第21話

 カトラ達と別れてすぐ、全身黒ずくめのいかにも怪しい集団が俺の前に立ちはだかった。


「……誰だ、お前ら。宅配業者か?」


 雰囲気から何となく敵なのは分かる。剣抜いてるしな。


「シオン・クライハルトだな? お前を殺す」

「はぁ?」


 急になんだこいつら。

 もう少しくらい説明してくれてもいいのに、黒ずくめ達は武器を構えるなり地面を蹴った。五人、全員が俺を囲むように迫る。


 よく分からないが、


「敵ってことでいいんだな?」


 とりあえず邪魔する奴は殺す。相手に殺意があるなら尚更な。


 お互いの攻撃が被らないよう連続で剣を振る暗殺者? たち。その剣をエルフ族の短剣で防ぐ。

 時にひらりと躱し、仲間を盾にするよう立ち回って連携を妨害する。


 こいつら普段から複数人で人を襲っているのが分かるな。連携がスムーズすぎる。言葉を交わさずとも仲間がどう動くか的確に把握している。


 予想では暗殺者。それも、そこそこ有名な暗殺者ギルドの連中か。確かゲームにそういう組織があったはずだ。


 つーか、暗殺者ならもっと奇襲しろよ奇襲。ウォーリアーかよ。


 そんでもって、連中が俺を狙う理由も推測できる。どうせメリッサの奴だろうな……わざわざ暗殺者を雇ってまで俺を殺しに来たってことは、俺を相当脅威だと認識している証拠だ。悪くない。


