第25話

 悪魔の女王リリン。

 彼女は幼い頃に故郷を失った。同じ悪魔と、その悪魔に協力した人間の手によって。


「リリン……早く逃げるんだ……」

「あなただけでも……お願い……」


 目の前で血を流しながら「逃げろ」「逃げてくれ」と叫ぶ両親。そんな両親を炎の中に置き去りにして走った時の気持ちは、頭が割れそうだった。


 どうして? どうしてあの男は私から全てを奪うの?


 幼いリリンは何とか業火に包まれた故郷から逃げ出し、命からがら生き延びた。

 何年経ってもその時の心の傷は癒えない。薄れない。風化しない。むしろ悪魔と人間に対する憎悪ばかりが膨らんでいった。

 すぐにリリンは決意する。故郷を滅ぼした悪魔を根絶やしにして、人間もまとめて滅ぼしてやると。


 そのために地道に力を磨いた。魔物や他の悪魔を倒して必死に強くなった。何度も何度も苦しみ、何度も何度も死にかけた。

 代わりにリリンは成長し、大半の悪魔を圧倒できるほどの力を得た。


「ククク……これだけの力と軍勢があれば、悪魔はともかく人間を滅ぼすことくらいはできるだろうな」


 彼女はようやく復讐を始めるに至る。


 しかし、誤算があった。

 人間を見下していたはずの彼女が、——人間に負けた。




「お前に教えてやるよ。ステータス以外にも必要なものはたくさんあるってことをな」




 リリンを打ち負かした男の名前はシオン・クライハルト。

 人間の中でもごくごく少数の天才と呼ばれている男で、齢15歳にしてリリンを軽々とあしらってみせた。


 特に厄介だったのはシオンが持つゴルゴンの魔眼、それにゴルゴン本体。石化のスキルがあったせいでリリンはまともに広範囲攻撃スキルを使うことができなかった。間違いなく敗因の一つだろう。

 自爆を繰り返し、それでも平然と立っていたシオンを見て、リリンは恐怖した。死にたくない。まだ死にたくない! と。復讐を終えるまでは死ねないのだと喚いた。


 最終的にシオンはリリンを殺し、シオンが持つスキル『亡者の檻』に魂を拘束される。

 けれどスキルの保有者であるシオンも誤算だった。まさかリリンの自我が死んだ後も残っているとは。


 見事復活を果たしたリリンは、シオンの支配下に置かれたものの、彼から交渉を持ちかけられる。

 交渉の内容は——協力関係の構築。


 シオンは力を貸してくれるなら、リリンの復讐を手伝うと言った。

 どう考えても割に合わない。自我があってもスキルによる拘束は続いている。今のリリンではシオンの命令には逆らえない。にもかかわらず、彼は交渉を持ち掛けてきた。理由は、




「せっかくお前が喋れるんだから、仲良くなりたいだろ?」




 という、酷く感情的なもの。


 リリンには到底理解できない。同族に家族を殺され、周りが敵ばかりだったリリンにとって、損得勘定の無い提案は信用ならない。

 だが、そもそもシオンはリリンをスキルで無理やり従えられる。提案自体が必要ないのだ。


 結局、リリンは迷いはしてもシオンの提案を断らなかった。受け入れ、お互いに手を取り合う。


 ——復讐さえできるなら。それがリリンの全て……。




「おお! これが人間の風呂か!」


 元悪魔の女王は人間の生活を満喫していた。

 部屋に運び込まれてきた食事を普通に堪能し、クライハルト侯爵邸に備え付けられた浴室に入って瞳を輝かせる。

 ぱぱっと服を消して浴槽に飛び込んだ。激しい衝撃を受けてお湯が小さな柱を作る。お湯が盛大に浴槽から零れた。


「お前の服って魔力で作られていたのか」

「ああ。耐久性もあってなかなか便利だぞ」

「ふうん。……というか、悪魔の国に風呂は無いのか? まるで初見みたいな反応だが」

「あるにはあるが、私は利用したことがなかった。とても新鮮だ」

「へぇ、汚れとか酷そうだな」

「ぶち殺すぞ」


 じろり、と殺意の込められた視線がシオンに向けられた。


「冗談だよ冗談」

「乙女に対して言う冗談ではないだろうが」

「乙女……?」

「ぶち殺す」


 キィィィンッ! という甲高い音を立ててリリンの掌に魔力が集束されていく。

 シオンとの戦いで見せた広範囲攻撃スキルだ。


「ちょっ⁉ 待て待て待て! 屋敷ごと吹き飛ばす気か⁉」

「お前が失礼なことを言うからだ」

「ごめんって。でもよかったよ」

「よかった?」

「リリンが楽しそうで」

「ッ⁉」


 今さらながらにはしゃいでいる姿を見られたのが恥ずかしくなって、リリンは顔を真っ赤にする。ざぶーん、と勢いよくお湯の中に頭まで沈めた。


「何やってんだ?」


 リリンの奇行に怪訝な表情を作るシオン。まあいいかと彼は浴室から退散していった。

 シオンがいなくなった後、


「…………無礼者」


 ゆっくりとお湯から顔を出したリリンが、誰もいない扉に向かってぼそっと呟く。




 内心、「こんな平穏な生活に自分は憧れていたのかもしれないな……」と思う。




——————————

【あとがき】

意外とエンジョイしてるリリンさん。

悪魔の国の料理はあんまり美味しくないようです。


今回のお話で一章?二章?は終了。新たにリリンという仲間が増えましたね。

次は学園へ行ったり、一躍有名人になったり、ぶっ壊れスキルを手に入れようとしたり……まだまだシオンくんの冒険は終わらない!

できれば次はアイシスをたくさん登場させてあげたいなぁ、と作者は思っています。


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