士の剣技などゲームで死ぬほど見てきた。型通りの攻撃なんて喰らわない。
拳で殴ると痛いのでひたすら蹴りを浴びせる。それが四発、五発と繰り返されていく内に、とうとう女性騎士が躓いて後ろに倒れた。
チャーンス。
俺は即座に倒れた女性に馬乗りになる。構図が地味にやべぇけど我慢だ。俺は決して犯罪行為などしていない(女は普通に蹴るけど)。
「詰み、だな。もう諦めて俺の話を聞けよ」
エルフ族の短剣を女性騎士の顔に向ける。兜を被っているが、視界を確保するための穴がある。そこに無理やり短剣を刺し込むことだってできるんだぞ?
俺はジッと彼女を見下ろした。この状況で女性騎士を殺さない意味が彼女にも伝わったのだろう。闘志は消えていないが——からんからん。剣を手放して降参のポーズを取る。
「チッ。私の負けか……」
「悪くない動きだった。型にはまりすぎだとは思うがな」
「殺せ! お前に辱められるくらいなら死んでやる!」
「……はい?」
急にどうした、こいつ。
「どうせ私の体を弄ぶのだろう⁉ 心まで奪えるとは思うなよ!」
「辱められるくらいなら死んでやるんじゃなかったのか」
誰かこの暴走機関車を止めてくれ。人の話を聞かないどころか冤罪まで増やそうとしてやがる。
「だ、ダメですよシオン様! 女性にそんな……せめて私に!」
「ぶっ飛ばすぞ~、カトラ。俺が女を無理やり襲うような奴に見えるのか?」
「その体勢は見えますね!」
「そうだったー」
今、俺は無防備な女性騎士に馬乗りになっている。鎧が無かったら完全に事案だ。鎧があっても事案だわ。
仕方なく彼女の上から退いた。
「とりあえず立てこら。お前を辱めるつもりもなければ殺す気もない。足下に転がってる死体を見ろって。そいつら、俺たちが殺す前から死んでんだよ」
言われた通りに立ち上がる女性騎士。ちゃっかり剣も拾っているが、俺には勝てないと思ったのか視線を足下に落とす。ちょうど近くに首を斬られた男の頭部が。
「これだけでは何とも言えない——ッ⁉」
女性騎士が言いかけている最中に、再び路地裏のほうから悪魔に操られた人間たちが現れる。正気を失いゾンビのようにゆったりと歩く様子に、女性騎士が息を呑んだ。
一目でただならぬ状況だと理解したんだろう。
「彼らに何が……」
「この街に襲撃を仕掛けてきた悪魔の仕業だよ。操られてんだ」
「悪魔? 過去に存在した種族が王都に?」
「まだ遭遇していなかったんだな。死体もあるぞ、あそこに」
俺が倒した悪魔の亡骸を指差した。
「……どうやら、お前の言うことは本当みたいだな……」
こちらに向かってくる血塗れの住民。倒れた悪魔の死体。それらを確認して女性騎士は全てを理解する。
そして、
「許さん! 許さんぞ悪魔‼」
手にした剣で次々に操られている住民を殺した。的確に首を刎ねている。
「王都の民たちを殺し、その死体までもを弄ぶなど……!」
完全にキレていた。
「落ち着け。気持ちは分かるが冷静さを欠けばお前もヤられるぞ」
「ッ……分かりました。すみません」
分かりました? すみません?
急に女性騎士は敬語になる。剣を鞘に納めてくるりとこちらを向いた。
「本当に! ほんと~~~~に! 申し訳ありませんでした‼」
勢いよくジャンピング土下座する。頭を地面に擦りつけるどころか叩きつけていた。
うわぁ……痛そ。そこまでするか?