 にやりと笑って暗殺者の一人を斬り殺す。短剣の刃が見事に男の首を捉えた。


「ッ!」


 仲間があっさり殺されて他の四人に動揺が生まれる。


「お前ら、連携はなかなかだが根本的にステータスが低すぎる。せめて敏捷はもっと上げておいたほうがいいぞ?」


 人間ばかり相手にしているからまともにステータスを上げることができないのだ。

 この世界では人を殺しても経験値は得られない。レベルを上げて強くなるにはひたすら魔物を倒すしかない。だから連中は弱い。


「俺を殺すならお前らのリーダーくらい呼んでこいよ。舐められたもんだな」


 次々に動揺して動きが鈍くなった暗殺者たちを仕留める。俺の攻撃は急所を的確に狙う。四人中四人が首や心臓を斬り、貫かれて絶命した。




「……ふぅ。残りはお前だけだな」

「くっ! 化け物め……!」


 残った一人は、そう低い声で吐き捨てて即座に踵を返した。暗殺失敗、情報だけでも持ち帰ろうって魂胆か。甘いな。


「化け物とか酷いこと言うなよ」

「ぐあっ⁉」


 男を追いかけて後ろから太ももを短剣で突き刺す。これでこいつの機動力は死んだ。念のため、すぐに短剣を抜いてもう片方の脚も潰す。


「安心しろ、すぐには殺さない。誰が俺の暗殺依頼を出したのか……メリッサとかメリッサとかメリッサとか言えば命だけは助けてやるぞ?」


 嘘だ。答え合わせしたら確実に殺す。暗殺者を生かしておく理由はないからな。


 それにしたって、今さらながら俺の精神性はどうなっているのやら。前の俺なら絶対に人を甚振るような真似はできなかった。

 しかし、転生しシオン・クライハルトになってから戸惑いも嫌悪感もない。前に殺した三人組のハンターの時もそうだった。不思議と心は穏やかなままだ。


 転生した弊害か、最初から俺の心は冷たかったのか。

 まあどちらでもいい。冷酷になれるほうがこの世界ではお得だからな。


 短剣を男の首元に当てた。


「さあ、答えろ」

「……断る」


 ガリ、という音が聞こえた。ごくん、と直後に何かを男が飲み込む。


「チッ」


 俺が気づいた時には遅かった。

 暗殺者をやってるだけはあるな。歯に毒を仕込んでいたのか……定番っちゃ定番だが、死ぬ覚悟まで決めているとは恐ろしい奴だ。


 ぐったりと倒れた男を見下ろし、俺は盛大にため息を吐いた。


「ハァ……まあいいか。答えなかったってことはどうせメリッサだろ」


 仮にあの女でなくてもムカつくからこれまでの報復はする……って、そうだ! いいことを思いついた。

 この死体、あの女への仕返しに使えそうだな。ククク。


 どうせなら全員分使うかどうか悩んでいたら、——ふいに遠くで炎の柱が天を貫いた。


「ん? あの方角は……カトラ達か?」


 ちょうどカトラとセレスティアが向かった先で何か大きな魔力の反応を感じる。おまけにあの炎の柱。たぶんセレスティアのスキルだろう。

 何かあったな? というか、もしかして彼女たちのほうに現れたか? このイベントのラスボスである悪魔たちの女王が。


「探す手間が省けたな」


 にやりと笑って俺は、炎の柱が上がった方角へ走る。この騒ぎを止めるために。

 住民たちの避難誘導は他の騎士に任せた。




▼△▼




 シオンが暗殺者たちに襲われる少し前、時間は遡る。


「ヒャハハハ! 人間襲うの超たのし——」

「悪魔ぶっ殺す!」

「ぎゃああああ⁉」


 高笑いする悪魔の背後から騎士セレスティアが剣を振り下ろす。

 首を切断された悪魔は、最後に断末魔を響かせて絶命した。すでに周囲はめちゃくちゃになっている。


「セレスティアさん! 一人で突っ込むのは危険ですよ」


 後からカトラも追いつく。


「ハァ……ハァ……も、申し訳ありません……。民を殺す悪魔を見ていたら理性が飛んで……」


 しょぼん、とセレスティアはカトラに叱られて肩を落とす。


「理性が飛んだって……」


 カトラは「大丈夫かな? この人」とセレスティアに不安を覚える。

 だが、その実力は高く買っていた。今も一撃で悪魔を倒している。攻撃力はシオンと同じかそれ以上だ。


「とりあえず、次からは気をつけてくださいね。どこに悪魔が隠れ潜んでいるのか分かりません」

「はあい……」


 子供みたいにしょげるセレスティア。ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。




「——お前たち、ずいぶん強いな。人間の割には」




「「ッ⁉」」


 カトラの背後から聞こえてきた女性の声に、二人は同時に肩を震わせた。

 話しかけられただけなのに、妙な圧を感じる。


 カトラもセレスティアも声のしたほうへ視線を向けた。そこには、十代半ばくらいの小さな女の子が立っている。


 美しい紫色の髪は腰まで伸びており、前髪の下で不気味な黒い瞳が二人をジッと見つめていた。

 一目で分かる。分かってしまった。あの女は——強いと。


「あなたは……誰、ですか」

「誰? とっくに正体に気づいていると思っていたが……まあいい。特別に答えてやろう。同じ女同士のよしみでな」


 ふっと笑って彼女は続けた。


「我が名はリリン。悪魔たちを束ねる女王である」

「悪魔の……女王……!」


 セレスティアは血相を変えてリリンを睨んだ。

 吠えるように問う。


「お前が……お前がこの街を襲い、多くの民を傷つけた悪魔のリーダーか!」

「ええ、その通りよ。余計なことをしてる奴もいるようだけどね」

「ッ!」

「セレスティアさん⁉」


 カトラの制止を無視してセレスティアがリリンに迫る。剣を構え、攻撃系スキルを発動した。




「燃えろ‼」




 ヴィクトーと同じ炎の力。それを剣に纏わせ、女王リリンを攻撃する。


 セレスティアの持つ剣が赤く光った、集束した炎がメラメラとリリンの体を燃やす。大量に消費された魔力は炎の柱となって天すら貫いた。

 セレスティア最大の一撃。直撃した。即死はともかく、大きなダメージを……。


「ふんっ、この程度の力で私が殺せるとでも?」

「なっ⁉」


 炎が消えた後、平然と立っているリリンを見てセレスティアは驚愕する。

 ダメージは入っているが、重症ではなく軽傷レベル。しかも徐々に肉体が再生を始めている。服にいたっては燃えてすらいない。


「驚くほどのことでもないだろう? お前と私ではレベルが違いすぎる」


 にやりと笑ってリリンが魔力で出来た剣を生成する。それを素早くセレスティアの胴体めがけて振るった。


「しまっ!」


 咄嗟に自分の剣を盾にするセレスティアだったが、リリンの剣はセレスティアの剣を斬り裂いて鎧ごと肉を抉った。

 ギリギリ体を後ろに引いていたおかげで致命傷こそ避けられたが、右肩から左わき腹まで綺麗に斬れた。大量の鮮血が宙を舞う。


「セレスティアさん!」


 カトラが聖域スキルを使う。周囲が淡い光に包まれた。


「チッ! 貴様……神の力を使うのか。鬱陶しいな、先に殺す」


 リリンが地面を蹴ってカトラに接近する。セレスティアは一旦無視だ。一番厄介なのは聖域スキルを持っているカトラ。

 近づき、血のように赤い剣を振るう。


 カトラは半身になりながらリリンの攻撃を剣で受け止めた。セレスティアの時のように剣が斬り裂かれることはない。


「私の聖域内で自由に戦えるとは思わないことですね」


 そう。カトラの聖域スキルは悪魔にとってかなり致命的な効果を及ぼす。効果範囲内にいるかぎり女王リリンであっても弱体化は免れない。


「だとしてもお前一人殺すのにそう苦労はないさ」


 激しい剣戟が起こる。

 相手を弱体化した状態でなんとかカトラは攻撃を凌いでいた。しかし、長くはもたない。


「ははっ! ずいぶん経験を積んでいるな。だが、技術はともかく力が足りないぞ!」

「ぐっ、うぅ!」


 徐々にカトラの体に傷が増える。聖域の効果で治癒されていくが、それ以上に速く傷が増える。このままではいずれ体力が底を尽きるだろう。

 そう、カトラが思った時。




「——おい、俺も入れてくれよ」




 カトラの背後から影が。影は凄まじい速度でリリンをドロップキックした。


「し……シオン様⁉」


 カトラの目の前に着地したのは、彼女にとって唯一の希望と言えるシオン・クライハルトだった。


「間に合ったようだな。怪我は自分で治せるか?」

「は、はい……でも、どうして……」

「あれだけデカい炎の柱が立ったら誰でも気づくさ。間に合ってよかった」


 そう言ってリリンの顔に短剣を向けるシオン。

 彼は不敵な笑みを作って立ち上がった女王を見つめる。


「なあおい、悪魔の女王リリン」

「……貴様、私のことを知っているのか」

「ああ、そこそこな。例えばお前が人間に復讐しようと思ったきっかけとか」

「ッ⁉ どこでそれを‼」


 ずっと余裕の表情だったリリンが鬼のような剣幕で吠える。だがシオンは恐れる様子もない。


「別にどこでもいいだろ。大事なのは、お前に提案があるってことだ」

「提案?」

「たった一つ。馬鹿でも分かる提案だ」


 そう前置きして、シオンは続けた。




「お前——俺の仲間にならないか?」




——————————

【あとがき】

「お前も俺の愉快な仲間にならないか?」

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