「悪魔を倒した清らかなあなたに、私は話も聞かずに剣を向けて……あまつさえ、おかしな言動を……~~~~!」
あ、さっきの「くっ殺(とは言ってない)!」とか「辱める云々~」は一応彼女の中で恥ずかしいことだったのか。今さらながらに照れている。
けど安心してほしい。俺は別に清らかじゃないし気にもしてないから。むしろ面白かったくらいだ。
「分かってくれたならいいさ。状況的に疑われてもしょうがなかったしな」
「ありがとうございます! この騒ぎが治まり次第、改めて謝罪に伺います。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
むっ。お礼か……悪くないな。
「シオンだ。シオン・クライハルト」
「く……クライハルト侯爵家のお方だったとは!」
俺が名門侯爵家の人間だと分かるとさらに彼女は委縮する。名前だけは立派だからな。名前だけは。
「あんたの名前は?」
「セレスティア・ケトナと申します」
「ケトナ……確か、代々騎士を輩出しているケトナ子爵家ですね」
「ご存じでしたか」
その辺無知な俺の代わりにカトラが答えてくれた。
へぇ、騎士の家系か。この世界じゃ珍しくもないが、カトラが知ってるってことはそこそこやるってことだな。実際に彼女は強かった……ん? 待てよ……セレスティアって名前に聞き覚えがあるな。
俺は記憶を漁る。何かこの状況に既視感が……。
「あ」
思わず声が出た。
セレスティア・ケトナってあれか! 昏い欲望で出てきたNPCで、ラスボスの女王に殺された奴!
ビジュアルがよく、声も可愛くてレベルも高いのにあっさり殺されたからよく覚えている。運営は鬼畜だなぁと当時は思ったものだ。
そのセレスティア・ケトナが俺の目の前にいる。
「シオン様? どうかしましたか?」
「あ……いや、なんでもない」
手で口元を隠してカトラやセレスティアから見えないようにする。
だって今、俺はこんな状況で笑っている。
かつて注目していたキャラクターが生きているんだ、これは笑うしかないだろ?
——もしも、このイベントで彼女を守ることができたら。彼女に恩を売って仲間にできたら。
悪くない。悪くないどころじゃない。俺が世界最強を目指す上で仲間は必要だ。前世でも俺がリーダーを務めていたギルドみたいなものを作れれば——。
俺の決断は早かった。当然、イベントはクリアする予定だったし、そこそこ強い彼女を助けて恩を売ろう。それがいい。
決断を下した直後、近くで複数の爆発音が。左右から断続的に聞こえてくる。
「どうやら近くで悪魔たちが暴れ回っているみたいだな」
相手の数が地味に多い。ゲームでも複数人で挑むイベントだったししょうがないか。
「セレスティアとカトラは一緒に西側へ。北は俺が向かう」
「シオン様お一人ですか?」
「大丈夫だよ、カトラ。すぐに倒してそっちに向かう。それかカトラたちがこっちに来てくれ」
「…………分かりました」
苦渋の選択、といった風にカトラは頷く。
顔が全然納得していないが、さすがに固まっていたら鎮圧するのに時間がかかりすぎる。その間に生まれる犠牲者のことを考えるとどうもな。
すぐに俺たちは動き出した。カトラとセレスティアは西へ。俺は北側へ走る。
すると、カトラたちと別れてすぐ、背後から何かが飛んできた。俺はそれを見ずに横へ躱す。
キィィンッ! という金属音を響かせたのは……、
「ナイフ?」
黒塗りの刃物だった。地面に転がっている。
次いで、前方に人影が三つ。全身真っ黒なローブを羽織っていた。背後にも一人いる。あいつが俺にナイフを投げた奴か。
「なんだお前ら」
「シオン・クライハルトだな? 仲間と別れてくれて助かったよ。お前をここで殺す」
そう言って黒ずくめたちは剣を構えた。
おいおいおいおい。また妨害かよ!
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【あとがき】
悪魔、女性騎士に続き今度は……暗殺者⁉
連戦になりますが、意外にも彼らは重要な人物だったりします。
皆さんは覚えていますかね?
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